23.学生たちのパーティタイム!(2)
結果から言うと、お父様の陥落は早かった。
「――というわけで、当日のエスコートをお願いしたいのです」
「ふむ、ああいいよ。
もちろん構わないとも!
お前のためならばそれくらい、お安いご用さ」
チョロい。
いや、『チョロい』なんて失礼な言葉は使いたくないな。
お父様がそれだけ、私を大切に思ってくれてるってことだし。
ここは素直に、お父様に感謝しよう。
――だけど、確認しておきたいこともある。
私は微笑んだまま、お父様に告げる。
「ですが夜会用のドレスがありません。
お父様はどうしたらいいか、お考えがありますか?」
お父様がにっこりと微笑んで応える。
「もちろん用意済みだとも!
クラウディア嬢と友人になった時から用意してあるよ!
いつこうなってもいいようにね!」
なんだか、『待ってました!』と言わんばかりの笑顔だ。
クラウと友人になったのって、二か月前なんだけど?
気が早すぎない?
「お父様? わたくし、これまで一度も採寸をしてきてませんわ。
どうやってドレスをお作りになられたのですか?」
お父様はにんまりと微笑むだけで、応えてはくれなかった。
――やっぱり『蜃気楼』を使ったの?!
私はショックの余り、その後どうやって部屋に戻ったのか覚えてない。
気が付いたら自分の部屋でウルリケに抱き着き、泣いて愚痴っていた。
ウルリケが私に告げる。
「私から旦那様に『きつく』申し上げておきます」
ウルリケは三白眼になって力強く語っていた。
その目には、殺気すら感じるほどだった。
****
夜会当日、ウルリケ達が私を着つけていく。
精霊眼とおそろいの真っ赤なドレスだ。
お父様と一緒に馬車で王宮に向かい、お父様の手を借りて降りる。
降り立った瞬間から、周囲の招待客たちが奇異の目を向けてきた。
ざわつく声を拾い集めると、お父様が来ていることに驚いているようだった。
……王宮嫌いで有名って、ほんとだったんだ。
お父様にエスコートされ、王宮入り口から会場のホールまで移動する。
その間、周囲から私たちを値踏みするかのような視線が寄越された。
こんな大勢の人たちに見られるのは、初めての経験だ。
緊張で顔が強張るのがわかる。
お父様が優しく声をかけてくれる。
「大丈夫、今日もお前は美しいよ」
私は精一杯の微笑みを返しながら応える。
「ありがとうございます、お父様」
周囲から、驚くような声が混じった。
孤児で養子の私が、お父様と仲睦まじい。
親子関係が強固だと見せつけたんだから当然だ。
これでアピールポイントを一つ、クリアだ。
豪奢なホールに足を踏み入れ、みんなと合流する。
私が招待された席は、会場の奥で、ステージそば。
本来なら一番大切な招待客を招く席らしい。
私がここに招待されることも、アピールの一環なのだろう。
今夜は立食パーティーなので、テーブル自体は大きくない。
その周囲に、殿下とクラウ以外がその場にそろっているようだった。
ルイズ、エマ、リッド。
ヴィンケルマン公爵たち、四方守護軍の最高司令官。
そして――。
「初めまして、妹殿」
そう、宰相にしてお父様の息子、ルドルフ様だ。
深い灰色の髪の毛と高い背丈はお父様譲りかな。
優しい微笑みも、お父様によく似ている。
体も鍛えているようで、細い割にがっしりとした体つきだ。
まさに『美丈夫』を地で行く人だろう。
四十歳だったと記憶してるけど、まだまだ全然若々しい。
私は淑女の礼で応える。
「初めまして、ルドルフ様。
ヒルデガルトですわ」
ルドルフ様がニコリと微笑んで応える。
「そんな他人行儀にしなくていいよ、妹殿。
『兄様』とでも、気軽に呼んで欲しい」
スッと腰を落とし、ひざまずいたルドルフ兄様が私の右手を取った。
そのまま手の甲に唇を落とす。
これは『相手を信頼している』というサインらしい。
一気に周囲がざわついて行く。
そりゃそうだよね。義理の兄妹とはいえ、宰相だもん。
そんな人が十四歳の子供に信頼を贈る。
インパクトは計り知れない。
ヴィンケルマン公爵たちも、続いて私の手の甲に唇を落としていく。
周囲が騒然として、噂話が飛び交っていくのが伝わる。
これで、アピールポイント二つ目をクリアだ。
ルドルフ兄様の視線が私の背後に伸びた。
「おやおや、早速のお出ましですか」
誰か来たの?
