表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新約・精霊眼の少女  作者: みつまめ つぼみ
第2章:綺羅星

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/102

42.シュテルン選考会(3)

 選考会の会場は、広いスペースに長机が一つ。


 その机の前にお父様が座っている。


 部屋の中央にも椅子が一つ置いてある。


 長机の上には、銀色の手鏡がひとつ、置いてあった。


 あの鏡を審査に使うのかな。


「ヒルデガルト・フォン・ファルケンシュタイン、入ります」


 お父様がいつもの微笑みで応える。


「うん、おかけなさい」



 中央の椅子に座ると、お父様が口を開く。


「お前は編入直後だから成績を出せない。

 だがお前の学力は学院側に認めさせてある。

 お前の学力については、私が全責任を取るということで承知させてあるよ」


 私は黙ってうなずいた。


 お父様が人の良い笑みで告げる。


「一芸は……言うまでもないね。

 お前は『蜃気楼』を使える。あれで充分だ。

 ――それでは課題を与えるよ。準備は良いね?」


「はい、お父様」


 お父様はうなずくと、傍らの手鏡を私に手渡した。


「これは魔法銀(ミスリル)の手鏡だ。

 これを使って『蜃気楼』を作りなさい。

 制限時間は十分だ――始め!」


 パン、とお父様が両手を打ち鳴らした。


 ――え?! 魔法銀(ミスリル)? これで『蜃気楼』?!


 金属を媒介にした魔術なんて、使ったことはない。


 魔法銀ミスリルなんて金属も、初めて聞いた。


 だけどカウントダウンは始まっている。


 混乱してる暇はない。


 まず、どんな金属なのか把握しないと!


 早速、手鏡に魔力を浸透させる。


 驚くほどの速さで魔力が金属に順応していった。


 凄い魔力伝導率だな。


 でもこの手応えなら、水と同じ感覚で行ける気がする。


 問題は、体積を増やせるか否か!


 この圧倒的に堆積が小さな手鏡で、『もう一人の私』を作らなきゃいけない。


 どうにかして膨らませないと。


 魔法銀ミスリルに対していくつもの魔力の波長を当て、感触を確かめていく。


 ……やっぱり金属の体積を増やすことは難しそうだ。


 金属を操る魔術は土の属性。


 土の属性は体積を増やすことがそもそも難しい。


 そんな金属を膨らませるなんて、魔法以外に方法はない気がする。


 ――となれば、薄く引き伸ばす! これしかない!


 方針が決まったので、椅子から立ち上がり手鏡に意識を集中させる。


 手鏡がどろりと溶け落ち、みるみる『私』を形作っていく。


 薄くしただけじゃ面積が足りないか。


 ならば、存在自体を薄める!


 魔力で魔法銀(ミスリル)の粒子を掴み、隙間を広げていく。


 隙間には同調した魔力を流し込んで、強度を維持させた。


 ――強度が厳しい! 強めに補強しないと!


 超極薄に引き延ばされた魔法銀(ミスリル)が、ついに『私』を形作った。


 二人の私がお父様に淑女の礼を取る。


 私はお父様に微笑んで告げる。


「いかがでしょうか」


「うん、合格」


 お父様は、極上の笑みを浮かべていた。





****


 私は一息つくと、『蜃気楼』を解除した。


 もう一人の『私』が、私の姿のまま魔法銀(ミスリル)に戻っていく。


「金属で『蜃気楼』を作ると、こうなるのですね」


 お父様がうなずいた。


「これはこれで使い道があるからね。

 覚えておくといいよ」


 たとえば魔術を維持しなくても、人間が立っているように見せられる。


 でもこんなの、魔法銀(ミスリル)以外の金属じゃできない気がするな。


 お父様が私に告げる。


「お前はこのあと、どうするね?

 自宅に戻っても構わないが」


 私は少し考えてから応える。


「控室に戻って、課題の内容をクラウたちに教えても構いませんか?」


「ああ、問題ないよ。

 魔法銀(ミスリル)のことも教えてやるといい。

 知ったからと言って、すぐに対策できるものじゃないからね」


 私はお父様に頭を下げて告げる。


「ありがとうございます」


 そうして私は、選考会会場を辞去した。





****


 ジュリアスが難しい顔をしてうつむいていた。


魔法銀(ミスリル)ですか。また厄介な課題だ」


「そうなのですか?

 確かに、ものすごく難しかったですけれど」


 クラウディアがヒステリックに声を上げる。


「ちょっと! ヒルダでも難しいって、初めて聞いたわよ?!」


「別にお父様の無理難題は、今に始まったことじゃありませんわよ?」


 グランツに通う前、いや今でもそれが日常だし。


 ジュリアスが魔法銀(ミスリル)について解説してくれた。


 魔法銀(ミスリル)は魔力との順応性に秀でた希少金属らしい。


 合金にして武具に使うことが多いのだとか。


 魔法銀ミスリルを媒介にした有名な魔術もいくつか存在するという。


「――ただし、あの金属は恐ろしくデリケートです」


「デリケート?」


 むしろ、反応が良くて扱いやすかったけどなぁ?


