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新約・精霊眼の少女  作者: みつまめ つぼみ
第4章:温かい家庭
102/102

102.家族の姿

 雪が降りしきる侯爵邸の庭。


 子供たちは雪に大はしゃぎで飛び込んでいた。


「お母様! 雪です!」


「ええそうね。

 あなたたちは雪が大好きね」


 雪まみれになるマリーとサイモンに微笑みを返しつつ、見守る。


 子供たちを追いかけるジュリアスは大変そうだ。


 一緒になって、雪にまみれて遊んであげている。



 あの後、クラウにお願いして社交界に噂を流した。


 私がひとりで二万人の『蜃気楼』を生み出し、ルーニア王国の一個師団を退(しりぞ)けた、というものだ。


 どうやらエマも一緒に面白がって手伝ってくれたらしい。


 この噂を聞いてから、がら空きのレブナントに攻め入ろうとする国は、もう居ない。


 がら空きに見えても、私が居ればいくらでも無敵の兵士を生み出すのだ。


 『手を出すだけ無駄』と、理解できたはずだ。


 秋以降、実に平和な時間が過ぎていった。


 クラウは『ほんと、あなたはやることが派手よね』と、あきれ顔だった。


 でも、クラウには言われたくないかなー?!


 派手好きな訳じゃないんだけど、結果的に派手になってしまう、というだけなのだ。


 そこが『自分から派手なことを選択していく』クラウとの大きな違いだと思う。



 十一年前の今頃、私は左目の『精霊眼』をイングヴェイから授けられた。


 あの頃に夢見ていたのは、『子供が愛される、愛の溢れる家庭』。


 それを今、私は手に入れている。


 子供たちと笑顔で戯れる、優しい夫の姿を見やりながら、感慨にふけっていた。


 ジュリアスと一緒に、私に愛を教えてくれたお父様。


 彼は今も、書斎で新しい魔法の研究に打ち込んでいる。


 孫たちにデレデレなのは、もう仕方がないことだろう。



 空を見上げると、鈍色の空。


 かつては貴族の重責で押しつぶされそうになりながら見上げた空も、今は懐かしい。


 私はたぶん、与えられた責務を十全に果たしていると思う。


 胸を張ってそう言える――ジュリアスにかなり、助けられているけれど。


 私の身を守るため、一万の軍勢を前にしても怯むことがなかったジュリアス。


 あの時に何をしようとしてたのか、後で問い質したことがある。


 彼は『魔法は秘儀、他家の者には教えないものです』と、ニヤリと笑っていた。


 つまり彼は、シュルマン伯爵家の魔法を使おうとしていたらしい。


 我が家に婿入りした時点で、『それ』を使うのは禁忌だ。


 密かに教えてる家もあるらしいけど、表立って使っていい魔導じゃない。


 自分の評判が傷つくのも顧みず、私を守ろうとしてくれたらしい。


 予想外の兵力に、彼はそれを使う機会を逃してしまったけれど。


 結果的には、それでよかったと思う。



 あと四か月もすれば雪解けを迎える。


 帝国領から、みんなが帰ってくる。


 諜報部からの連絡で、無事に帝都の制圧は完了したらしい。


 その後、帝国軍はあっさり降伏したとあった。


 東西から拮抗する戦力で責められている間に、本陣を落とされたのだ。


 もう降伏する以外、選択肢がなかったのだろう。


 ――そういう手を打ったのだから、当然の帰結とも言える。


 現在、ヴィンケルマン公爵が主導して、帝国の解体作業を進めているらしい。


 かつて帝国に征服された国家を復権させ、領土を変換する予定だという。


 帝国領は今後、多数の北方国家群となるだろう。


 内乱を起こした勢力も、その結果に納得してくれたようだ。



 好戦的だった大国家、ペルペテュエル帝国は瓦解した。


 大陸で最大の軍事力を持つのは、レブナント王国になった。


 ――その力の半分はエドラウス侯爵だ、という噂があるが、耳をふさぐことにする。


 だけどレブナントは穏健な国家だ。


 他国へ侵攻する意思がない。


 各国と不可侵条約を積極的に結ぶ国だ。


