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新約・精霊眼の少女  作者: みつまめ つぼみ
第2章:綺羅星

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30.学院見学(3)

 私が案内されたのは学生食堂。通称『学食』だ。


 かなりの人数が広々と座れるスペースだった。


 今日は休日なので、広さの割に人が少ない。


 お昼時でも、ちらほら人影があるくらいだ。


「食堂は休日でも開いてるのですね」


「寄宿生の食事を担当してますからね。

 学院が閉鎖されない限り、営業してますよ」


 つまり、この場に居るのは全員が寄宿生、ということか。


 早速メニューを覗いてみた。


「どんなものが出てくるのかしら」


 入り口には、完成した料理に保存魔術をかけた物が陳列されていた。


 なんだか庶民的な料理だなぁ。


 貴族子女が好む手の込んだ料理はないみたい。


 町でよく見かけるような、そんな料理ばかりだ。


 どうやら日替わりで三種類の定食と、サンドイッチなどの軽食があるみたい。


 日替わり定食は朝昼夕で、これまた内容が変わるらしい。


「俺はA定食にしますが、ヒルダ嬢はどれにしますか」


「じゃあ私もA定食にしますわ」


 A定食は魚の照り焼きだ。


 カウンターで注文を告げると、出来合いの料理を盛りつけてトレイで手渡される。


 それをもって、大きなテーブルに二人で並んだ。


 食材も調理師も一流なのか、見た目に反して味は良い。


 私はもくもくとお魚を口に運びながら、ジュリアスに話しかける。


「午後からは、どこを見せてもらえるのでしょう?」


「めぼしい施設はすべて回りました。

 寄宿舎にクラウディア嬢を訪ねてみては?」


 んー、休日の邪魔をするのは悪い気がするけど、三時まで時間があるし。


 訪ねるだけ訪ねてみようかな。


「――叔母上?! 叔母上ですよね!」


 聞き慣れない声に振り向くと、そこには背の高い男の子が立っていた。


 深い灰色の髪の毛、幼い印象が残る顔立ち。


 ……今、『叔母上』って言った?


「あなたもしかして、ディーター?」


 ディーター・フォン・ファルケンシュタイン。


 公爵家の次男。


 お父様の孫、私の甥にあたる子だ。


 確か一歳年下で、今年十四歳になるはず。


「はい、叔母上! ディーターです!

 隣に座ってもよろしいでしょうか!」


「構いませんが……」


 あれ? なんか妙に懐かれてない?


 ディーターは私の隣に座り、笑顔で話しかけてくる。


「叔母上と会えるなんて光栄です!

 お爺様以外で『蜃気楼』を使える、ただ一人の魔導士!

 あの襲撃事件での雄姿、今でも覚えています!」


 どうやらあの夜会に参加していたらしい。


 一部始終を遠くから見て居て、それで私のファンになったのだとか。


「ねぇディーター、あなたは『蜃気楼』を使えないの?

 お父様から教わらなかったのかしら」


 ディーターがしょんぼりとしながら応える。


「術理は教わりましたが、僕には難解過ぎて、まだ理解できていません。

 兄上も使えませんし、父上も使えません。

 僕が使える訳がないんですよ」


 おっと、随分と自己評価が低いな。


「わたくしが覚えられたのよ?

