68.神託(2)
『時間を置けば脅威になりかねないので、早々に芽を摘んでおいた方が良い』。
それがユルゲン様の意見だった。
国王陛下が唸り、その目をルドルフ兄様に向ける。
「お前の意見はどうだ」
ルドルフ兄様も、静かに紅茶を口に運びつつ応える。
「年内というのであれば、今から大規模な軍を動員する時間はないでしょう」
相手は未知の力を持つ古代遺跡。
北方守護全軍を動員しても、破壊できるかわからない。
古代遺跡を破壊できなければ、そこに充分な防衛戦力を割く必要もある。
その準備をしている間に四か月が過ぎ、シュネーヴァイス山脈は雪に閉ざされてしまう。
王国軍を動かせば、帝国との全面衝突は避けられない。
それに合わせた諸外国との折衝も、時間が足りない。
王国軍が他国に侵攻したとなれば、小康状態にある東方国家群を刺激する。
騒乱を誘発しかねず、余計な消耗を強いられることになる。
これらを勘案して、それでも年内に軍を動かすとしたら、手段はひとつ。
「――少数精鋭による特殊部隊の隠密行動、という形になるかと」
『年内という縛りなら、少人数の隠密行動しか選択肢はない』。
これがルドルフ兄様の意見だ。
そして『古代遺跡を本当に破壊可能なのか?』という問題提起まで行われた。
国王陛下が、再び唸りながら考えこんでしまった。
そうだよねぇ、国家存亡の危機だもんなぁ。
失敗は許されない。
そして、下手に動くことも許されない。
慎重に、かつ確実に目的を達成する必要がある。難問だ。
国家存亡の危機だけど、情報の出元が神託などという荒唐無稽なもの。
だけどお父様は元国王陛下の懐刀。
その発言を、国王陛下は無視できなかったんだろう。
まともな軍議に持ち込むことができない話題。
それで『信頼できる人たちとのお茶会』という形で、会合を設けたんだ。
……いよいよ、私たち若輩者が居る理由がわからないぞ?
国王陛下の目が、お父様に向けられる。
「ヴォルフガング、何か妙案はあるか」
お父様ものんびりとお茶を口に運びながら応える。
「そうですなぁ」
大規模な軍の動員は各国を刺激するので、すぐには動かせない。
少数精鋭では心もとない。
そもそも、古代遺跡を破壊する方法などわからない。
この状況下で、山脈が雪に閉ざされる前に移籍を破壊しなければならない。
となればまず、遺跡を調査する必要があるだろう。
専門家を派遣し、破壊もしくは無力化する方法を探し出す。
しかし、これを帝国に気取られてはならない。
「――なかなか面倒な状況ですなぁ」
お父様は人の悪い笑みを浮かべていた。
あ、これは何か考えてるな?
お父様が言葉を続ける。
「ひとつだけ、方法がありますな」
陛下がすがるような目で、お父様を見つめた。
「その方法とは?」
「シュテルンが行う来月の特別課外授業、その目的地をそこ場所に設定しましょう」
表向きは『学生たちの研修』という形で古代遺跡に近寄る。
これなら諸外国を刺激することにはならない。
学生たちで遺跡を護衛する帝国の戦力を排除。
そして遺跡を調査し、速やかに破壊し、撤収する。
「――こんなプランはいかがですか?」
さも名案、とでも言いたげな良い笑顔で、お父様は言い切った。
「――は?!」
私は知らずに声を上げていた。
思わず立ち上がり、お父様を見下ろして告げる。
「どういうことですか?!
わたくしたち学生に、古代遺跡を破壊する大仕事を任せると、そうおっしゃいましたの?!」
お父様はにっこり微笑んだ。
「うん、そうだよ?」
私は愕然として、お父様の顔を見つめていた。
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国王陛下は、まだ難しい顔をしている。
「そのような大任、シュテルンの生徒たちに可能なのか?
