プロローグ 偉大なる魔術師の死②
公魔院・議会場
「静粛に——」
議長の声が響き渡ると、ざわめきが収まった。
高い天井の下、半円形に配置された議席には、多くの魔法界の要人たちが座している。
「本日の議題について述べる。偉大なる魔術師エマセスの死後、空席であった魔術協会の党首後任者がいまだ現れず、魔術協会は機能不全に陥っている。この状況を鑑み、魔術協会を公魔院から除外することを審議する。」
重い空気が議場を満たした。
この提案は、すでに私魔院では賛成派が反対派をついに上回り、公魔院での議題に持ち込まれるまでになっていた。
つまり、この場で決定すれば、魔術協会は正式に「魔法界の正統な統治機構」から外されることになる。
「1つ、発言の許可を」
最初に口を開いたのは、魔進党の党首、ジラー・スモールだった。
ブルドックのようにたるんだ顔に、薄く笑みを浮かべる。
「はて、何をそんなに難しく考える必要がある?党首の座が空席のまま5年も経っているのだ。もはや魔術協会は形骸と化した。ただの遺物を抱え続けるなど、バカバカしいとは思わんかね?」
「……慎重すぎるくらいでいいのだ。統治機構というものは、一度崩れれば立て直しには倍の時間を要する。君たちは、そんな危うい賭けをするつもりか?」
反論したのは、魔導党の党首、アルパメスだった。
長身でモーニングコートを着こなしているアルパメスはその知的な光を宿した瞳で議場を見渡す。
「確かに、魔術協会はエマセス亡き今、機能はしていない。だが、それが即、解体すべき理由にはならない。魔術協会の存在が消えれば、魔法界の統治機構そのものが弱体化することになる。それこそ、戦乱を招くことになるのでは?」
「即?戦乱?我々は5年も待たされ、そしてその間に戦乱など起きていなかった!」
ジラーが嗤う。
「もし今から戦乱が起きるとするなら、それは魔術協会の権力を不当に扱うもへの裁きであるだろう」
「権力ねぇ…あなたのような貴族主義者どもが好きな言葉だ。その権力争いに明け暮れた結果がそもそもの事の発端だろう?」
アルパメスが冷たく返す。
「ふん、秩序の話だが…民衆が導かれねば、いずれ混乱を呼ぶ。そもそも、お前たち魔道党の掲げる“調停主義”など、まやかしに過ぎん。机上の空論で平和が守れるとでも?」
「その“机上の空論”を可能にしていたのがエマセスだったのだ」
両者の応酬に、議場の空気はさらに硬直する。
そこへ、不意に静かな声が割り込んだ。
「……では、私の意見を聞いてもらおうか」
発言したのは、賛成派に属する「宝杖の会」党首、オシ・ルクだった。
スキンヘッドにメガネをかけ、いかにもインテリそうな男が椅子から立ち上がると、彼に注目が集まる。
「私は、エマセスを尊敬していた。彼1人で魔術協会が機能していたことは否定できない。だが、彼が死んだ今、魔術協会の座席が消えるのは避けられぬ運命……と、思っていた」
言葉を一度切り、ゆっくりと続ける。
「しかし、この議案が可決されれば、魔術協会そのものが正式に消滅する。それが本当に正しい未来なのか、考え直さねばならない。ゆえに、私は反対派に票を入れる。」
会場がどよめいた。
「オシ・ルク……?なぜ……?」
「公魔院の座席が無くなることと、魔術協会が無くなることはまた別問題ではないか!」
「裏切り者のっ…このハゲタカめ!」
賛成派の面々が驚愕する中、議決の結果は賛成・反対が拮抗し、議論は持ち越しとなった。
⸻
議会閉廷後
廊下を歩く私魔院の議員、ソルパス。
その隣には、フードを纏った老女——ムーシー・ミニィの姿がある。
遅れて、アルパメスも合流した。
「議会は、徐々に賛成派に傾きつつありますぜ」
ソルパスが手をヒラヒラと振る。
「オシ・ルクの寝返りがなければ、今日で魔術協会は終わっていたかもしれんな」
「とはいえ、一時しのぎです」
アルパメスが肩をすくめる。
「ソルパス、ムーシー老。新しい魔術師の件は、どうなりましたか?」
「カース・オリペインはキングホーンを降り…政治から手を引いちまいましたからねぇ…」
「キングホーンは飾りにすぎない」
ムーシー・ミニィが口を開くと、2人は沈黙する。
彼女が言葉を発するだけで、場の空気が変わる。
彼女は議員でもないのに、2人よりも発言権があるように感じられる。
その時、不意に背後から声が響いた。
「遅れました」
振り返ると、そこにはオシ・ルクが立っていた。
ムーシーを一瞥し、アルパメスに握手、ソルパスには軽く会釈する。
しかし、ムーシーにはしばし観察するように手を差し出し、ゆっくりと握手を交わした。
「今回は独断で動いてしまい申し訳ない。ジラー・スモールがこうも大胆に動くとは…」
「いや、今日は助かった。ここで話をするのはなんだ…少し歩きながら話そう」
アルパメスの提案で人気のない所へ歩いていると、オシ・ルクは賛成派の公魔院の内部情勢と今日の出来事について話し始めた。
「土地や権利をチラつかせ、領土を持たない私魔院の者を多数味方につけたようだ」
ソルパスが鼻で笑う。「庶民上がりのくせに、貴族の真似事とはねぇ」
アルパメスは静かに呟いた。「俗物だな」
「問題は今の条約の中で、その土地はどこから手に入れるのか…」
沈黙が流れる。
「話を戻しますが、それなら一刻も早く新しい魔術師の件を急がねばなりません。ムーシー老、例の件は?」
「少し早まったが、準備は出来ている。少人数の方がいい…明日にでもソルパスを連れて発つ」
オシ・ルクは驚愕する。
「驚いた…!まさか本当に新しい魔術師を…いったいどこで見つけたのです?」
「可能性の欠片だが…地球に1つ」
ムーシー・ミニィがそう呟くと、夜風が彼らの間を吹き抜けた――。