 直系の孫であるディーターが、覚えられないわけがないわ。

 もっと自信をもって、努力を続けましょう?」


 ディーターが寂しそうに笑みを作った。


「叔母上、努力できるのも才能のうちなんですよ。

 僕は頑張っても結果を残せません。

 それ以上の努力をする気が、起こらないのです」


 あらあら、これは重傷だ。


 でも、努力だけじゃどうにもならないことだってあるよね。


 ジュリアスがため息をついて告げる。


「ヒルダ嬢、ディーター様の異名を教えてあげましょう。

 『軟弱貴公子』――それが彼の通り名です。

 努力が報われないのではなく、努力できない人間ですよ」


 ジュリアスの声には、冷たい侮蔑の感情が混じっていた。


 彼にしては珍しいと思う。


「それってどういう――」


 私がジュリアスに尋ねようとすると、鈴を転がすような声が響き渡った。


「――ヒルダ! なぜあなたがここに居るの?!」


 その声に振り向くと、制服姿のクラウ、ルイズ、エマ、リッドがトレイをもって立っていた。





****


 クラウたちは向かいの席に座り、昼食を口に運んでいた。


「――そう、学院見学にいらしてたのね。

 水臭いわよ? 言ってくだされば、私が案内したのに」


「ごめんなさい、クラウ。

 昨日、急に決まったことなの。

 お父様が許可を下さって、ジュリアスが同伴を申し出てくれたのよ」


 クラウは「ふーん」と、見定めるようにジュリアスを見つめていた。


「それで、なぜディーター様がいらっしゃるのかしら」


「偶然、ここで会ったのですわ。

 それがどうかしまして?」


 クラウは冷淡な眼差しをディーターに向けた。


「いえ、昨年度も学業が低迷している軟弱貴公子が、何を悠長にしているのかと。

 このままでは進級も危ぶまれましてよ?」


 ――え?! そこまで成績悪いの?!


 慌ててディーターの顔を見ると、彼はバツが悪そうにしていた。


「これでも午前中は自習をしていました。

 僕は叔母上を知って、変わりたいと思った。

 だから僕なりに、努力をしているつもりです」


 クラウが冷たい眼差しで告げる。


「あら、勉強をしていたという割に、まるで疲れを感じない顔色ですわね。

 自習と言いながら、休憩と称して音楽室でピアノでも弾いてらしたのではないの?」


 ディーターはうつむいて黙り込んでいた。


 ――まさか、図星なの?!


 私もため息をついてディーターに告げる。


「ディーター、三時間程度で音を上げてしまったの?

 それでは遅れを挽回するのが難しいのではなくて?」


「三時間も集中なんてできませんよ!

 一時間おきに休憩を取るのが、最も効率が高いんです!

 学院の授業だって、そうやってタイムテーブルが組まれてます!」


 私は首を横に振って告げる。


「あのね? ディーター。

 それは『遅れていない人間のスケジュール』なの。

 遅れれば遅れるほど、他人より勉強に時間を割かなければならないのよ?」


 ディーターが唇を尖らせて応える。


「叔母上のように優秀な人には、劣っている人間の気持ちなんてわかりませんよ」


 私は別に優秀じゃないんだけどな。


 この子は劣等感で、すっかり負け犬根性が沁みついちゃってる。


 お父様やクラウが一番嫌うタイプの人間だ。


 仕方ない、こういう自慢するようなことはしたくないんだけど。


 私はディーターに、私が過ごしてきた四か月を教えてあげた。


 最初は寝る間も惜しんで勉強に励み続けたこと。


 遅れを取り戻すまで、私は満足に眠らない日々が続いたこと。


 命を削るかのような日々を、丁寧に教えていった。


「――これが私が過ごしてきた時間よ。

 ただの孤児が、この場所に立てるようになるまで何をしてきたか。

 少しは理解できたかしら」


 ディーターは唖然として私を見つめていた。


「そんな……なぜそこまでできたのですか」


 私はニコリと微笑んで応える。


「わたくしはね、『怠け者』と蔑まれるのを一番嫌うの。

 できる努力をせず、ただ漫然と過ごす自分が許せないのですわ。

 あなたはどうなの? できる努力をすべてしてきたと、胸を張って言えるかしら」


 ディーターは顔を伏せ、考えこむように黙り込んでいた。


 私はディーターに告げる。


「言い訳なんて甘えでしかないわ。

 自分が許せる自分でありたい――そう願えるかしら。

 公爵家の、お父様の孫として胸を張ることができる?」


 落ち込んだ様子のディーターの肩に手を置き、最後に告げる。


「大丈夫、自信をもって?

 あなたはお父様の孫なんですもの。

 努力すれば、必ず実るわ。そう信じて」


 ディーターは何も応えなかった。


 だけど、これ以上の言葉はもう要らないだろう。


 私はクラウに告げる。


「ねぇクラウ。もう学院はすべて見てしまったの。

 あなたたちの寄宿舎にお邪魔してもいいかしら」


 クラウがうなずき、私たちは立ち上がった。


 ディーターを食堂に残し、私たちは寄宿舎へと向かった。


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