25.学生たちのパーティタイム!(4)
ジュリアスが私に戸惑うように告げる。
「どういうことですか、ヒルダ嬢」
私は深いため息をついた後、みんなに告げる。
「クラウは囮ですわ」
わざとチェックを甘くして、ルーニア王国の刺客を会場に招き入れてる。
おそらく、招待状が刺客の手に渡るよう仕向けてるな。
彼女は私たちに『華やかに取り押さえてみせろ』と言いたいんだ。
だから噂も彼女が意図的にばらまいて、私たちの耳に入るよう仕向けた。
みんなの表情が変わっていく。
私が言いたいことを、即座に理解したんだろう。
私は言葉を続けていく。
「今日、この会場に高い確率で刺客が紛れ込んでいます」
クラウが望むのは『華やかな解決』。
裏で解決してもクラウに失望される。
衆人環視の中、刺客を私たちが取り押さえる。
相手はプロの暗殺者だろう。
学生の私たちには荷が重たい。
それでも『やってみせろ』と言われてるんだ。
「――だいぶハードなミッションですわね?」
全員のため息がシンクロした。
だいたい、そんな計画があるなら教えなさいよ!
なんで相談してくれないの?!
どうして『計画に気付くかどうか』まで試されなきゃいけないの?!
私たち、友達でしょう?!
私の怒りは、もう限界寸前だった。
****
私はみんなに指示を飛ばしていく。
お父様たちは、おそらく保険。
最悪の事態――クラウがさらわれるのは防げると思う。
だけど万が一は有り得る。
「ですからルイズ、エマ、リッドはクラウを一人にさせないでください!
人目がない場所でさらわれる可能性を潰して!」
――ルイズたちがうなずいた。
さらえないと判断すれば、刺客はプランBに移行する。
クラウの命が狙われることになる。
狙うタイミングは……おそらく、クラウがステージ上に一人になる時。
「誰か今夜の予定をご存じありませんか!」
みんなが首を横に振った。
今夜はフランツ殿下とクラウがセッティングを行った夜会。
あの二人以外、詳細を知らされてないのか。
私はこめかみに極太の血管が浮き出たような錯覚を覚えた。
怒りでどうにかなっちゃいそうだ!
「――あんの性悪女!
『チャンスはくれてやるから逃すな』って言いたい訳ね!
よくわかったわ!」
軽く深呼吸をして気分を落ち着け、言葉を続ける。
「殿下が同伴してる間は、殿下の護衛が務めを果たすはずです。
おそらく大丈夫だとは思います。
ですが念のために、ベルト様は二人の周囲で警戒してください!
――ベルト様がうなずいた。
ジュリアスは私と分担して警戒魔術を使う。
索敵と、いざという時の飛び道具担当だ。
「刺客を仕留める役を、私たちが担います!」
エマが驚いて声を上げる。
「ジュリアス様はわかるけど、ヒルダも使えるの?!
索敵魔術は高等魔術なのよ?!
グランツ在校生は普通使えないわ!」
私はエマにうなずいた。
我流だけど、私も索敵魔術を覚えてる。
今回の条件なら、充分に使えるはずだ。
私とジュリアス二人でなら、会場全体をカバーできる。
会場は縦長だから、前後に分かれるべきだ。
私は前方、この位置で索敵魔術を発動する。
「ジュリアスは後方をお願いします。
自分の判断で陣取ってください」
――私とジュリアスがうなずきあった。
ベルト様が私に告げる。
「連絡はどうするんですか。
この人混みで一度別れたら、合流するのは難しい」
私はうつむいて応える。
「連絡魔術は、とても高度な魔術です」
ジュリアスも私も、まだそれを修得していない。
だから刺客が動きを見せるまでは打ち合わせ通りに。
刺客が動いたら、各自の判断で動くしかない。
「――さぁ、みなさま! 動いてください!」
私が両手を打ち鳴らすと、各人が持ち場へ散っていった。
ルイズ、エマ、リッドはクラウからやや離れた位置へ。
ベルト様は、殿下とクラウを見渡せる位置へ。
ジュリアスは後方へ向かった。
私はここで、索敵魔術だ。
――疲れるんだよね、この魔術!
