表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷妄  作者: 春待
4/6

第四話

 帰宅したとき、玄関の前で深呼吸するようになったのはいつからだろう。ドアノブにかける手が強張るようになったのは。

 目を逸らしていたことに、少しずつ輪郭が与えられていく。

「ただいま。」

 返事はない。しかし、廊下の先にあるリビングには人の気配がある。

 自室に直行するか、リビングに入るか。少し考えて、音を立てないようにリビングのドアを開けた。

 母がソファに座っている。その後頭部を見て、私は失敗を悟った。

「ああ、おかえり。ごめんね、気付けなかったわ。」

「ううん、ただいま。」

 リュックから弁当箱と水筒を取り出して、シンクで洗う。早く片づけを終わらせて、部屋に戻らなければならない。

 そうしないと。

 手が滑る。水筒がシンクに落ちて鈍い音を立てた。家じゅうに響くような大きな音が、私から冷静さを奪っていく。

「ちょっと、もっと丁寧にしてよ。」

 母が、ソファから立ち上がった気配がした。

「うん。ごめん。」

 急いで水筒を拾い上げて、洗いなおす。今度は落とさないように、丁寧に。

「ねえ。」

 母が、キッチンを挟んで向こう側に立っている。

 ため息交じりの声の冷たさが首筋に絡みつく。全身の筋肉が錆びついてしまったように固まった。心臓が鷲掴みされたように痛んで、首筋から血の気が引いていく。

 そうだ。まず、蛇口を閉めなければ。

「彩夏さ。今日の宿題のこともそうだけど、ギリギリまで先延ばしにするのやめない? 色々やること溜めこんでさ。その癖よくないよ。」

 目を合わせる。人の話を聞くときは、相手の目を見ること。

「何その目。お話するたびに睨んでくるのやめない? 気分悪くなるんだけど。」

 やっぱり、目つきが悪いとろくなことがない。

 下ろすタイミングを失った右手が、蛇口にしなだれかかっている。皿を洗う体制のまま顔だけを上げたせいで、鎖骨まわりの筋肉が引きつっている。

「彩夏、幼稚園の時のほうがちゃんとしてたよ。スモック畳むのも、荷物の片づけも、やるべき時にちゃんとできてたよね。ちゃんとできるのに、なんで今はやらないの。」

 私が知りたいよ。そんなの。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