31.学院見学(4)
クラウたちに招かれ、私は女子寄宿舎へと足を踏み入れた。
ジュリアスは玄関で待ってるらしい。
なぜかエマとリッドが『ジュリアス様に話がある』と言ってその場に残った。
クラウ、ルイズと一緒に、寄宿舎の一室に入る。
部屋の中はとてもシンプルだった。
二段ベッドとローテーブル、勉強机が二人分。
食事は食堂に行くから、必要最低限の家具しかないのだろう。
扉を閉めると、ルイズが鍵を閉めていた。
クラウは制服を脱ぎ捨て、部屋着へと着替えていく。
「そっか、校舎内は制服着用が義務だから、食堂に行くにも着替えるのですわね」
「ちょっとめんどうだけど、仕方ないわね」
私はクラウが着替え終えた姿を見て、ぎょっとしていた。
ノースリーブのシャツと膝丈のパンツ。
寄宿舎の中は、魔術で気温が管理されているようで温かいけどさ。
これって貴族が着る服じゃないんじゃない?
平民が夏に着るような服だよ?
貴族の基準だと、これって下着同然なんだけど?
困惑している私に、クラウが告げる。
「あら、やっぱり驚いたかしら。
これでも学院指定の正式な部屋着なのよ?
寄宿舎内で、着用を義務付けられてるの」
「クラウ、あなた……恥ずかしくないの? 大丈夫?」
彼女はクスリと笑って応える。
「二年間も着てるんだもの。もう慣れちゃったわ。
――ルイズも着替え終わったわね?」
部屋着に着替えたルイズがうなずくと、クラウは窓際に移動した。
クラウが窓を開け、なぜか外からリッド、エマが続いて部屋に入ってくる。
「二人とも、なんでそんなところから?!」
驚いている私の前で、三人目――ジュリアスが、困り顔で部屋に入ってきた。
****
「やれやれ、話には聞いていましたが、本当にこんなことをしてるんですね」
ローテーブルを囲んで、ジュリアスがぼやいた。
私の左手にジュリアス、右手はクラウが座っている。
ルイズが全員分の紅茶を入れてくれたので、それに口をつけていた。
「ねぇジュリアス、『話には聞いていた』って、どういうことですか?」
みんなの話では、寄宿舎の『遊び』として有名らしい。
女子寄宿舎に男子がこっそり遊びに来るのだとか。
もちろん、明るい時間に限られる。
教師たちは見てみぬふり。
『お手付き』さえしなければ見逃してもらえる、子供たちの息抜きらしい。
だけど……私たちは今年で十五歳。
相応に女性らしい体付きになってる。
こんな薄着だと、そんな女性らしさが丸見えだ。
恐る恐るジュリアスを見ると、彼は平然とクラウを眺めていた。
「聞きしに勝る薄着ですね。
よくもその恰好で、俺を部屋に入れる気になりましたね」
クラウがニコリと微笑んだ。
「だって私たち、ジュリアス様を男性とみなしていないもの。
魔術以外には興味がない――違った?」
ジュリアスは真顔でカップに口をつけた。
「違いませんよ。
あなた方の薄着を見たからって、劣情を催したりはしません」
エマがにたりと笑った。
「そうだよねー。
私たちには興味がないもんね。
――でも想像してみて? これがヒルダだったらどう?」
ぶふっとジュリアスが紅茶を拭きだしていた。
彼は珍しく、真っ赤な顔でうろたえている。
ルイズが微笑んで告げる。
「どうやら、無自覚ってわけでもなさそうね」
リッドがジュリアスの肩を組んで告げる。
「よかったな、ジュリアス様。
ヒルダが寄宿じゃなくて!」
クラウがニコリと「むしろ、残念に思ってるんじゃない?」と告げた。
ジュリアスは口をパクパクさせながら、声にならない声を上げていた。
エマが口に指を当てて告げる。
「大声を出しちゃ駄目だよ?
忍び込んでるのがばれちゃうからね」
みんな、何を言ってるんだろう?
私はひとり、小首をかしげていた。
クラウが私に抱きついてきて告げる。
「あなたは気にしなくてもいいのよ?」
「えっと……じゃあ、気にしないようにしますわね。
それにしてもクラウたち、普段と雰囲気がちがいますわね」
貴族令嬢らしい言葉遣いや振る舞いが消えている。
寄宿舎に入って来てから、みんなの空気が変わっていた。
まるで、年相応の女子のような?
