第三話
自分のご機嫌取りに失敗した日には、さらなる不幸を呼び寄せてしまうものだ。
だから、昼休みが始まってすぐに萌華の襲来を受けたのも、ある意味では予想通りと言えた。教室内の地位が高い生徒には、他者の席を無断使用する特権が与えられる。その地位から転落したことを、彼女はいつ自覚するのだろう。
教室の隅で、数人の女子生徒がこちらを睨んでいる。
「そしたら「よくそんな喋ることあるな」って!」
「おお。」
「あんたがなんも喋らないからでしょ! 気をつかってやってんの!」
もう少し愚痴のレパートリーを増やせばいいのに。聞き手を楽しませようという意識はないのだろうか。
「萌華ちゃんは優しいもんね。」
「そうだよ! もうちょっと思いやりってもんを覚えてほしいよね。」
萌華は私の相槌には興味がないらしい。私のことはぬいぐるみか何かだと思っているのだろう。
昼休みが終わる前にネタが尽きたのか、萌華は「じゃあね。」と言って立ち上がった。
別れた相手の彼女面など、いつまで続けるつもりだろうか。それを諦めれば、輝かしい交友関係を取り戻すこともできるだろうに。
萌華を見送り、弁当箱を開ける。鮭フレークを混ぜたおにぎり、ナスの揚げびたし、肉じゃが。今日は私の好きなものばかりだ。ゆっくり食べられないことが口惜しい。
じゃがいもを口に入れると、染み込んだ調味料の味が広がり、香りが鼻に抜ける。その香りに誘われるように、昨夜の悪夢が思考を侵食し始めた。
幼い頃に見たあの夢を、私はずっと覚えている。十年以上、誰にも打ち明けることなく一人で抱えたまま。
同じ夢を二度も見るなんて。ただの偶然だと結論付けたいのに、馬鹿げた考えが頭から離れない。
あれがただの夢でないのなら、何を意味しているのだろう。
沈殿した恐怖心がこちらを見ている。
液状になったじゃがいもを飲み込む。きっと、萌華と話をしたせいだ。
蠅が一匹、蛍光灯に体当たりを繰り返している。
耳障りな音が止まない。