62.合流(1)
気が付くと私は、巨大な石碑の前に立っていた。
『元居た場所に戻す』って言ってたっけ。
辺りは暗く、明かりもない。
精霊眼で遺跡に宿った魔力が見えてるから、明かりが無くても周囲の景色がわかる。
空気が冷たい。もう夜なのかな。
飛ばされる前は、朝の九時くらいだったとおもうんだけど。
人の気配は……近くにないか。
「みなさまー! どこかにおられますかー!」
声が反響していく。
だけど、返事はなかった。
私は大きくため息をついてから、考えを巡らせる。
みんなと完全にはぐれた。
でもどうにかして、合流しないと。
私が姿を消したとしたら、みんなは私を探しているだろう。
この遺跡はかなり広い。
ここでみんなを探して歩きまわっても、出会える可能性は低い。
だけど、必ず集合する場所があった。
――馬車に戻ろう。
来た道を戻り、私は遺跡の入り口を目指した。
こつん、こつん、と足が石畳を叩いて行く。
精霊眼のおかげで、石につまづくこともない。
通路の形は、この左目にハッキリと映っていた。
来た時は灰色狼が出た。
帰りも出ないとは限らない。
一人で相手をできる魔物じゃない。
できれば出会いたくないな。
しばらく歩いて居ると、遠くに何かが転がっていた。
あれは――朝倒した、灰色狼の死骸、か。
しゃがみ込んで指先に火を生み出し、死骸の様子を確認していく。
血は乾いてる。
肉は……まだ、傷んでない。
つまり、それほど長い時間は過ぎてないはずだ。
当日の夜で間違いない。
火を消して立ち上がり、私は再び入り口を目指す。
ここまでだいぶ歩いてきた。
だけどまだ、人の気配はない。
この遺跡、どれだけ広いんだろう。
はぐれたみんなと、早く会いたいな。
……私はイングヴェイのところに、何時間居たのかな。
時計を確認したいと思ったけど、その隙に襲われるのはごめんだ。
まずは入り口に戻る。それが先決。
ようやく遠くに入り口が見えてきた。
そこには王国兵が二人、立ってるように見える。
かがり火を焚いて、こちらを見ているようだった。
ここまでは明かりが届いてないから、向こうはまだ気づいてないだろう。
――でも、無事に辿り着けたぁ!
私は小さく胸をなでおろしていた。
私が入り口に近寄ると、王国兵たちが駆け寄ってきた。
「どこに行ってらしたのですか!
ヴォルフガング様が心配していましたよ?!」
……説明できることじゃないしなぁ。
適当にごまかすか。
「古代遺跡の仕掛けに、囚われていたようなのです。
さきほど、ようやく出てこられました」
嘘は言っていない。
真実も伝えてないけど。
兵士たちの説明では、お父様たちが手分けをして遺跡内部を捜索しているらしい。
……みんなに心配かけちゃったな。
だけど、不可抗力だぞ?!
私だって巻き込まれたんだし!
私は小さく息をついた。
あとでみんなに謝ろう。
「今は何時ですか?」
王国兵が懐中時計を確認していた。
「夜の六時を回ったところです」
「ありがとうございます」
私も自分の懐中時計を取り出し、時刻を確認してみる。
その針は、十一時手前を示していた。
石碑から入り口まで、一時間くらい歩いてきた。
ということは、石碑の前に戻ってきたのは十時ごろだ。
飛ばされたのは、朝の九時ごろ。
手元の懐中時計を信じるなら、一時間近くをあの場所で過ごしたことになる。
体感時間でも、たぶんそれくらいだと思う。
だけど王国兵の持つ時計と私の時計で、指し示す時刻が違う。
私が姿を消していた時間は、歩いてきた一時間を差し引くと八時間。
それは体感時間と大きく違う数字だ。
イングヴェイと八時間も話していた訳がない。
出発前に懐中時計の針は合わせて来てるし。
これから導き出される結論は……『あの場所では、時間の進み方が違う』?
