57.特別課外授業(3)
就寝の時間となった。
寝場所は当然、男女別だ。
まだ遺跡の外なので、今夜は魔術騎士部隊が不寝番をしてくれている。
遺跡に入ったら、不寝番も自分たちでやることになる。
焚火を挟んで男女それぞれのテントを張る。
焚火周辺にはお父様と魔術騎士が居る。
男女が夜間に交流しないように、というお目付け役だろう。
「お父様はテントで寝なくても大丈夫なのですか?」
「なーに、野宿には慣れているからね。問題ないよ」
お父様、六十近いのに。
あまり無理をして、体を壊さないと良いんだけど。
女子組のテントは五人。
男子組のテントは六人。
六人用テントとはいえ、男子組は窮屈そうだ。
「それにしても、あんなに小さな布が、こんなに大きなテントに広がるなんて。
理屈はわかっていても、不思議ですわね」
圧縮術式のひとつらしい。
両手に収まる大きさの布束が、封を切ると六人用テントになる。
実物を見るのは初めてだったので、少し興奮してしまった。
基本的に使い切りの術式で、使い終わったテントは馬車に乗せる。
お父様ならその場で再圧縮もできるらしい。
だけど布を畳むのが面倒、ということで今回はそこまでやらないとか。
****
女子組テントの中では、クラウが興奮していた。
「ヒルダと! お泊り会!」
「あーはいはい、落ち着いて」
「どーどー!」
「静かにしないと、縛り付けるわよ?」
あー、そういえば私が一緒に寝るのは初めてか。
四人は寄宿組だけど、私は通学組だもんなぁ。
私が冷や汗を流しながら笑っていると、クラウが必死に手招きをしてきた。
「あなたの寝る場所は! ここよ!」
「あ、はい」
私に拒否権はなかった。
まぁ、拒否するつもりもないけどね。
私を中心に左右をクラウとルイズが。
反対側にエマとリッドが並んだ。
五人で枕を合わせ、夜の女子会開始だ。
「それで、ライナー様はどうするの?」
「噂の方はなるだけそらしてるけど、そろそろ限界かもしれないよ」
「今回も、まさかついてくるとはね」
心配してくれるクラウたちに、昼間の事を小声で伝えた。
――ただし、音が漏れにくい魔術結界を張ってから、だ。
完全に音を防いでしまうと、外の音も聞こえなくなってしまう。
場所によっては危険なので、大きな音くらいは聞こえるようにするのがセオリーらしい。
話を聞き終わったクラウが、驚いたようにうなずいていた。
「なるほど、ディーター様を後継者にする作戦ね」
『蜃気楼』を習得すれば、ディーターが次の公爵家当主だ。
「さすが、お父様の直系の孫ですわよね。
魔術の才能そのものは、わたくしよりあるんじゃないかしら」
リッドが告げる。
「あとはそれまで、しのぎ切ればいいんだね」
ルイズが告げる。
「でもだいぶ手強そうね。
絶対に油断しちゃだめよ?」
私は二人にうなずいた。
相手がどんな手を使ってくるかわからない。
警戒するにこしたことはない。
それに、ジュリアスもきちんと見張っておかないと。
暴走したら何をするか、わからないからなぁ?!
