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新約・精霊眼の少女  作者: みつまめ つぼみ
第2章:綺羅星

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33.編入(1)

 お父様はジュリアスとの婚約契約を、彼の両親と取り交わした。


 これで私とジュリアスは、正式に婚約者となった。


 小さな晩餐会が我が家で開かれ、シュルマン伯爵一家が参加した。


 ジュリアスとよく似たシュルマン伯爵は、機嫌よく笑っていた。


 その笑顔が、なんだか胸に痛い。


「ごめんなさい、少し風に当たってきますわ」


 私は居心地が悪くて、席を外してバルコニーへと逃げた。



 バルコニーで真っ暗な空を眺め、ため息をつく。


「いいのかなぁ、こんな婚約で」


「いいんですよ、こんな婚約でも」


 背後からジュリアスの声が聞こえた。


 びっくりして振り返ると、そこにはすまし顔のジュリアスの姿。


 驚いている私の横に、ジュリアスがやってくる。


 あっけに取られていると、ジュリアスが私に告げる。


「貴族の婚約なんて、だいたいこんな感じです。

 親同士が家の都合で契約する社会。

 味気ないですけどね」


「……ジュリアスは平気なの?

 あんなに喜んでいるご両親を、裏切ることになるのに」


「父上たちはすべてご存じですよ。

 我が家の家督は弟が継ぎます。

 俺は家を継ぎません」


 ――え?!


「どういう……ことなの?」


「ですから、父上たちはすべて理解した上で喜んでくれているんです。

 『婚約しただけでも一歩前進だ』とね。

 あるいは俺がヒルダ嬢と婚姻でもすれば儲けもの――そう考えているでしょう」


 今まで、婚約すらうなずかなかったジュリアス。


 そんなジュリアスが、望んで婚約を結んだ。


 その前向きな姿勢を、親として嬉しく思っているらしい。


 これで『次の婚約』を考えられるようになるかもしれない。


 そういった前向きな考えだそうだ。


 親として、子供の幸せを何よりも願う。


 そんな人たちらしい。


「……優しい人たちなんですわね。

 さすがジュリアスのご両親ですわ」


 ジュリアスは真顔で夜空を見上げていた。


「俺は父上たちのように優しくはありませんよ」


「そんなことありませんわ。

 わたくしのために、こうして形だけの婚約にうなずいてくださいました。

 優しくない人には、できないことだと思います」


 それにいつも、なんだかんだと私の心配をしてくれる。


 ジュリアスが優しくなかったら、誰が優しいというの?


 彼の顔は、どこか迷っているようだった。


「……俺は利己的な人間です。

 自分のためにならないことはしない主義です。

 他人に興味もありません」


 私は小首をかしげてジュリアスを見つめた。


「それじゃあ、この婚約も自分の為だったと、そうおっしゃるの?」


「そうですよ?

 俺があなたを守るため。

 そして、あなたを手に入れるために必要だからうなずきました」


 ……なんて言ったの?


 私を、手に入れる?


 困惑する私の顔を、ジュリアスが見つめた。


「もう婚約は成立しました。

 この契約の破棄条件は『あなたに他の恋愛相手ができるまで』です。

 ですからようやく、この言葉を口にできます」


 ジュリアスが一呼吸をおいて私に告げる。


「俺はあなたの心が欲しい。

 そしてあなたの夢を、俺が直接叶えたい」


 ――ちょっと待って?!


 それってつまり、どういうこと?!


 私の『可愛いお嫁さん』の夢を、ジュリアスが叶えるの?!


 それって、それって……。


 頭が真っ白になって居る私に向かって、ジュリアスが再び口を開く。


「俺をひとりの男性として見てください。

 すぐにできなくても構いません。

 そうしてひとりの女性として、あなたの答えを聞かせてください」


 呆然とする私と真剣なジュリアス。


 わたしたちは、しばらく見つめ合っていた。


「……夜風に当たり過ぎても体が冷えます。

 そろそろ中に戻りましょう」


 ジュリアスに促され、私たちは部屋の中に戻った。





****


 あのあと、晩餐会をどう過ごしたのか覚えていなかった。


 気が付いた時にはネグリジェで、ベッドの中に入っていた。


 ジュリアスが、私のことを想ってるの?