優秀とはいえ、まだ学生だ。
いくらお前が引率に付くとは言え……」
お父様が飄々と応える。
「前回と同じく、魔術騎士部隊を同行させます」
魔術騎士団は、国内随一の少数精鋭部隊。
生徒たちも力を合わせれば、魔術騎士に引けは取らない。
足手まといになることはないだろう。
そしてお父様以上に古代遺跡に詳しい者も居ない。
「――適任、だとは思えませんか?」
国王陛下は、また唸りながら考えこんでしまった。
お父様は追撃の手を緩めない。
「失敗しても、時間の猶予はあります」
今回は最悪でも、遺跡の情報を持ち帰ればいい。
失敗したら、持ち帰った情報で対策を練る。
その対策で雪に閉ざされた間に破壊するプランを考案し、可能なら実行する。
タイムリミットは来年の雪解けとなる。
その時までに遺跡を破壊できていなければ、大規模な軍事行動を起こす必要が生まれる。
そのためにルドルフ兄様は、今から諸外国との折衝を開始。
雪解けまでに調整を済ませ、軍事行動を取れるように準備してもらう。
「――これでどうですかな?」
国王陛下が、お父様を厳しく見つめた。
「お前たちで遺跡を破壊することが可能なのか?」
お父様は微笑みを崩さない。
「国内の特等級魔導士、三人全員が揃うのですよ?
これに娘の神託が加わる。
むしろ、これで破壊できなければ、軍でも破壊は不可能でしょう」
国王陛下は一度目を固くつぶり、ゆっくりと深呼吸した後、カッと目を見開いた。
「わかった、ヴォルフガングの提案を飲もう!
雪解けまでに事態が解決せねば、山脈の古代遺跡を占拠し、死守せよ!
北方守護軍が任に当たれ!」
ブラウンシュヴァイク辺境伯は「はっ!」と短く返答し頭を下げた。
古代遺跡を王国軍が占拠したと帝国に知られれば、本気で侵攻してくるのは避けられない。
高山での防衛線ともなれば、数の有利を作り出すことも難しい。
取れる戦術も限られてくる。
補給線もか細く、終わりの見えない戦いが始まってしまう。
泥沼の、熾烈な戦いとなるだろう。
ブラウンシュヴァイク辺境伯に、『その過酷な役目を任せる』と国王陛下は告げたのだ。
死守――それは司令官が最前線で指揮を執ることを意味する。
防衛する遺跡が落とされれば、王国が滅びてしまう。
こちらも責任重大だ。
ルイズのお父さんが、そんな戦争の最前線にだなんて……。
そんなこと、絶対にさせない!
私たちの手で、遺跡を必ず破壊しなきゃ!
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話が一段落したところで、私はお父様に告げる。
「ところで、なぜわたくしやジュリアス、ライナー様がこの場に呼ばれているのでしょう?」
お父様がニヤリと微笑む。
「言っただろう? 前回と同様だと。
ライナーは魔術騎士の精鋭だ。
次回も部隊長として来てもらうことになる」
魔術騎士は今回の主戦力。
帝国兵に対抗するなら、魔術騎士の力が必ず必要になる。
主戦力の部隊長なら、事態を正確に把握しておいた方が良いのはわかる。
お父様が意思決定をできない事態に陥ったら、その代理になることもあるだろう。
「ライナー様は、それで理解しましたけど、わたくしとジュリアスが居る意味がわかりません」
私たち、この場に居る必要性ないよね?
他の生徒に打ち明ける時に、一緒に聞けばいいんだし。
お父様が楽しそうに微笑んだ。
「お前とジュリアス、そして私が国内に三人しかいない特等級魔導士だ。
半ばついでだったが、お前たち二人も事態を正確に把握しておくべきだ。
ジュリアスは、お前の夫となる男だしね」
「そのおっしゃりよう、『半ばついで』というのがわかりかねますが?」
国王陛下が、突然笑い声をあげる。
「ハハハ! 私が君の神託を、実際に見てみたかったのさ!
どうかな? 今この場で、神託を受けられるかな?」
キラキラとした瞳……まるで『おもちゃを見つめる子供』みたいだ。
さては陛下、楽しんでるな?
「それは、やってみないとわかりませんが」
「では、やってみせてくれ」
国王陛下は楽しそうに私を眺めている。
やってみせるまでは、納得しそうにない。
……しょうがない、やるか! 神託!