 危険視する国は、居ないだろう。



 つまり大陸は、雪解けと共に『本当の春』を迎えることになる。


 各国が文化を交流させ、平和に発展していく時代が始まる。


 戦乱の時代は終わる。


 長い歴史の中では、わずかな休息の時間かもしれない。


 だけど戦乱が絶えなかった大陸から、一時的にでもそれが消え去るのだ。


 子供たちに、そんな平和な時代を届けられたことに、胸をなでおろす。


 この平和を維持していくのは、子供たちの世代の役目だ。


 彼らが立派にそれを果たして行けるよう、きちんと教え込んでいこうと思う。



(――イングヴェイ、聞こえてる?)


『ああ、聞こえてるよ』


(私にこの左目を授けてくれて、ありがとう)


『なに、どういたしまして』


(これから先、大陸はどうなっていくのかな)


『それは君たちの問題だ。

 君たちが頑張ることさ。

 私はただ、見守るだけだ』


(あなたはいっつもそればっかりね!

 でも、それが神様ってものなんだろうね)


『そうだね。私は神だからね』



 イングヴェイは変わらない。


 ただ私を見守ってくれているだけだ。


 でも、それで充分なのだ。


 彼が見てくれていると思うだけで、私は背筋が伸びる思いになる。


 彼の愛に恥じない人間であろうと、そう思えるのだから。


 かつては自分のものと思えなかった、この左目の精霊眼。


 いつの間にか私は、愛しい自分の一部として認識できるようになっていた。


 今の私を作り上げるきっかけとなった、イングヴェイの愛の証だ。



 マリーが雪まみれの姿で駆け寄ってきた。


「お母様! 一緒にスノーマン作ろう!」


 私は微笑んでうなずく。


「ええ、いいわよ!

 ジュリアスたちよりおっきなスノーマンを作っちゃいましょう!」


 サイモンとジュリアスが作るスノーマンの隣で、マリーと一緒に雪をこね始める。


「母上! 魔術を使うのは反則です!」


 手で雪をこねていたサイモンが不服を言ってきた。


「あら、だって雪に直接触れたら、しもやけになってしまうわ。

 それに、魔導士は魔術を使うものよ?」


 悔しそうなサイモンが、ジュリアスに訴える。


「父上! 父上も魔術で対抗してください!」


「サイモン、身の丈というものを知った方がいいですよ。

 自分の力に合わせたスノーマンで、満足しなさい」


 ジュリアスは一緒になって、手でスノーマンづくりを手伝ってあげていた。


 あちらはどうやら、そういう教育方針らしい。


 マリーは私と一緒に、魔力で雪玉をこねていた。


 ――そう、マリーもどうやら、強い魔力を持っているらしいのだ。


 この年齢にして既に、魔力制御を覚えている。


 早熟な魔力制御は高い魔術センスの証だと、お父様が感心していた。


 特等級の私とジュリアスの子供なのだから、かなりの確率で特等級になるんじゃないかな。


 実際にどのくらい強いかは、十二歳を迎える時にわかるだろう。


「マリーはヒルダによく似ていますから、きっと将来は筆頭宮廷魔導士ですね」


 ジュリアスの明るい声が、鈍色の空に響いた。


 私はその声に応える。


「もしそんなことになったら、親子三代で筆頭宮廷魔導士ね。

 ……さすがにそれは、どうなんだろう?」


 でも、それも面白いかもしれない。


 きっとお父様は喜ぶだろう。





 その晩、侯爵邸の庭には五体のスノーマンが並んでいた。


 一番大きいのがお父さんスノーマン。


 その隣にお母さんスノーマン。


 お父さんとお母さんの間に挟まるように、二つの子供のスノーマン。


 背の高い、お爺ちゃんスノーマンも居る。



 雪は冷たいけれど、温かい光景だ。


 私が追い求めていたものが、そこには在る。


 これからも私は、この光景を守り続けていくことだろう。








 これにて、「新約・精霊眼の少女」本編完結となります。


 お読みいただき、ありがとうございました。


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