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魔女の星占い

【遺書代筆・7】 

 網島修理を探していると、一人の女と知り合った。

 占い師で、同時にラジオのパーソナリティを務める女だった。

 名を雨傘制と言う。らしい。

 私は訊いた。

「本名は?」

「言うわけないでしょ……」

 齢は私とあまり変わらないように見えたけれども、彼女は四年制の大学を修了しているわけだから、私よりも少なくとも二つほど年上なはずだった。

 明るい茶髪のボブに、桜色の宝石のような瞳と頬。背筋はピンと弦のように張り、きっと何を着ても似合うであろう整った華やかさが漂う。なるほど、人気があることも頷ける。

 けれども──彼女に張り付いた笑顔は透明な属性に欠けていて、何者も反射しない。

 例えば目の前にこんな不機嫌な鉄面皮の堅物が佇もうと、彼女の仮面は歪むことを知らず整ったまま。

 何と言うこともない。合成された笑顔、含有された策謀。

 頭の表面で、嗚呼信頼してはならない人間だと理解する。

「網島修理について知ってることを教えて欲しいの」

「いきなり押しかけてきてまず言うことがそれですかぁ」

「他に話すこと、ある?」

「まあ無いですね」

 曇り空を指すラジオ塔。傾いた鉄塔は歪に空を目指す。

 その一階、清潔なラウンジで向かい合う。心地だけは睨み合うように、背もたれには頼らない。

「天伊さんでしたっけ、知ってますよ。遺書代筆屋でしょう。取材したかったんですよね」

「面白いことなんて何も無いわよ」

「それを決めるのは天伊さんじゃないからなぁ」

 ストローに口を付けて、雨傘制は目を細める。

 何が面白くて何が不快かなんて、当人にしかわからない。だから理解したフリなんて、何者の救いにも為り得ないのだ。

 そう例えば

 私にとって網島修理は不快感の塊のような人間だけれども、この雨傘制にとっては違うように。

『わたしは彼のファンですから』

 炎上したらしい。二ヶ月の謹慎を空けて、彼女は今日も猫を被る。

 詐欺師のファン。公共の電波で言うことではない。

 そんなことを平然と宣うものだから、こうして対面するまでは、大層頭と口が緩く、脳の養分を花に吸われているのだろうと思っていた。しかし、

 円い型に無理矢理毒の霧を押し込んだようなこの臭気は

「人に夢を見させて、終わらせるなんて……すごく、良い」

 占いの結果なんて、気にしなくっていいんだから。

 うっとりと、雨傘制は目を細めた。






【詐欺師・7】

 瑠璃の瞳は宙だった。無数の星が、幾度となく層を重ねて景を創造していた。

 それが何を見ているのか、そして彼女に何が見えているのか、俺にはわからない。ただ自分とは異なるものを見ていること、そしてその上で構築された思想は同意しがたいものであるという実感だけが、肌をなぞって落ちていく。

 固く膨れ上がった唾が喉の奥から込み上げる。俺は訊いた。「宇宙人?」

「さあ、そうなのかも。違うのかもしれない。自分のこと、全部忘れちゃったんです」

 誰にやられたんですかね。

 そう続けて、瑠璃は指鉄砲を作ってこめかみに当てた。

 ばん、と。呟いて、人差し指の銃口が白い肌を滑って上を向く。

 そして鉄の色をした銃声の代わりに、冷たい声が鳴った。

「星が見えるんです」

 瑠璃は改めて瞼を閉ざす。その輪郭は光って見えた。

「星が見えて、星占いみたいに先も見える。星影はずっと昔の光だから、星に訊けば過去のことはなんでもわかるし、彼らは何でも見てるから、訊けばなんでも教えてくれる」

 あなたのことも。

 瞼の内に閉じ込められた、無数の星が俺を見た。踊って狂って堕ちるみたいに、光は鋭く体を貫き、圧し潰した。どうでもよかった闇を全て晴らすように。

 憐れむように、瑠璃の瞼の形が歪む。

「同情しますよ」

「結構だ」

 人を不幸にして飯を食っている。人を騙して夢を見せている。そこに誇りはありはしない。恨まれて当然で、嫌われて当然。そこに認識の齟齬はない。

 世界は俺を嫌うべきで、他人から排斥されるべきなのだ。

 排斥されるべきなのに。

 終わってる。

 膝に力は入らない。垂れるように魂が根元から腐ってゆく。

 しかしその場に倒れれば、この小さな町を破壊することになる。

 それは、ただの感情論に収まらない超越的な理屈で、駄目だと分かっていた。

「みんなあなたが好きなんですよ」

 再び瑠璃の瞳が輝いたような気がした。しかし顔は見えない──見たくない。

 潔癖症で。人と触れ合ったら別れがあるから触れたくなくて。けれども心は雪原の中心に凍えていて。吐いた息は白く昇って日差しが溶かす。

 そんな些細な絶望を、しかし自分の咎だと飲み下したのは遥か彼方の記憶であるはずなのに、それでも俺は手を伸ばす。伸ばされた手は拒めない。

 雪原に鏡が落ちていた。伸びたかぎ爪で割らぬようにと、飴細工のように優しく持ち上げて、扇ぐように自分を映す。

 不死身の貴女を探す、死に体の獣。


 ごめんなさいと喉が啼く。

 瑠璃は

 こんな矮小な頭を抱きしめた。






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