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新約・精霊眼の少女  作者: みつまめ つぼみ
第2章:綺羅星

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46.小さな夜会

 私とジュリアスの婚約を祝う夜会。


 形だけの婚約だけど、彼のご両親を喜ばすためだけの夜会だ。


 もちろん、先方はすべての事情を理解してくれてる。


 『それでも祝わせてほしい』というお願いだった。


 私は純白のドレスに身を包み、ジュリアスと一緒にみんなを出迎えた。


 クラウたち女子組は婚約者を同伴だ。


 ベルト様も、婚約者を連れている。


 子爵家の令嬢だそうで、大人しそうな女の子だった。


 さらにディーターも招待した。


 彼も婚約者がいるらしく、可愛らしい子を連れて来ていた。


 ディーターが笑顔で告げる。


「叔母上! 来月から一緒のクラスですね!」


「ディーター、よく頑張りましたわね。

 これから一年間、なかよくしましょうね」


 ディーターの話では、ルドルフ兄様も来たがっていたそうだ。


 だけど今夜は学生たちだけの集まり。


 例外はジュリアスのご両親だけ。


 ジュリアスのご両親は、私とジュリアスが並んでいるのを見て喜んでいた。


 『これが本物の婚約だったらいいのに』と、何度も言われてしまった。



 楽しい夜会の時間が過ぎ去っていく。


 お父様は、遠くで私に微笑みかけていた。


 仲間たちの笑顔も、みんな明るい。


 隣に居るジュリアスも、幸せそうに微笑んでいる。


 ――そして、私は気が付いてしまった。


 夜会は社交場、その華とも言える場所。


 それがこんなに温かいなんて、何かがおかしい。


 私は『社交場は戦場だ』と教わった。


 お父様も、それを認めていた。


 ここには、『戦場の空気』なんてものは存在しなかった。


 そう、これはお父様が作った小さな箱庭。


 私が傷つかないように、高潔な人たちだけで囲い込んだ『おままごと』。


 なぜ、そんなものを作ったのだろうか。


 厳選を重ねて選び抜いた人たちだけを、私のそばに配置した。


 そこに、フィルやハーディといった人間が近寄る余地はない。


 なんのために?


 理由なんて簡単だ。


 これは練習。お父様は、私を社交界に慣らしたいんだ。


 平民の孤児に、少しずつ貴族社会を教え込んでる。


 段階的に、手順を踏んで。


 お父様は『貴族社会から離れ、ひとりの魔導士として生きればいい』と言ってくれた。


 だけど本心では、私に貴族社会で魔導士として才能を生かしてほしいと願ってる。


 私だって特等級の魔力の持ち主。


 宮廷魔導士となれば、その力を活かしやすいはずだ。


 そのための道を、お父様は整備しているんだ。


 ――だけど、お父様は『貴族になれ』とは言わなかった。


 これはきっと、怖気(おじけ)づいている私への逃げ道。


 恐ろしい貴族社会に押しつぶされることのないように、逃げ出せる道を用意してくれた。


 そして私が自分の意志で立ち向かう日が来ることを、きっと待ち望んでいる。



 ジュリアスが怪訝な表情で私に告げる。


「どうしました? ヒルダ嬢」


「……ねぇジュリアス。少し外の空気を吸いませんか」


 うなずくジュリアスにエスコートされ、私たちはバルコニーに出た。





****


 ジュリアスと並んで、星空を見上げた。


 私はお父様の期待に応えられるだろうか。


 まだ見ぬ恐ろしい貴族社会で、戦う決意をできるだろうか。


 それとも怖気(おじけ)づいて、平民の世界へ逃げ帰ってしまうのだろうか。


 ――逃げ出すの? 情けないわね。


 心の中で、別の私が馬鹿にするように笑った。


 逃げ出すなんて、そんな自分は許せない。


 じゃあ、独りで戦っていける?


 お父様のように老獪な人たちを相手に、クラウたちのように戦う覚悟が、私にある?


