72.強襲(1)
七月に入り、全員が特別課外授業に参加した。
シュネーヴァイス山脈への旅程は、順調に進んでいった。
道中は三食、野菜のシチューでお腹を満たす。
毎日、三食である。
三日目にはクラウが『さすがに、毎日あればかりでは飽きるわ……』とぼやいていた。
残念ながら、私たちのレパートリーは乏しかった。
今回は長旅ということで、魔術騎士部隊も可能な限り、食事の輪に加わった。
彼らのコンディションが任務を左右すると言っても過言じゃない。
きちんと栄養のある、温かい食事をとってもらっていた。
お父様や魔術騎士部隊、御者も含めれば二十人を超える。
これだけの大人数の食事の用意だ。
刻んで煮込む以外の選択肢が、私たちにはなかった。
みんなが食事に飽き飽きしているのを横目で見ながら、私は美味しくシチューを食べる。
お腹いっぱい食べられるだけで、幸せになれないの?
みんな贅沢だなぁ。
****
五日後には山脈のふもとに到着した。
小さな村落があり、そこに馬車を停泊させる。
御者はここに残ってもらい、馬車の管理を任せた。
ここからは徒歩で、高山中腹に向かうらしい。
各自が往復分の携行糧食と水を背負い、ピッケルを片手に登っていく。
中腹までとはいえ、それなりの高さがある山に登る。
貴族令嬢組にはきつい道のりだ。
私も額に汗を流し、息を切らせながら登っていった。
「≪身体強化≫があるとはいえ! きついものはきつい! ですわね!」
貴族令嬢生活も半年を超え、私の体力もかなり衰えてる。
≪身体強化≫術式も、ずっと発動できる訳じゃない。
基本は自力で斜面を登る。
ちなみに生徒の登山服もグランツの制服だ。
高山でも問題ない通気性と保温性、保湿性を兼ね備えている。
まさに万能衣装と言えると思う。
一説には『レブナント王国屈指の工芸品』とも言われてるらしい。
国内の技術、その粋を集めた逸品だと、お父様は自慢していた。
魔術騎士たちは軽鎧の上から外套を羽織っていた。
金属鎧を着ていても、生徒たちより余裕のある表情で登っていく。
この人たちは、やっぱり頼もしいなぁ。
令嬢組でも、クラウが一番辛そうにしていた。
生粋の公爵令嬢だし、体格もエマの次に小さい。
体力的には一番劣るのだろう。
「私が! 登山だなんて! 向いてませんわ!」
と、泣き言を言いながら一行について行く。
最後尾でフランツ殿下にフォローされつつ、なんとか登っているみたいだ。
一方で身体が一番小さいエマは、クラウより余裕がある。
趣味で乗馬をやっているらしく、地味に体力があるらしい。
魔術騎士部隊はなるだけ手を出さない。
そこは前回と変わらない。
主戦力なのだし、余計な消耗は避けなければならない。
基本は生徒同士で力を合わせ、どうしてもつらい時だけ令嬢組をサポートしてくれた。
ライナー様が手を伸ばしてくるたびに、私の笑みが引きつっていく。
他の魔術騎士を頼ろうとしても、ライナー様が割り込んでくる。
無駄な体力を使うくらいならと、途中から諦めていた。
****
私たち一行は、なんとか予定に遅れることなく進んでいった。
登山四日目には、古代遺跡と見られる構造物に近づいていた。
森の向こうに、そびえる塔が見えている。
あれが古代遺跡か。
これから破壊に行く場所だ。
お父様は、魔術で付近の様子を探っていた。
「どうですか、お父様」
「うむ、予想通りだね。
哨戒している兵が居る。
二人一組で回っているようだ」
その言葉に、フィルとハーディが反応した。
フィルが怪訝な顔でお父様に告げる。
「兵が居る、とは?」
多少は説明しないと、だめかー。
私は少し考えてから、言葉を選んで告げる。
「帝国兵ですわ。
古代遺跡を不法占拠してらっしゃるの。
調査をするのに邪魔ですから、蹴散らしていきましょう」
私の言葉に、二人は驚いたようだった。
顔を見合わせ、小声で相談していた。
フィルが私に告げる。
「帝国兵だなんて、下手に手を出したら外交問題です。
なによりあなたに怪我をさせかねない」
ん? なんだか本心で言ってる?
