54.社交界(2)
ホール中央までエスコートされ、私たちは踊り出す。
今夜も周囲が騒然となる。
さっきのライナー様の発言も交えて、噂が広がってる気がする。
これでまた、噂が増えるなぁ。
ライナー様が私に告げる。
「君は見るたびに私を魅了するね」
「あら、私はあなたの行いに、幻滅を重ねるばかりですわ」
ライナー様は軽妙に笑った。
「ハハハ! 今はそれでいいさ。
私が本気であることを、まずは理解してもらう」
何を考えてるのか、さっぱりわからない。
こういうところはお父様そっくりだ。
「ライナー様なら、令嬢を選び放題ではありませんか?
なぜ今まで、お相手を作ってこられなかったのですか?」
「君と一緒さ。
どうせ婚姻するなら、恋に落ちた相手が良かった」
「そんなことで公爵家嫡男が務まるのですか?
きちんと見合った相手を探して、身を固めるのも責務の内でしょう?」
「なに、少し時間はかかったが、こうして見合った相手に恋に落ちた。問題はない」
ライナー様は実に楽しそうに笑っていた。
この世の春を謳歌する微笑みだ。
だけど私は、淑女の微笑みを維持するので精一杯。
「問題が大ありですわ。
私は公爵家に見合った人間ではありません。
そもそも婚約者が居ます。
ライナー様のお相手にはなりませんよ」
「君は特等級の魔力を持ち、お爺様の『蜃気楼』を継承している。
我が公爵家が迎える女性として、充分すぎる条件がそろっているよ」
一族の中で『蜃気楼』を使えるのは、私とお父様だけらしい。
『蜃気楼』は『ファルケンシュタイン公爵家の魔法』だ。
本家が失伝するのは、著しく名誉が傷ついてしまう。
だからって、私を本家に取り込むって話になるの?
ライナー様が微笑んで告げる。
「そして婚約解消など、貴族社会では珍しくもない。
より有利な条件で婚約を結び直すだけだからね」
私は険を込めてライナー様を睨み付ける。
「一番の問題は、私がジュリアスを愛している、ということですわ。
私の心はあなたにありません。
あなたがどう望もうとも、覆りませんよ」
「それはやってみなければわからないさ。
それにファルケンシュタイン公爵家なら、君を無理やり奪い取ることもできる」
――なにそれ?!
「そんなこと、お父様がお許しにならないわ」
「現公爵家当主は父上だ。
お爺様の影響力は未だ根強いが、全面戦争になれば父上に分がある」
ルドルフ兄様は宰相。
政財界での影響力は、現役を退いたお父様より上だ。
お父様は公爵家の実権を、すべてルドルフ兄様に譲り渡している。
陰から公爵家を操るような真似を嫌ったのだ。
ライナー様が本当にそのつもりで動き、ルドルフ兄様がうなずけば――。
いや、『蜃気楼』の継承問題がある。
おそらくうなずくだろう。
そのくらい、魔導士の家が魔法を失伝するというのは体面が悪い。
ライナー様の言葉は、ハッタリやこけおどしなんかじゃない。
私は厳しい顔でライナー様を睨み付けていた。
彼は微笑みながら応える。
「……そう怖い顔をしないでくれ。
あくまでも『それが可能だ』と知って欲しかっただけだ。
そして私がその手段を取らないでいる、ということもね」
「それは、どういう意味でしょうか」
「言っただろう? 『君と一緒』なのさ。
私はね、ヒルデガルト。君の心が欲しい」
「……わたくしも伝えましたわよ。
『覆りません』と」
「それを覆すのが、私の腕の見せ所だな」
そう言ってライナー様は軽妙に笑いだした。
私と一緒に踊れるのが、よほど楽しいのだろう。
私は淑女の微笑みで、ダンスを踊り切った。
****
ライナー様に手を引かれ、ジュリアスの元に戻っていく。
ジュリアスは少し不機嫌になって、ライナー様に告げる。
「これで通算二回、あなたはヒルダと踊った。
もうこれ以上、『親睦』を理由にヒルダと踊らせはしませんよ」
ライナー様が楽しそうに応える。
「そうかい? 君が私に立ちはだかるというなら、こちらにも考えを変える用意がある」
――さっきのプランを、実行する気?!