あの飛ばされた場所は、今居る世界と時間の速度が違うんだ。
私は王国兵の詰め所に案内され、長椅子に腰を下ろした。
何人か居る交代要員が、休憩を返上して遺跡内部へ報せに走ってくれた。
一名の王国兵が詰め所に残り、私を護衛してくれるそうだ。
「お仕事の邪魔をしてしまい、大変申し訳ありません」
頭を下げたら、逆に恐縮されてしまった。
「とんでもない! 遺跡内部のトラブルに対応するのも、我々の職務ですので!」
私は長椅子に座りながら、辺りを見回す。
詰め所に居るのは、王国兵が一人だけ。
外には門の左右にひとりずつ。
合計三人か。
何かに襲われたら、ちょっと厳しいかな。
訓練された王国兵が三人。灰色狼程度なら、なんとかなると思う。
でもあんな話を聞いたあとじゃ、とても安心なんてできなかった。
『三年後に王国が滅ぶ』か。
帝国は『遺跡の叡智を手に入れたがってる』という話だった。
じゃあこの遺跡にも、帝国が何かを仕掛けてくるかもしれない。
ここは王国の中心部。
そう簡単に帝国兵が入り込めるとは思えないけど。
密偵が国内に居ないとも思えなかった。
密偵や諜報員を相手に、一般の王国兵が三人か。勝ち目が見えないな。
不安でぐるぐると思考がさまよったあと、私は小さく息をついた。
この話は、お父様に打ち明けなきゃ。
話が大きすぎて、私の手に余る。
お父様なら、この情報にどう対処したらいいか、わかるかもしれない。
****
一時間が過ぎ、報せに走った兵士たちもまだ戻ってこない。
目の前の兵士は『ただ待つだけの時間』に慣れているのか、じっと立ち尽くしていた。
だけど私は、そんなものに慣れてない。
さすがにそろそろ、退屈になってきた。
暇潰しに、イングヴェイの話でも思い出すか。
彼は『古代魔法は、神の気配をたどって行使するものだ』と言っていた。
そして彼自身が神であることを認めた。
じゃあ、イングヴェイの気配をたどることができるのかな。
私は目をつぶって、彼の気配を思い出していく。
夏の日差しのような、力強い魔力。
それを感じ取れないか。
風のない湖面のような心で、じっと待った。
ふわり、と夏の日差しの『匂い』を感じた気がした。
それは世界のどこかから漂ってくる、熱い魔力の波動。
これが『神の気配』、か。
気配を手繰り寄せ、感覚で握りしめる。
その途端、気配が鮮明に感じられた。
確かにそれは、イングヴェイの気配だった。
祈れば通じるんだっけ?
試しに、話しかけてみようかな。
(イングヴェイ、聞こえてる?)
『おや、もう気配を掴んだのかい?
いいね、理解が早くて助かるよ』
声はとても遠くて小さい。
だけど、確かに聞こえた。
彼が神だというのは、本当なのかもしれない。
(どうしてそんなに声が遠いの?)
『本来、神の声は祭壇でしか聞き取ることができない』
ここは祭壇から徒歩で一時間も離れてるから、声が遠いのだと言われた。
神様と強く結ばれて居れば、遠くに居てもはっきりと声が聞こえるらしい。
でも私はイングヴェイを信頼していない。
声が遠いのは、そのせいなんだって。
『――その信頼関係が現れてるのさ』
(それは無理があるよ……)
神様を自称し、あんな荒唐無稽な話をする、胡散臭い青年。
いきなり『信じろ』と言われても、私にはできなかった。
『ハハハ! まぁ君が私を信頼すれば、どこに居ても問題がなくなる。
私は君を気に入ってるからね』
(ほんと、うっさんくさい……)
いや、それよりも、だ。
彼が神様なら、聞いておきたいことがあった。
(ねぇ、お父様たちは無事? 今どのあたりに居るの?)
『無事だね。
今は……ああ、兵士が報せに来ている。
あと一、二時間もすれば、全員が合流できるだろう』
(……このあたりに、危険はないの?)
『大丈夫だよ。
今はまだ、君のそばに脅威は近づいていない』
(神様って便利だなぁ。
警戒魔術を使わなくても、安全を教えてくれるなんて)
私の頭の中に、イングヴェイの楽しそうな笑い声が響いた。
『神を便利道具みたいに考えるの、やめてもらっていいかな?
少しは敬ってくれ』
どこか拗ねるような彼の声が聞こえてきた。
どうやら相手は神様で間違いないらしい。
それじゃあ失礼に当たるなぁ。
(ごめんなさい、余りにも便利だったものだから、つい。
ところで、こうやって話しができるってことは、私にも『古代魔法』をつかえるの?)
『君が望めば、古代魔法は姿を現すよ』
神様のお墨付きだ。
私にも、古代魔法を使えるらしい。
(どうすればいいの?)
『そうだね、どう説明しようか……。
君は魔力同調して、相手の魔力で魔術をつかえるだろう?
あれと同じ要領で良い』
私は小さくうなずいた。
あれでいいなら、たぶん使えるだろう。
(私の意志で、あなたのところに行くことになる――そう言ったよね。
どうすれば、あそこに行けるの?)
『君のポケットに導を忍ばせておいた。
それを手に持って、あの場所を強くイメージすればいい』
私は目を開けて、ポケットをまさぐった。
一枚の葉っぱが出てきた。
いつの間に、こんなものが?
これが、私の導なの?




