81.アウレウス王との謁見
アウレウス王国の王都に到着した私たちは、すぐさま王城に向かった。
私とジュリアス、ユルゲン兄様の三人で、アウレウス王への謁見を願い出る。
王城で私たちが案内されたのは、意外なことに小さな軍議室だった。
軍議室には、まだ私たちしか来ていない。
私たちを案内した兵士は、扉の外で待機しているようだ。
ジュリアスが困惑しながらつぶやく。
「隣国の使節を招き入れる場所じゃありません。
いったいどうなってるんだ」
通常、国王への謁見なら風通しの良い広間に通される。
それがいきなり密閉した軍議室だ。
この中の会話は、外に漏れることがない。
お茶を出す気配すらない。
『これから内緒話をします』と言っているようなもの。
ユルゲン兄様が、のんきな顔で私に告げる。
「中々にきな臭いねぇ。
ヒルダ、君はこれからどんな話になると予想する?」
私は考えを巡らせながら応える。
「そうですね……。
『王族を奪還するまで、手を出さないで欲しい』と来るか。
あるいは――」
私の言葉の途中で、背後の重たい扉が開いた。
扉から現れたのは、アウレウス王族の装束に身を包んだ男性。
これが国王、フィリップ・アウレウスだろう。
そのいかめしい顔つきは軍人さながらだった。
鋭い目つきは肉食獣のようにギラギラとしている。
その体はよく鍛え上げられていた。
たぶん、戦場でも先陣を駆けるタイプの王だろう。
私たちは立ち上がり、国王に礼を取る。
「レブナント王国より和平使節としてまいりました。
グランツ伯爵夫人、ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタインでございます」
アウレウス王がうなずいて応える。
「国王のフィリップ・アウレウスだ。
まぁ座ってくれ。
早速、話をしよう」
私たちは国王が座るのを確認してから、改めて腰を下ろす。
軍議室の鉄の扉が閉め切られ、中の話は外に届かなくなった。
室内に居るのは国王と私たちだけだ。
アウレウス王が口火を切る。
「片目の精霊眼、特等級魔導士と聞いてはいるが。
こんな若い淑女が和平使節とは、我が国も随分と甘く見られたものだな」
アウレウス王の侮る視線が私を射抜いていた。
だけど、その表情は精彩が欠けているように見える。
『心配ごとがある』、そんな顔だ。
私は淑女の笑みを浮かべて応える。
「それは勘違い、というものですわ。
我々はアウレウスとエシュヴィアの緊張状態を解消するために、この場に居ます。
そのためならば、この身を賭す覚悟くらいは、できてましてよ?」
「その身を賭す、ね……」
値踏みをするような眼差しで、アウレウス王は私に応えた。
『お前のような小娘に何ができる』と言わんばかりだ。
私は微笑を崩さずに応える。
「アウレウス王、謁見の間ではなく、この部屋に私たちを招きましたね?
陛下は我々に頼みごとがあったのではありませんか?