私はジュリアスの背後に張り付くようにして、二人の動向を見守った。
一歩も引かないジュリアスに、ライナー様が告げる。
「……まぁいい。今夜はこの辺で帰るとするよ」
そのまま、ライナー様は私たちから離れ、入り口の方に向かっていった。
クラウたちが合流してきて、一斉にため息をついていた。
「とんだ疫病神ね」
同感だ。
だけど相手は本家嫡男。
公の場で邪険に扱うことは許されない。
――だというのに! ジュリアスには引く気が全くないし!
こういう場合、私はどう動いたらいいんだろう?
「早く諦めてくださることを祈りますわ……」
エマが力強く告げる。
「大丈夫! 今日の様子は巧いこと噂に乗せておくから! まかせといて!」
持つべきものは友だなぁ。
****
その後もライナー様は、私が参加する夜会に毎回現れていた。
私の前に来ては、ダンスを一曲望んでいく。
だけどジュリアスが今度は引かなかった。
私が何を言っても、ライナー様をブロックし続けた。
このままだと、ライナー様が本家の力で私を奪い取りに来るかもしれない。
そうジュリアスに伝えても、彼は飄々として応える。
「貴族の力で囲い込みに来るなら、逃げ出して平民になればいいんです。
他国に逃げれば、ファルケンシュタイン公爵家だろうと怖くありませんよ」
思い切りが良すぎる!
クラウやエマに噂を操ってもらってるけど、既に手遅れ気味らしい。
『グランツ伯爵家が本家と対立してる』と噂が流れてるそうだ。
うーん、頭が痛い。
困った時のお父様頼み、ここは素直に相談してみよう。
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「お父様、少しよろしいでしょうか」
「ああ、入っておいで」
お父様の書斎を訪ね、悩みを打ち明けることにした。
「ライナー様のことで、どうしたらよいのか。
ご相談に伺いました」
お父様が小さく息をつく。
「そのことか。
私もなんとかしてやりたいんだがね」
かつてお父様は『我が家に婚姻を強いる他家は、王家以外に居ない』と言い切った。
そこに嘘はなかったはずだ。
だけどまさか、家の中から結婚を強制してくる人間が現れるなんて。
これはさすがのお父様も、予想外だったんだろうな。
何かをできるなら、お父様はもう手を打ってるはず。
現状でできることはやっていても、『今は言えることがない』のだろう。
「……わかりました。引き続き、よろしくお願いします」
お父様が渋い顔でうなずいた。
私は書斎を辞去して、自分の部屋に戻った。
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夜になり、ベッドで横たわりながら考える。
本家が私を欲しがる一番の理由、『蜃気楼』の継承問題。
お父様以外に私しか使えない、この魔法の存在が鍵になってる。
この状況を崩さない限り、ルドルフ兄様はライナー様の味方だ。
公爵家の実権を持たないお父様に、勝ち目はないだろう。
このまま向こうに切り札がある状態は、あまりにも危険だ。
ライナー様の気まぐれ次第で、私は本家に奪われる。
それが決まったら、ジュリアスは私を連れて国外に逃げ出してしまうだろう。
それじゃあ、『この国で一番輝いて見せる』という私の誓いを果たせない。
ライナー様かディーター、どちらかが『蜃気楼』を修得すれば状況が変わる。
だけどライナー様は、修得できたとしてもそれをしないだろう。
とすると、残る選択肢は『ディーターに習得させる』。これしかない。
あの子の努力に、その熱意に賭ける!
そう結論づけて、私は眠りに落ちた。
 