私の肩を、トントンとルイズが叩いた。
「これは頭の片隅に入れておいて欲しいんだけど。
ハーディ様があなたを見てるわよ?」
「……いつ?!」
私にはまったく自覚がなかった。
「巧くごまかしてるから、あなたにはまだ気付けないと思う。
だけど視界の隅で、捉えるように見てるわ。
決して一人で行動しないでね」
うへぇ、ハーディにまで狙われてるのか。
「わかりました。気を付けますわ」
クラウが私に微笑んだ。
「あなたもつくづく、変なのに好かれるわねぇ」
「クラウがそれを言うー?!」
リッドたちが笑いだした。
「アハハ! 確かにそうだ!」
そうして私たちのおしゃべりは、夜遅くまで続いた。
****
「んー! 良く寝た!」
テントから出て、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
不寝番をしていた魔術騎士と目が合い、軽く会釈をした。
お父様が目を覚まし、「おや、早いね」と笑った。
ちなみに寝間着などという物はない。
生徒は全員、制服で寝ている。
着のみ着のまま、サバイバル訓練のような授業だ。
といってもこの制服は高性能。
しわにもならないし、強めの防汚処理も施されてる。
入浴代わりに浄化魔術のかけあいっこなど、それなりに楽しい夜を過ごした。
「お父様、外でお眠りになるのは、お辛くありませんか」
さっき胸に吸い込んだ空気はかなり冷たかった。
この中で寝るのは、老体に響くはずだ。
お父様は微笑んで応える。
「ちゃんと服に対策魔術が施してある。
大丈夫だよ、ありがとう」
「ならば良いのですが。
無理はなさらないでくださいね」
お父様が懐中時計を確認しながら応える。
「ああ、わかったよ。
――さて、あと一時間で出発か。
他の者は起きてこられるかな?」
え? そんなに早くに?
「ええと、朝食はどうするのでしょうか」
お父様がニヤリと笑った。
「もちろん、起きて来たものから順番に好きなものを食べるといい。
ただし、もう料理をする時間は残されていないよ?」
え、じゃあどうすれば?
昨晩のシチューは完売済み。
野菜が少しと、パンとミルクがちょっと残ってる。
となると、無難にパンとミルクかなぁ?
私がミルクでパンを食べていると、次の生徒が起きてきた。
「ふぁ……おはようございます……」
二番手はディーターだ。
彼も同じように説明され、パンとミルクを選んだ。
これでパンとミルクが消えた。
三番手ベルト様、四番手ジュリアスと来て、野菜が消えた。
「もう食材がありませんわね」
「そうだね、ここからは朝食抜きだね」
えっ! そんなに過酷なの?!
あ、そういえば――。
「お父様、クラウを起こしてきたいのですが、構いませんか」
「ん? ああ、構わないよ。
朝食争奪戦は終わったからね」
お父様の許可を得て、私は慌ててクラウを起こしに走った。
朝はめっぽう弱いとか言ってた気がする!
****
テントの中のクラウは、静かに寝息を立てていた。
私はまず、耳元で名前をささやき、肩を優しく揺さぶる作戦を決行した。
「クラウ、朝ですわよ? おはよう」
ゆすっても反応がない。
実に気持ちよく寝ている。
「クラウったら! おーきーて!」
激しくゆすってみるけど、まだ反応はない。
いや、少し眉がひそめられた。
「クーラーウー! あーさーでーすーわーよー!」
私がクラウを起こしてる声で、ルイズたちも目を覚ます。
「あー、そんなんじゃ駄目よ、ヒルダ。
いい? こう起こすのよ」
ルイズは言うが早いか、思いっきりクラウのお腹の上に飛び込んだ。
「どーん! ほらー! クラウー!
起きないとヒルダが殿下に取られちゃうわよー!」
それは相当大きな声で、私は耳をふさいでいた。
あんな乗り方されて、痛くないの?!
「ん……殿下。殺す」
物騒な単語と共に、突然クラウが起き上がった。
その目は半分しか開いてなくて、殺気の炎が灯っていた。
普段の儚い微笑みなんて欠片もない。
不機嫌の塊がそこに居た。
そんなクラウの顔面に、エマが魔術で操った水を強めに叩き付ける。
すかさずリッドがタオルで顔を拭いていた。
私が呆然と見ている中で、クラウはようやく眠たそうに告げる。
「……おはよう」
「クラウ……起きた?」
恐る恐るクラウに近づき、瞳を覗き込む。
少し眠そうなところ以外は、いつものクラウだ。
「あ、ヒルダ。おはよう」
にこりと微笑む姿は、いつもの儚い微笑。
どうやら本当に起きたらしい。
私は胸をなでおろしていた。
「ねぇルイズ……毎朝こうなの?」
「そうね。だいたいこんな感じね」
うわ……大変そうだ。
そして私たち女子は、テントから外に出た。
 