 ジュリアスから『あなたは別格ですよ』という冷たい視線が飛んできた。


 魔力に反応しすぎる金属だ、とジュリアスは言い換えた。


 雑な魔力制御をすれば、簡単に形が歪んでしまうらしい。


 とても繊細な魔力制御が要求される、と言っていた。


 そして今回の課題は『魔法銀ミスリルで得意魔術を成立させること』だと。


 その上で、魔力制御の質を審査される。


「――受験生が十人も残れば、御の字じゃないですか」


 そんなに少ないの?!


 ジュリアスの解説が続く。


 加えて十分の制限時間付き。


 その短い時間で魔法銀(ミスリル)との相性を把握する必要がある。


 こんな希少金属に触れたことのある生徒は、おそらく居ない。


 焦って気がはやれば、術式の成功率が大きく落ちる。


「――実に嫌らしい状況設定だ」


 話を聞いていたクラウたちの表情は硬い。


 それまで真剣だったジュリアスの表情が、急に柔らかくなった。


「と、まぁ暗い材料はこれぐらいにしておきましょうか」


 前から言っていた通り、審査は魔力制御の質。


 『砂一粒』よりかなり難しくなったけれど、みんなならきっとできるはず。


 精密な魔力制御を心がけて欲しい、とジュリアスは言った。


「――もういっそ、制限時間は忘れてしまいましょう。

 そのくらいの気持ちで臨んでください」


 やっぱりこういう時、ジュリアスは頼りになるなぁ。


 自分のことじゃないのに、とっても誇らしい。


 自慢したくて仕方がなかった。



 私たちの話を聞いていたのか、控室の中がざわついていた。


 再び教師が現れて、名簿を見て告げる。


「次、ジュリアス・シュルマン!」


 ジュリアスの顔に決意がみなぎっていた。





****


 三分後、ジュリアスが控室に帰ってきた。


 私は恐る恐る尋ねる。


「……どうでしたか?」


 ジュリアスはすまし顔でサムズアップして応えた。


「思った通りの審査内容でした。

 三か月前の俺だったら失格になるところです」



 その後、数人の名前が呼ばれて行った。


 だけど控室に戻ってきた彼らの表情は暗い。


「……失格になったのかしら」


 ジュリアスも部屋の様子を眺めて応える。


「無策で臨めば普通はそうなります。

 逆に、無策でも合格できる人材を発掘できれば大成功でしょう」



 また教師が生徒の名前を呼ぶ。


「次! クラウディア・フォン・ヴィンケルマン!」


「うわわ、私?!」


 完全に動揺してるクラウの両肩を叩いて、私は告げる。


「大丈夫! 自信を持ってクラウ! あなたならできますわ!」


 クラウは一瞬だけ怯んでいた。


 だけど私の目を見て、力強くうなずいてみせた。





****


 十分後、控室に戻ってきたクラウは、酷く疲れ切っていた。


「クラウ! 大丈夫?!」


 彼女に駆け寄って肩を抱く。


「だ、だいじょうぶ……。

 あんなに集中したのは、生まれて初めてかも」


 ジュリアスが冷静な声で告げる。


「その様子なら、合格できましたね?」


 クラウは疲れた顔のまま、ニコリとジュリアスに微笑みを返した。


「当然じゃない?

 私を誰だと思っているの?」


 ――そこには普段の『学院の女王』の姿があった。



 その後に呼ばれたルイズ、エマ、リッドも、帰るとへとへとになっていた。


 愚痴りながら私たちに合流する。


 それでも全員が合格していた。


「みなさま、すごいですわ!」


 女子五人で抱き合い、健闘を褒め合っていた。



 ジュリアスが男子二人を見て告げる。


「残るのは殿下とノルベルトのみですが、殿下が心配ですね」


「たぶん大丈夫よ」


 へろへろのルイーゼが教えてくれた。


 応募者の力量を見て、加減はしてくれるそうだ。


 特に魔法銀(ミスリル)と相性が悪い術式の場合、『術式が途中で止まってもいい』らしい。


 だけどそれは、『発動はさせなければならない』。


 相性が悪い術式の場合、発動自体が難しいだろう。


「――最初に思ってたよりは、なんとかなりそうだったわ。

 だから殿下も大丈夫よ」


「そ、そうか。うむ」


 殿下の緊張は、まだほぐれないみたいだ。



 またしばらく、別の生徒が呼ばれて行く。


 控室に戻らない生徒も多いらしく、室内は閑散とし始めた。


 そして教師が新たに名前を呼ぶ。


「次! フランツ・ヨアヒム・フォン・レブナント殿下!」


「……いってくる」



 ふらふらと出て行く殿下の後姿を、私たちはじっと見守った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