 迷う私の手を、ジュリアスが握りしめた。


「あなたは決して独りじゃない。

 俺がそばに居ます。

 たとえ婚約が破棄されても、あなたのそばには俺が居る」


 驚いてジュリアスの顔を見つめた。


「……また、心を読んだの?」


 ジュリアスは穏やかに微笑んでいた。


「あなたの心はわかりやすい。

 大丈夫、俺も、みんなもついています。

 だから独りで戦う覚悟なんて、しなくていいんです」


「ジュリアス……」


 貴族として生きて行くなら、そばにはみんなが、ジュリアスが居てくれる。


 きっとジュリアスは、寄り添って生きようとしてくれる。


 だけど――。


「ねぇジュリアス。お願いがあるの。

 あなたはあなたの道を、きちんと歩んで欲しい。

 その才能を生かして、お父様の跡を継いでほしいの」


「俺の幸福はあなたの笑顔、あなたの幸せだ。

 ヒルダ嬢が微笑んでくれるなら、俺はそれ以上を望まない」


 私は首を横に振って告げる。


「それでは駄目よ。

 私の夫となる人には、私のように強く生きて欲しい。

 お互いに高め合える人でなければ、私は夫と認められないわ」


 ジュリアスがぽかんと口を開け、私を見つめていた。


「……今、なんといいましたか」


 私は少し照れながら応える。


「私は逃げたくない。

 戦う人生になろうとも、目の前の道を切り開いて進んでいきたい。

 ――その隣に並んでくれる人が居るとしたら、それはきっとあなたよ、ジュリアス」


 共に貴族の道を歩むなら、私たちは並んで歩いて行ける。


 どこまでも遠く、高い空へ向かって。


 ジュリアスとなら、私はどこまででも行ける気がした。


 私の全てを包み込んでくれる、この人とならば。


 ジュリアスが私に告げる。


「俺は男らしさとは無縁です。

 運動が苦手で、背も低い。

 そんな俺でも構わないと思えますか?」


 私はクスリと笑って応える。


「フィルの言葉を気にしていたの?

 あんな男の軽い言葉に、惑わされちゃ駄目よ。

 ジュリアスだって、きちんと男の子をしてるわ」


 ジュリアスが照れるように視線をそらした。


「少しくらいは劣等感がありますから。

 ――でも、そうですね。

 あなたの隣に居る資格を、俺も持たなければなりません」


「そうよ? あなたは筆頭宮廷魔導士になるの。

 どちらが先に筆頭になるか、勝負よ?」


 どちらともなく、笑みがこぼれていた。


 星空の下でクスクスと二人で笑い合い、見つめ合った。


 ジュリアスが私に告げる。


「後悔はしませんか」


「してしまうかもしれない。

 でも、そんな自分に負けるつもりもないわ」


 私たちは意思を確認しあい、うなずいた。


 ――ああ、そうだ。


「それでね、ジュリアス。

 ひとつ相談があるんだけど、いいかな?」


 ジュリアスがきょとんとして私を見てきた。


「なんですか?

 今さら何を言われても驚きませんよ」


 私はニコリと微笑んで、計画を打ち明けた。



 お父様を、驚かせてやろーっと!





****


 バルコニーから帰ってきたヒルデガルトたちは、まっすぐヴォルフガングのところへ向かった。


 まだ異変に気がつく者は居ない。


「お父様、少しよろしいでしょうか」


 その一言で、ヴォルフガングは異変を察知した。


 いつもの可憐な微笑み。


 庇護欲を誘うはずのその微笑みが、場を支配するオーラを漂わせていた。


 そう、まるでクラウディアのような――。


 ヴォルフガングは、愛娘が貴族としての道を選んだことを悟った。


 彼女は戦う人生を選んでくれたのだ。


 ならば、この婚約は本物となるだろう。


 愛娘の嫁入り――それを思うと、胸が張り裂けそうだった。


 だが父親として、彼女を見送ってやるのが自分の最後の務めだと言い聞かせていた。


 ヴォルフガングから覇気が薄れていく。


 落ち込んだヴォルフガングが、元気のない声で応える。


「なんだい? ヒルダ。言ってごらん」


「実はジュリアスとの婚約契約を、書き換えて頂きたいのです。

 お願いできますか」


 ヴォルフガングが眉をひそめて応える。


「どういう意味だい?

 この場にはシュルマン伯爵夫妻も居る。

 彼らが納得するなら、応じられると思うが……」


 ヒルデガルトがニコリと可憐に微笑んだ。


「私の嫁入りではなく、ジュリアスの婿入りにして頂きたいのですわ」


 ヴォルフガングの時間が止まっていた。


 信じられない、夢ではないのか――その表情が心を物語っていた。


 だがすぐに喜色を溢れさせたヴォルフガングが、何度もうなずいて応える。


「ああ、任せておきなさい!

 私がすべて巧くまとめてみせるとも!」


 意気揚々とシュルマン伯爵夫妻に駆け寄るヴォルフガングを、ヒルデガルトは見守った。


 シュルマン伯爵夫妻も驚いていたようだが、彼らもすぐにうなずいていた。


 ヒルデガルトに振り返ったヴォルフガングが、満面の笑みでサムズアップをした。


「どうやら、巧く行きましたわね」


 ジュリアスに振り返るヒルデガルトが、いたずらっ子のように微笑んだ。


「ねぇジュリアス。

 もうひとつだけわがままを言っても構わないかしら?」


 ジュリアスも微笑んで応える。


「構いませんよ。

 あなたが何をしようと、俺は受け止めてみせます」


「ありがとう、ジュリアス」


 ヴォルフガングがヒルデガルトの前に帰ってきて、報告を告げる。


「ジュリアスの婿入り、承知してもらったよ。

 あとはお前の好きなように生きるといい」


 うなずいたヒルデガルトが、ヴォルフガングに告げる。


「ありがとうございます、お父様。

 愛しています――生まれて初めての言葉を、最初にお父様に贈らせてください」


 『愛している』。


 その一言でヴォルフガングは目頭を押さえ、声もなく泣き出した。


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