そう、例えば――『エシュヴィアに誘拐されたアンナ王女を極秘裏に奪還する』、とか」
私の言葉で、アウレウス王が目を見開いて驚いていた。
「……なぜ、そう思った」
「王族がさらわれた、という噂話を小耳にはさんだだけですわ」
アウレウス王には『家族を奪われた怒り』より、『大切な人の身を案じる』気配が強かった。
アウレウスの王族で国王がその身を案じるとしたら――。
さらわれたのは、屈強な軍人である息子たちではなく、まだ幼いアンナ王女だろう。
そしてアウレウス王の願いが、アンナ王女を秘密裏に奪還することなら、話が早い。
私たちが代わりにアンナ王女を無事に奪還すればいい。
それでアウレウスには報復を諦め、矛を収めてもらう。
「――そのお約束を頂けるなら、必ず我々が王女を取り戻してみせましょう」
これがお互いの最善。
アウレウス王は愛娘を取り戻し、体面を保つことができる。
レブナントは無駄に国力を疲弊させずに済む。
アウレウス王の私を見る目が変わっていく。
ギラギラとした警戒する目付きが、娘を心配する父親のものへと変貌していった。
「……君は『自分ならば娘を無事に取り戻せる』と、そう言うのだな?」
「我々なら、アウレウスの人間が潜り込むより、遥かにたやすくエシュヴィアに入れます。
奪還した王女は、連れてきた使用人に紛れ込ませれば、隠すのも簡単でしょう。
問題は、王女が今どこに居るのか。お心当たりはございますか?」
アウレウス王がうなずいて応える。
「奴らとしても、アンナをさらった事実は極力伏せておきたいはずだ。
奴らの最善は『我々が理由なく攻め入り、それを返り討ちにする』ものだろうからな。
自分たちの挑発行為が、人目に触れることないようにしているだろう」
私はユルゲン兄様を見て告げる。
「兄様、この場合で一番可能性が高い場所は、どこだと思いますか?」
兄様は自分の顎を指でつまみながら応える。
「そうだねぇ……現地で調査した方がいいものではあるけれど」
今回は恐らく、宰相の独断である可能性が高いだろう。
こんな野蛮な手を、穏健なエシュヴィア公王が許すとは思えない。
ならば、宰相の息がかかった場所だ。
「――エシュヴィアに入り次第、ピックアップしてしらみつぶしかな」
私はその言葉にうなずき、アウレウス王を見て告げる。
「我々がその場所からアンナ王女を奪還し、使節団に潜伏させてアウレウスに帰国させる。
その後、アウレウス王はエシュヴィア公王と秘密会談を設け、緊張状態を解いてもらう。
――こんなプランでよろしいですか?」
アウレウス王はしばらく考えたあと、私の目を見てうなずいた。
「アンナが無事に戻ってくるならば、我々も矛を収めよう。
宰相の独断ならば、それを公王に知らせれば、お互いが納得もできよう」
「わかりました。では、そのようにいたしましょう」
アウレウス王は「では、よろしく頼む」と言い残し、軍議室を後にした。
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王城から宿に向かう馬車の中、ユルゲン兄様は頬を緩ませていた。
「いやぁ期待以上だね、君は。
私が告げた不確定な噂話ひとつから、事態をここまで持って来れるなんて」
まったく光明が見えなかった緊張状態の解消。
それに確かな道筋が見えた。
確かにこれは、はるかな前進だ。
私はユルゲン兄様の言葉に、苦笑で応える。
「その『噂話ひとつ』が値千金だっただけですわ」
両国が必死に隠したがっている情報。
その噂をこの短期間で入手すること、それ自体が難しかったはず。
やっぱりユルゲン兄様は、腕利きの諜報員なのだろう。
兄様が笑顔のまま私に応える。
「アウレウス王と実際に交渉をしたのは君だ。
もう少し自信を持っていいよ」
そうは言うけど、たぶんユルゲン兄様が交渉をしても、同じ結果を得られた気がする。
あるいはレブナント王国宰相、ルドルフ兄様でも、同じだっただろう。
私がそう伝えると、ユルゲン兄様が楽しそうに微笑んだ。
「私は諜報部、目立つことはできないし、したくない。
兄上は今、別件で手が離せないからね」
ああ、それで自分から発言をしなかったのか。
諜報員が国外交渉で率先して動いて、名前や顔が知れ渡ると困るんだな。
私は今後の予定をユルゲン兄様に確認する。
「では早速、明日この国を出発しましょう。
エシュヴィアに着き次第、兄様には情報を集めて頂きます。
情報がつかめ次第、奪還作戦を立案し実行する。
――これでよろしいですか?」
ユルゲン兄様がうなずいた。
「連れて来ている部下を駆使すれば、一、二週間で絞り込みができると思う。
それまで君は、のんびりしてるといい」
私は黙ってうなずいた。
『のんびり』なんて言われても、そんな空気じゃないよね。
王女はまだ十二歳、さらわれてから三週間以上経過してる。
私は自分にできることを探してやってみるか。
ジュリアスがぽつりとつぶやく。
「必要なら、いつでも手伝いますからね」
私は微笑んで、「ありがとう」とジュリアスの手を握った。