私の索敵魔術は、ぶっちゃけただの魔力制御。
魔力の網を広く薄く延ばして、魔力に触れた人の情報を得る。
その人が持つ魔力の強さや身のこなし。
どういう動きをしているのかを、個人を識別しながら行う。
要するに、砂時計鍛錬の応用だ。
これに精霊眼の『魔力を見る力』を合わせれば、侮れない効果を見込める。
この場に居るのは貴族、相応に魔力が高い人材ばかり。
その一人一人を把握し、不審な行動をしてる人間を見つけ出す。
特に刺客ともなれば、≪身体強化≫術式を使う公算が高い。
その瞬間の魔力の動きを察知できれば、確実に補足できる。
――後で絶対、クラウを叱りつけてやる!
こうして、私たちによる『学生たちの大捕り物』の幕が上がった。
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ジュリアスが索敵する会場後方は、敵意が渦巻いていた。
どれもこれも、ヒルデガルトに対する敵意だ。
あれだけ見せつけたのだから当然だろう。
レブナント王国の重鎮が軒並み彼女のバックに居る。
彼女に手出しは出来なくなったが半面、表に出せない敵意は膨れ上がった。
ヒルデガルトを守るには最善の手だったが、クラウディアを守るのにこの状況は厳しかった。
ジュリアスの使う索敵術式は、範囲内の敵意を探るオーソドックスなタイプだ。
伝統的な術式で、ノウハウが多く存在する。
その術式で範囲内の敵意を丁寧に仕分け、クラウディアに対する敵意を探り出す。
――クソッ! これでもヒルダ嬢にかなり近づいたはずなのに!
数百人規模の敵意を仕分けるのは、砂時計鍛錬と同等以上の難易度だ。
毒は吐くが、ジュリアスは根気強く敵意を仕分け、生徒父兄以外を探っていった。
砂時計鍛錬で鍛えられた集中力は、きちんと生かされていた。
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エミリが憂鬱そうに告げる。
「クラウに近づきすぎても離れすぎても駄目。
地味に面倒な役回りよねー」
クラウディアのプランは、敵の襲撃を誘発させなければならない。
こちらが警戒してると悟られる訳にはいかないのだ。
ルイーゼもため息交じりで告げる。
「たぶん、ステージ上で事が起こるわ。
一番目立つし、あの子は派手好きだもの。
それ以外の可能性を潰すのが、私たちの役目ね」
クラウディアが襲われるとわかっていて見守らなければならない。
心配でないわけがなかった。
アストリッドが疑問を口にする。
「そんな派手な演出で、あの子は何をしたいんだい?」
ルイーゼがそれに応える。
「私たちの実力、正確にはヒルダの実力を知らしめたいのよ。
ついでにルーニア王国に証拠をつき付けて、外交カードにするんじゃない?」
一石で二鳥でも三鳥でも、狙えるだけ狙っていく。
クラウディアはそういう人間だった。
三人の少女は顔を見合わせ、改めてため息をついた。
――彼女たちの友人は、実に性根が悪い。
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ノルベルトが会場を見渡してみると、普段より警備兵の数が少なかった。
ヒルデガルトが言った通り、フランツ王子の周辺だけは従来の護衛が付いている。
フランツ王子だけは死守するよう、命令が渡っているようだ。
おそらく、国王も計画を知らされ、承認を出しているはずだ。
会場に来たのは、ヒルデガルトたちが見事に計画を完遂できるか、それを見に来たのだろう。
無様をさらすわけにはいかなかった。
ノルベルトはいつでも飛び出して行けるよう、≪身体強化≫の準備をしていた。
仲間内で一番の機動性と瞬発力を誇る。
毎週ヒルデガルトと技比べをしているうちに、彼の実力も飛躍的に向上している。
――だがそれでも、ヒルダ嬢に勝てないのは歯がゆいな。
真摯に研鑽する姿において、ノルベルトは未だ彼女に及んでいない。
クラウディアとヒルデガルト、同時に危険が迫った時を考える。
その時ノルベルトは、どちらを守るために動くだろうか。
守るべきはクラウディアだ。
だが、守りたいのは――。
考えてみたが、結論は見えなかった。




