第二話
弾き出されるように意識が浮上する。
息もあがらず、汗もかいていない。ただ、心臓の鼓動の大きさが悪夢の余韻だった。
ゆっくりと、落ちるようにベッドを降りて、飲み水を求めて部屋を出た。
生暖かい空気に満ちた廊下を歩く。リビングに行くと、コーヒーを飲んでいる母がこちらを振り返った。音量控えめのテレビはニュース番組を映している。
「あれ、おはよう。早いね。」
「……うん、おはよう。」
喉がうまく動かない。錆びついた声帯に力をこめ、なんとか声を絞り出すと「寝起きだね。」と笑われた。冷蔵庫から麦茶を取り出して、コップにそそぐ。ねばねばと張り付いた不快感とともに飲み下すと、胃袋の輪郭が冷たくなった。この感覚は嫌いじゃない。
「パン食べる?」
「うん。」
「顔洗ってきな。」
「ん。」
洗面所では、洗濯機が音を立てて震えている。そろそろガタが来るかもしれないと思い続けているが、なかなかしぶとい。
手を洗って。歯をみがいて。顔を洗って。
顔を拭きながら、鏡に映る自分を観察する。今日も目つきが悪い。そういえば、夢に出てきた女の人はどんな顔をしていただろう。あれは幼いころに見た夢の再演だ。
「……誰?」
時々、どうしようもない疑念と目が合ってしまう。私は本当に私なのだろうか。
息を吐いて、バカバカしい妄想から目をそらして、私は鏡の前から抜け出した。
台所では、母がトースターに食パンをセットしている。我が家の食パンは六枚切りだ。
「一枚でいいよね。」
「うん。」
冷蔵庫を開けて、先ほどまで麦茶が入っていたコップに牛乳を注ぐ。手を伸ばして、マーガリンのパッケージを手に取った。幼い頃はイチゴジャムとか、ピーナッツバターとか、とにかく甘いものが好きだったが、最近はそうでもない。私も成長しているということだろうか。
パンにいい焦げ目がついたらトースターから取り出して、冷めないうちにマーガリンを塗る。母はコーヒーをすすりながら、私の手元をじっと見つめている。
「ちょっと、つけすぎ。」
「そう?」
「体に良くないよ。」
もう少し塗りたいところだが、バターナイフを置いたほうがよさそうだ。自制心を覚えるのも、大人への一歩である。
牛乳で口の中を湿らせる。パンは吸水性に優れているから、食べるときには水分補給が欠かせない。
「今日までの宿題とか、終わってる?」
「うん、やった。」
母の目が細くなる。
「ちゃんとやりなよ。早起きしたんだし、今からでもやっちゃいな。」
「あー、うん。」
何か誤解されているような気がしたが、弁解するのも億劫だ。
もう一度、コップに口をつける。朝食を食べ終わったら、リュックの中身を確認しよう。見落としたものがあるかもしれない。
喉まで迫り上がったため息を、悟られないように飲み下した。