くるりと振り向くとそこには――。
きらびやかな衣装と瀟洒なマントを見にまとい、王冠を頭に乗せた男性。
言われなくてもわかる。緊張で身体が強張る。
男性――国王陛下が私に告げる。
「君がヴォルフガングの新しい娘だね。
彼の娘なら、私の娘も同然だ。
期待の新星と聞いているよ」
私は上擦る声を自覚しながら応える。
「と、とんでもありません! 国王陛下!」
そして慌てて淑女の礼を取った。
ガチガチの肩に、陛下が優しく手を置いた。
「そう緊張しなくていいよ。
君の実力が確かなのは、ヴィンケルマン公爵たちが見ている。
君がグランツでどれだけ実力を伸ばすか、楽しみだよ」
陛下はポンポンと、私の肩を優しく叩いた。
「今夜は学生たちが主役だ。
我々大人は、遠くで見守らせてもらうよ」
陛下とルドルフ兄様は微笑みながら、その場を離れた。
お父様やヴィンケルマン公爵たちも、大人席に移動していく。
私は呆然としたまま陛下やお父様たちを見送った。
****
私は深く深呼吸をして告げる。
「――ふぅ。緊張しましたぁ」
ぼやく私に、ルイズが微笑んだ。
「やっぱり緊張したの?
まぁ、いきなり陛下だもの。当然よね」
予告なしのサプライズにしては大袈裟だよ?!
私はてっきり、今夜は参加しないものと思ってたし。
フランツ殿下が参加するだけで、充分じゃないの?
エマが私に飲み物の入ったグラスを手渡してくれた。
「はい、ノンアルコールのワインだよ。
緊張したなら、それでリラックスしたら?」
私はありがたくグラスに口を付け、喉を潤した。
リッドがワインを片手に私に告げる。
「クラウとフランツ殿下は、あとから入場する予定らしいよ」
ああ、それでこの場に居ないのか。
エマがニタリと微笑んだ。
「これで国家の重鎮が、ヒルダの背後に居るってアピールできたね」
ルイズが私の肩を抱いて笑った。
「そもそも、王宮嫌いのヴォルフガング様がエスコートしたのよ?
それだけで王国がひっくり返る大珍事よ」
お父様、そこまで王宮が嫌いなの?!
陛下が姿を見せる以上の珍事って、どういうことなの……。
あきれる私の背後から、ジュリアスの声が聞こえる。
「よくヴォルフガング先生を引っ張り出せましたね」
振り向くと、フォーマルな深緑のスーツに身を包んだジュリアスが居た。
「ジュリアス! 来てくれたの?!」
彼が柔らかく微笑んで応える。
「可愛い妹弟子を助けるためです。
来ない理由がありませんね」
そう言って、すまし顔でワインに口を付けていた。
お父様もジュリアスも、社交場が嫌いだと聞いていた。
ジュリアスまで、それを押して来てくれるなんて……。
「ありがとう、ジュリアス」
私は少し涙目になりながら告げた。
ジュリアスの目が、私のドレスに落ちた。
「……よく似合ってますね。
あなたには赤が良く似合う」
「あ、ありがとうございます」
ジュリアスから褒められるなんて、初めてじゃない?
ふと気配を感じて後ろを見ると、ルイズたちがニヤニヤとこちらを見ていた。
これは……後でからかわれるなぁ。
ふぅ、と小さく息をついた。
ジュリアスが来てくれたなら、もしかして――。
会場中を見回して、その人を探す。
生徒の中で、ひときわ背が高いマリンブルーの髪の青年。
私は思わず手を挙げ、声を張り上げた。
「ベルト様! ここです!」
こちらを見た浅葱色の瞳が、私を認めて微笑んだ。