普段の軽薄な態度がどこかに消えてる。
真剣な表情で言葉を口にしていた。
私はフィルに微笑んで応える。
「上手に手を出せばよろしいのですわ。
怪我をしそうになったら、ちゃんと守ってくださいましね?」
フィルとハーディが顔を見合わせたあと、私に向かって同時にうなずいた。
……これはどうやら、拘束をしなくてもよさそうだな。
私はお父様に告げる。
「ではお父様、作戦通りに行きましょう」
フィルとハーディ以外で、事前に打ち合わせが済んでいる。
ここからは、そのプラン通りに行動することになる。
お父様がうなずいた後、森に向かって歩きだす。
私はみんなに号令をかける。
「ではみなさま、お父様のあとをついて行きますわよ!」
私たち一行は迷うことなく、古代遺跡に向かって歩きだした。
****
森の中は歩きにくい。
山腹の森ならなおさらだ。
歩いていて木の根に足を取られかけ、思わずバランスを崩した。
とっさにジュリアスが手を差し伸べ、私の手を取った。
「ヒルダ! ――気を付けてください。
慣れないうちは、もっと慎重に」
「ええ、ありがとう。
気を付けるわ」
私は町育ちだ。こんな大自然の中を歩いた経験はない。
ジュリアスだって慣れてないはずなのに、危なげなく歩いて行く。
「どうしてジュリアスは平気なのかしら」
「きちんと注意を払っていれば、転ぶことはありませんよ」
ぬー! いつのまにか体力不足も克服してるし!
生意気!
むくれながらも、私はジュリアスに手を取ってもらいながら歩いていった。
令嬢組は、男子生徒の手を借りて森を踏破していく。
私にはジュリアス。
クラウにはフランツ殿下。
ルイズにはリッド。
エマにはフィル。
それぞれがペアになって進んでいった。
……リッド、男子に混じれるとか、たくましすぎない?
ディーターはひとりで身軽に歩いて居る。
頼りなげに見えてもファルケンシュタイン公爵家の男子。
それなりにスパルタで鍛えられてるのだろう。
ライナー様たち魔術騎士部隊は、私たちからかなり距離を取っている。
散開して見つかりにくいようにしているみたいだ。
道中で彼らが帝国兵に見つかると、かなり面倒だ。
『生徒の護衛』で納得してくれるわけもない。
それだけは避けようとしているのだろう。
****
「止まれ!」
遠くから、私たちを呼び止める声が響いた。
帝国兵の哨戒兵に見つかったかな。
近寄ってくる帝国兵に、お父様が前に出て話を聞きに行った。
私たちはその場で、事の成り行きを黙って見守っている。
帝国兵の服装は、民間人の猟師が着る物に見える。
腰から剣を下げていなければ、立派に無害な外見だ。
帝国兵がお父様に接触した途端、向こうから話しかけてきた。
「貴様たち、何をしに来た」
軍人らしい、威圧する言動だ。
言動までカモフラージュする気がないんだろうな。
お父様は飄々と応える。
「学生を連れて、この古代遺跡の調査に来た。
君らこそ、ここで何をしてるんだ?」
帝国兵が言葉に詰まり、少し考えてから応える。
「レブナントの者に教えることではない!」
かなり苦しい言い訳だ。
彼らの操る公用語に、帝国なまりがあることなんてすぐわかる。
出自を偽ることはできてない。
レブナントなまりの公用語を操るお父様に、言えることなんてないのだろう。
ここは緩衝地帯。
どこの領地でもない土地だ。
だけどどちらかと言えば、レブナント王国に近い。
こんなところで『軍属の人間が活動してる』とは、口が裂けても言えないだろう。
『学生の古代遺跡調査』を追い払う理由、そんなものを彼らは思い付けなかった。
ちょっとおつむが残念な人たちかもしれない。
追い払う理由くらい、事前に用意しておけばいいのに。
まぁまさか、こんなところに学生が登ってくるとは思わないか。
お父様は帝国兵と言葉を交わしていく。
お互いが譲らず、膠着状態だ。
お父様がため息をついて告げる。
「私らには関係のないことだな。
先に進ませてもらうぞ」
と、兵を押しのけて先に進もうとした。
帝国兵はお父様を取り押さえ、「動くな!」と叫んだ。
たしか哨戒兵は二人一組――もう一人は、少し離れて様子見をしていた。
異変があれば、周囲に知らせに行くつもりだろう。
さて、どうしようか。
――警戒していた帝国兵たちが、突然がっくりと膝からくずおれた。
「眠り草の術式です。三日は起きませんよ」
振り返ると、私たちの陰でジュリアスが魔術を使っていた。
「さっすがジュリアスですわ!」
フランツ殿下が告げる。
「こいつらを隠せ!」
ハーディとベルト様が、すぐに帝国兵を木陰に連れ込んでいた。
私は思わず言葉を漏らす。
「まるで、打ち合わせたみたいに手際が良かったですわね」
事前に私たちが決めたプラン。
その名も『哨戒兵なんて、無理やり押し通っちゃおうぜ★』だ。
お父様は『相手が居ることだし、その場で臨機応変に対応しよう』と判断した。
余計な取り決めは、一切していない。
つまり全員がアドリブで動いている。
お父様は楽しそうに「期待通りの結果で嬉しいよ」と笑っていた。
 