 彼は精霊眼になった後の私しか知らない。


 それでもなお、私を好きだと言ったの?


 男性から好意を告白されたのは初めてだ。


 こういう時、私はどうしたらいいんだろう。


 自分の気持ちがわからない。


 だって、私はまだ彼をちゃんと男性として見たことがないんだもん。


 優しくて穏やかな男性と結婚するのが夢だった。


 そんな夫に、ジュリアスはなれるのかな?


 ……優しいし、穏やかな人だとは思う。


 意地を張ると強情になるけど、それは私もお互い様だし。


 ジュリアスと温かい家庭を築けるのかな?


 今の私に、その結論を出すことはできない。


 まずは最初の一歩だ。


 ジュリアスを男性として見るところから始めてみよう。


 それで自分の気持ちを見極めて、それで返事をするしかない。


 方針が決まり、私は目をつぶる。


 私の意識はゆっくりと暗闇に落ちていった。





****


 編入当日、ジュリアスが予告通り、馬車で迎えに来ていた。


「行ってきますわね、お父様」


「ああ、行っておいで。

 気を付けるんだよ?」


 私はお父様にハグをしてから、家の外に向かう。


 玄関前ではジュリアスが、先日のように私を待っていた。


「おはよう、ヒルダ嬢。

 編入当日ですが、落ち着けていますか」


「ええ、おはようジュリアス。

 落ち着けているといいのですけど」


 正直、編入に対する緊張感はどこかに行っている。


 ジュリアスと一緒に馬車に乗るということの方が、今の私には大事(おおごと)だ。


 彼の手が馬車から差し伸べられる。


 なるだけ意識しないよう、でもこわごわと彼の手を取り、馬車に乗りこんだ。


 最後にウルリケが乗り込み、馬車が走り出す。


 ウルリケが私に告げる。


「婚約者とは言え、婚姻前に二人きりにならないよう、お気を付けください」


「はい、わかっています」


 ジュリアスは私の前の席に座っている。


 彼の視線を浴びていると、なんだかそわそわと落ち着かない。


 ジュリアスがフッと笑って告げる。


「そう緊張しないでください。

 俺は俺、あなたはあなた。

 婚約したからって、それが変わる訳じゃありませんから」


 そりゃーそうなんだけどさぁ?!


 ジュリアスが私を女の子として見てるって知っちゃったんだよ?


 今まで通りに過ごせるわけ、ないじゃん?!


 三十分間、無言の時間が過ぎていった。


 ウルリケがふぅ、とため息をついて告げる。


「お嬢様、僭越ながらアドバイスを。

 今は学業に専念し、婚約のことは一度お忘れください。

 このままでは、編入初日から大きな失敗をしてしまいますよ」


 ――そうだ、今日は編入初日。


 まずはそれだけ考えよう!


 私は気持ちを切り替えてジュリアスに尋ねる。


「ねぇジュリアス、何か気を付けておくことはありますか」


「特にありませんよ。

 あなたはいつも通り振る舞えばいい。

 噂が多く流れてますが、それに惑わされないように」


 なんでもエマが中心となって学院中に噂をばらまいてるらしい。


 エマは情報通の女の子。


 学生の社交界で、噂を操るのが得意な子だ。


 なんでも高水準でこなすクラウが『私より巧いわよ?』とほめていた。


 クラウのプラン通り、私の影響力に関する噂はもちろん。


 それ以外にも『面白そうな噂』も率先して流してるらしい。


 なんだか気が重たいなぁ。


 ただでさえ精霊眼で、私の印象は最悪なのに。


 私を女子として見てくれる男性、現れてくれるのかな。


 ジュリアスが苦笑交じりで告げる。


「ですから、噂に惑わされないように。

 社交界の噂は、虚実入り乱れるものです。

 噂がそのまま真実だと思う生徒は、多くありません」


 そっか、それならなんとかなるかな。


 よーし! まずは学院に慣れるところからだ!


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