ルイズが教えてくれた。
この寄宿舎の中は、大人が居ないのだそうだ。
さらに部屋の中は、ルームパートナーや友人だけ。
完全にプライベートな空間は、貴族子女としても初体験だったとか。
なんせ子供の頃から、身の回りのお世話をしてくれる人が居たんだもんね。
付き人すらいない解放感で、つい素が出てしまうんだとか。
ジュリアスがため息をついて告げる。
「それより、なぜ俺がこの部屋に呼ばれたのか、理由を聞かせてください」
クラウが私に抱きつきながらニヤリと微笑んだ。
「ジュリアス様の本心を聞いておこうかと思ってね」
彼は眉をひそめ、怪訝な顔でクラウを見つめた。
「本心とは?」
「多少は自覚があるから、ヒルダに学院を案内してるんじゃない?
それとも、『言われないとわからない』とでも言うつもりかしら」
ジュリアスはうつむき気味に黙り込んでしまった。
クラウが楽しそうに告げる。
「そう、自覚があるようでなによりね。
そこでジュリアス様に提案があるんだけど、きいてくれる?」
「……なんですか」
「あなた、ヒルダの婚約者になりなさい」
……はい?!
私は呆然とクラウを見つめていた。
この子はいったい、何を言ってるんだろう?
「ねぇクラウ、婚約者ってどういうこと?!」
クラウが私を見上げて告げる。
「高位貴族子女は、比較的早い年齢で婚約が決まるの。
ヒルダは知ってるかしら?」
「ええ、それはまぁ……でも、それが何か?」
「伯爵令嬢ともなれば、社交界に出る十三歳ごろにはだいたい婚約が決まっているわ。
つまり、十四歳でフリーのヒルダは珍しいケースになるわね」
そんな事言ったって、伯爵令嬢になったのは四か月前だし。
婚約相手を探す時間的な余裕もなかったし。
私が困惑していると、ルイズが優しく教えてくれる。
「ヒルダにも分かりやすく言えば、あなたは『美味しい物件』として見られてるの。
このまま放置していれば、あなたは有象無象の男子生徒たちからアプローチされるわ。
予想以上にクラウのプランが効果を出して、ファンクラブすらできてるの」
ああ、それはジュリアスから聞いたけども。
クラウが私に告げる。
「なるだけ私たちがヒルダをガードするつもりだったけど、今のままでは不安もあるの。
ヒルダがフリーのままだと、私たちが守り切れないかもしれない。
でもフリーでなければ、手を出してくる生徒は激減するわ」
変な男性から守ってくれるなら、そりゃ好都合なんだけど。
「その理屈は理解しますが、なぜジュリアスが相手なのでしょうか」
「あなた、恋愛結婚をしたいのでしょう?
相手が見つかった時、後腐れなく婚約を解消できる男性が望ましい。
ジュリアス様なら、あなたが望むときに婚約を解消してくれるわ」
そんな馬鹿な。
伯爵令息の婚約が、そんな簡単に解消できるものなの?
それに婚約者がいるのに恋愛相手を探すとか、それって問題がない?
ジュリアスにも、恋愛相手にも失礼にならないかな。
私がうつむいて悩んでいると、エマが私に告げる。
「貴族の婚約なんて、案外軽いのよ。
条件が良い相手に鞍替えするのは当たり前。
そもそも親が決めるケースがほとんどだからね」
「だからって解消すること前提なんて、ジュリアスに悪いですわ!」
ジュリアスがため息をついた。
「いえ、その話に乗りましょう。
俺たちの中で婚約者がいないのは、俺とヒルダ嬢だけです。
ヒルダ嬢を守るためなら、それぐらいは引き受けますよ」
「――ジュリアス?! 本気でして?!」
まじまじとジュリアスの顔を見つめたけど、ふざけている様子はない。
そうか、本気なのか。
私はぽつりと告げる。
「ごめんなさいジュリアス。
あなたに迷惑をかけてしまいますわね」
「迷惑とは思っていません。
それよりもヒルダ嬢は、恋愛相手を探すことを頑張ってください」
私はため息交じりで応える。
「編入前から学業より恋愛を考えるだなんて、不誠実に感じてしまいますわ。
グランツの授業について行けるかもわかりませんのに」
クラウが私の首に抱き着いたまま微笑んだ。
「あなた、教わらなかったの?
貴族子女にとって、婚姻は家を存続させ、家格を強化する大切な義務。
それは進学や就職より、ずっと重たいことなのよ」
「そんな! なおさらジュリアスに悪いですわ!」
ジュリアスが小さく息をついて告げる。
「ですから、その心配は不要です。
俺の家は、弟が継ぐことが半ば決まっています。
両親はまだ望みを捨ててないみたいですが、俺にその気がありませんからね」
そんな、それじゃジュリアスが寂しすぎるよ。
クラウが私に告げる。
「話はまとまったわね。
私はジュリアス様と話があるの。
ヒルダはリッドたちと外で待っていて」
リッドとエマに促され、私は立ち上がった。
「それじゃあジュリアス、外で待っていますね」
私はリッドたちと、先に寄宿舎の玄関に向かった。




