98.陛下のお茶会
平日の王宮、その一室で、お茶会が催されていた。
主催者はカール・パトリック・フォン・レブナント国王陛下。
我が国の参加者はまず、私とジュリアス。
フランツ殿下とクラウ。
四方守護軍の最高司令官たち。
つまりヴィンケルマン公爵、ブラウンシュヴァイク辺境伯、レーカー侯爵、シャーヴァン辺境伯だ。
招待客は西方国家群を代表して、ドレアニアン王国のダーク・ドレアニアン国王。
東方国家群を代表して、アウレウス王国のフィリップ・アウレウス国王。
西のドレアニアン王国は、西方国家連合軍を取りまとめる軍事国家だ。
東のアウレウス王国は、未だに山越えや海越えを狙う帝国に対応する武闘派。
つまり、このお茶会にはレブナントと東西国家群、その軍事の頭が揃っていることになる。
んー、これは陛下、なにか大掛かりなことを考えているのかな。
事前に何も知らされていない私は、黙って事の成り行きを見守ることにした。
陛下が口火を切る。
「早速だが本題に入ろうか。
ドレアニアン国王から我が国に、『対帝国両面作戦』を提案された。
それについて、諸君らの意見を聞いておきたい」
アウレウス国王が、怪訝な顔をして聞き返す。
「両面作戦とは?
現在、帝国と隣接しているのは、西方国家だけだ。
進軍ルートは他に存在しない。
それとも、シュネーヴァイス山脈を山越えして攻め入ろ、とでも言うのか」
それに対し、ドレアニアン国王が応える。
「我が西方連合も疲弊してきているが、それ以上に帝国の疲弊が見られる」
そう遠くないうちに、休戦協定が結ばれる読みだそうだ。
だけどまた十年もすれば、帝国は国力を回復させ、再び牙をむいてくる。
それではいたちごっこで、戦争の終わりが見えない。
帝国が疲弊が激しいこのタイミングで、あの国を切り崩したいそうだ。
「――それに、手を貸してもらえないだろうか」
東方守護軍、レーカー侯爵がドレアニアン国王に尋ねる。
「帝国を切り崩すのは賛成だが、実際にどうするつもりか」
アウレウス国王が言ったように、陸路には西方にしか進軍ルートがない。
海路を選ぶとしても、大兵力を輸送できる船舶なんて、どの国も持っていない。
山越えなんて論外で、重装備でできるものじゃない。
「――今の帝国を相手に、山越え可能な軽装で挑むのは、我々の消耗が激しすぎる」
そう、八年前から配備された帝国の新兵器。
通称『怒竜の咆哮』と呼ばれるそれは、銃口から雷をほとばしらせ、命中すると小さな爆発を起こす携行型火砲だった。
対抗するには、対雷の魔術を施した全身鎧が必要だ。
だけどそんなものを着こんで、高山越えができる訳がない。
重たい装備を別に運ぶとしても、余計な時間と人手が必要になる。
西側の動きに呼応するなら、迅速にうごけなければならない。
山越えできる軽装備では、『怒竜の咆哮』で戦闘不能になるのが落ちだ。
ドレアニアン国王が、口角を上げてそれに応える。
「レブナントには『山を消し飛ばせる魔導士が居る』と聞く。
その人物に、東の進軍ルートを作ってもらえばいい」
突如として出現する東の進軍ルートに、帝国は即応できない。
帝国が混乱している間に、彼ら西方国家連合軍が攻め上がる、という話だった。
「――挟撃すれば、今の帝国は怖い相手ではない」
アウレウス国王がドレアニアン国王に尋ねる。
「東方国家群の北に進軍ルートを作り出し、そこから我々に攻め上がれ、と言いたいのか」
ドレアニアン国王が黙ってうなずいた。
私は陛下に尋ねる。
「この計画を、どうお考えですか?」
「私は受けようと思っている」
帝国は大きすぎる国家だ。
このまま戦線を維持できれば、じきに内乱で国家が瓦解する可能性もある。
だけど帝国も、そこまで馬鹿ではないだろう。
その前に休戦し、国内の整備を行うはずだ。
その前に叩いて、帝国を解体しておきたい、との意向だった。
「――エドラウス侯爵、君はどう考える?」
私は午前中に目を通しておいた書類を思い出しつつ、考えを素早く巡らせていく。
「……二面作戦では足りませんわね。
西方国家群も疲弊しています。
おそらく、帝国を追い込み切ることはできないでしょう。
ここはもっと、手数を増やすべきかと」
陛下がニヤリと笑って応える。
「ほぅ? 手数とは、どういう意味だ?」
「確認しますが、我が国の工作で、帝国内の内乱を誘発させる準備が整っていますね?」
東西からの挟撃にタイミングを合わせ、内乱を起こさせる。
挟撃と内乱で帝国の対応力が不足しているところに、さらにもう一手を打つ。
帝国が考えてもみなかった方角から、大規模な兵力を送り込むのだ。
東西からの侵攻に対応してガラ空きの帝都を、その兵力で強襲する。
「――これならば、帝国を解体まで追い込むことも可能でしょう」
陛下が楽しそうに先を促す。
「もう一方、とは?」
私はそれに微笑んで応える。
「ここから北、シュネーヴァイス山脈に通り道を作りましょう」
時期は東方国家群が攻め入り、帝国が東西に戦力を偏らせた頃合いを見計らう。
東方守護軍は東方国家群に参加する。
西方守護軍は西方国家群を支援する。
残った北方守護軍と南方守護軍を使い、通り道を抜けて北進する。
ガラ空きの帝都に二個師団を送り込み、速攻をかける。
「――帝都さえ落とせれば、帝国との長い戦いも終止符を打てるでしょう」
ドレアニアン国王が、驚いて声を上げる。
「シュネーヴァイス山脈に道を作る?!
