21.王子と騎士(4)
夕食の席で、私はお父様にフランツ殿下の様子を聞くことにした。
「それで、殿下の進捗はどうでしたの?」
お父様は楽しそうにワインを傾けて応える。
「しっかりと課題の意味を考え、理解しようとしていたね。
魔力制御鍛錬にも本腰を入れるようになった。
今まで退屈そうに手を抜いていたから、とても良い傾向だね」
「それでマンツーマンで教えてなさったのですね。
――あら? そうするとベルト様はどうなるのですか?
しばらくは自習、ということになるのかしら」
小首をかしげる私に、お父様が楽しそうに告げる。
「ノルベルトは自習でも構わないだろうが、お前が相手をしてみたらどうだ?
フィジカルを伴わない魔力制御なら、いい勝負ができるだろう。
お前もそろそろ、対人戦の駆け引きを覚えても良い頃合いだからね」
なるほど、フィジカルを使わない勝負か。
それなら面白い勝負ができるかも?
お父様が私の表情を確認してうなずいた。
「どうやら乗り気のようだね。では決まりだ」
フランツ殿下がお父様とマンツーマン。
私とベルト様が魔力制御の駆け引き鍛錬。
ジュリアスはまだ、しばらく砂時計鍛錬の練習になるそうだ。
お父様がニコリと微笑んで告げる。
「ジュリアスがお前に追いつくまで、三か月といったところか。楽しみだね」
「――え?! たった三か月で、ジュリアスが今のわたくしに追いつくのですか?!」
そんな馬鹿な。
ジュリアスはまだ、砂時計鍛錬を始めたばかり。
この間の様子を見た限りでは、まだ半年以上は時間がかかるように思えたのに。
お父様がワインを一口飲んでから応える。
「言っただろう? 『魔術の天才』だと。
慢心を捨て真摯に臨めば、あの子はお前に勝るとも劣らない伸びを見せる。
油断をしていると足元をすくわれるよ?」
お父様は弟子たちの成長に思いを馳せ、とても楽しそうに語っていた。
これはもしや……。
「お父様? さては三人とも、わたくしをダシにして計算通りに仕向けましたね?」
お父様はニヤリと微笑み、私に流し目を寄越した。
これはもしかして、私も計算通りに動かされてるのかなぁ?
お父様がワインをテーブルに置いて告げる。
「お前はいつも、私の想定を超えて動いているよ。
百点を期待すれば百二十点を出してくる。
これからも私を驚かせておくれ」
だからお父様、心を読んで返事するのを止めて……。
****
私は入浴後、日課の復習もせずにベッドに倒れ込んでいた。
「ふぅ。今日は本当に疲れました」
ウルリケが心配そうな顔で私の顔色を確認に来た。
「お嬢様がそこまでお疲れになるだなんて、珍しいですね。
今日のお二人はどのような感想をお持ちになりましたか?」
ウルリケにミルクティーを入れてもらい、一息つきながら考える。
二人の感想かー。
「殿下はまだまだお子様ですわね。
でも光るものもお持ちだわ。
周りを確かな人物で固めれば、次代も安心できるんじゃないかしら」
あの王子様は、王様の器を持ってる気がする。
今は若くて未熟なところも多いけど、人を率いることができる人だ。
たくさん経験を積めば、きっと良い王様になれるはず。
ウルリケがうなずきながら応える。
「それについては心配ありませんよ。
殿下の婚約者はクラウディア様ですから。
あの方が手綱を握る限り、道を誤ることはないでしょう」
…………。
「ええっ?! クラウと殿下、婚約者なの?!」
「高位貴族は早い時期から婚約を結ぶことが多いのです。
同年代の女子のうち、家格と資質で並ぶ者が居ないクラウディア様が必然的に選ばれました」
そんな話、お茶会でも聞いてないよ?!
クラウの奴~、隠してやがったな? 今度みっちり聞き出してやる!
……待てよ?
「ということはわたくし、次代の国王陛下と同門で、次代の王妃殿下と友人、ということになるの? あら? え? 嘘?」
たった二か月前まで、私は町の孤児だった。
今では伯爵令嬢としてお屋敷に住み、未来の王や王妃と縁を結んじゃってる。
……人生、何があるかわからないんだなぁ。
ウルリケは苦笑いを浮かべながら応える。
「嘘ではございません。
お嬢様は逸材が豊富な世代におられますから」
言われてみれば、特等級魔導士のジュリアスだって居る。
特等級は国内でも、私を含めて三人しか居ないくらい珍しい存在だ。
そのうち二人が同世代なんて、奇跡としか言いようがない。
クラウの友人、ルイズ、エマ、リッド。
みんな同世代で、クラウが認める優秀な人たちだ。
私もそこに並ぶのかぁ。プレッシャー感じちゃうなぁ。
「――あら? そういえばベルト様は?
ウルリケから見て、どのような評価なのかしら」
ウルリケは困ったように眉をひそめて応える。
「実直で誠実、騎士を絵に描いたような方ですね。
成長すれば、騎士団長もゆめではないでしょう」
……それだけ?
「うーん、あんなに人柄も素晴らしい方だというのに、華々しさに欠けるのかしら。
学院でも女子が放っておかないくらいの美男子だと思うのだけれど」
「第一印象でリードしているのは、ノルベルト様なのですね……」
ウルリケが何かを言っていたけれど、私はベルト様に足りないものを考えるのに忙しくて聞き逃していた。