あの険しい山を、吹き飛ばせるとでも言うのか?!」
私は微笑んでそれに応える。
「やってみなければわかりませんが、『その魔導士』になら、おそらくできるでしょう。
それが駄目でも、軽装で高山越えをして速攻を仕掛けるだけです。
後者の場合、東西の負担がやや増えますが、結果は変わらないでしょうね」
私は言い終わると紅茶を一口飲んで、陛下を見る。
陛下が満足げにうなずいた。
「――なるほど、良い案だ。
だが四方守護軍をすべて動員しては、我が国ががら空きになってしまうな。
その問題には、どう対応するつもりだ?」
私はにっこりと微笑みを返す。
「きっと、その『山を吹き飛ばす魔導士』が、にらみを利かせてくれるのではないでしょうか」
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東西、そしてレブナントで合意が取れた。
アウレウス国王とドレアニアン国王は、早々にお茶会を退席した。
これから作戦に備え、各国と打ち合わせを行うのだろう。
クラウのお父様方、四方守護軍司令官たちも、それぞれ領地へ戻っていった。
今作戦の実働部隊だ。
本格的な作戦の前に、必要な準備を進めるのだろう。
現在は春、作戦決行は秋ごろを予定していた。
あのプランであれば、雪が降る前に帝都を攻め落とせるはずだ。
お茶会に残ったレブナントの面々は、のんびりとお茶を楽しんでいた。
フランツ殿下があきれたように告げる。
「シュネーヴァイス山脈に穴をあけるって……いくらお前でも、無茶じゃないのか?」
「そうですか? 『できそうな気がする』から、たぶんできますよ」
クラウもあきれ顔だ。
「あなた、自分ひとりでレブナントを守り切るの?」
「進軍されたら、地面を切り裂いて谷でふさいでしまえば、兵士だって腰が抜けますよ」
それでも進軍するような兵士が居ても、対策はある。
強制的に眠らせて、悪夢を見る魔法をかけてあげるのだ。
『三日三晩、酷い悪夢を見る古代魔法』なんてものも、面白そうなので覚えておいた。
実に酷い魔法だと思う。
おそらく本来は、拷問用なのだろう。
士気をくじくには十分だと思う。
私はジュリアスにお礼を告げる。
「いつもありがとね、ジュリアス。
あなたが資料をわかりやすくまとめてくれたおかげで、とっても助かったわ。
陛下ったら、何も教えてくれないんですもの」
ジロリ、と白い目で陛下を睨み付けた。
陛下は悪びれもせずに応える。
「君とジュリアスを信じているからね。
それに、私が直接説明するより、そっちの方がよほど早いだろう?」
そんな、笑いながら言うことじゃないから。
重要な戦略会議で懐刀に『なにも伝えない』とか、有り得なくない?
私は深いため息をついた。
――本当に、この陛下ったら。
私は毎回、陛下に振り回されてばかりな気がする。
早くフランツ殿下に王位を譲ってくれないかな。
ジュリアスが、いつも通り冷静に告げる。
「西方国家は、戦争続きで食料が不足しています。
一方で我が国は、エドラウス領の大豊作続きで、食料に余裕がある。
これを西方国家に格安で融通しましょう。
恩は売れる時に、高く売りつけるべきです」
ああ、そんな資料もあったっけ。
国民の生活にかなり影響が出てるらしい。
領地の収穫が税として、かなりの量を徴収されているそうだ。
税として徴収された食料は、国外に売りつけて戦費に変えているらしい。
戦争は人命もお金も消耗する。
こんなもの、さっさと終わらせるに限る。
陛下もうなずいて応える。
「すぐに打診しよう」
その後、ジュリアスと一緒にいくつかの提案を行った。
陛下がそれらを受け入れて、お茶会は解散となった。




