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光景

【詐欺師・16】

 三人で浜辺を歩いた。永遠のように続く白い道。

 ──道だと感じることのできた嬉しさに、足の裏が進みたいと喜びだす。

 右手で瑠璃と手を繋ぐ。果たして彼女の握力は感じられなかったから、離さないように気を付けないと、何処かへ溶けて消えてしまいそうだった。

 終わりと始まりの無い波音は、永遠に見えた。

 彼岸にだって、此岸にだって、命の息吹があった。

 俺と瑠璃の周りをちょろちょろ回りながら、新葉は足音をさくさく鳴らす。海は初めてかと聞くと、二人は同時に答えた。初めてである、と。

 気まずくなったのか、恥ずかしくなったのか、新葉も俺の隣に着いた。

 波音が遠くからやってきて、引いていく。

 その波もまた、大いなる水分を含み、帰ってくる。

 そしてまた、消えた、瞬間。

 狙いすましたように瑠璃が唇を震わせた。

「新葉くん」

 音の姿勢は低かった。静かで、何処にも響かない声。

 すぐそばにいる誰かに、確かに届けばそれでいいだけの、世界に期待しないそんな声。

「ごめんね」

 砕けた白波が、声の色を流していく。

 しかしどんな感情が込められているかなど、考える必要もない。

 あまりに静かなものだから、果たして新葉に聴こえただろうかと、視線を傾けてみると、その眼は静かに滾っている。青い瞳が波を写して揺れていた。

 新葉が空いていたもう片方、左の手を握る。少し湿って、同時に灼熱のように赤い。

 強く、強く。精一杯満身とばかり力を込めて、潰すように握られて、反射のように瑠璃と繋いだ右手にも熱がこもる。

「許したくない、けど」

 その先は続かなかった。

 しかし代わりみたいに新葉の握力は解ける。これでは糸電話みたいだなんて、御気楽に考えてから、果たしてその役割を果たせただろうかと瑠璃を見る。

 相も変わらず、何を考えているかなんて──、

 他人に悟らせたくないのだろう。しかし、そうだよな。わかるよ。

 人を騙すのは難しい。特に、自分を騙すのは。

 封じきれない多幸感は、上がった口角の端から、だらしなくも垂れ下がる。涙の代わりにしわが寄って、その癖滑らかにも棘々しい感情を押し流してゆく。ああ意味不明だ。難しい。

 笑顔というものはそんな風に。

 花のように、ふと零れ出るものが一番難しい。






【詐欺師・17】

 不意にしゃがみ込んだ瑠璃の手に握られていたのは、淡い色をした貝殻だった。白いキャンバスの上で喜ぶように煌めいている。

 細指で、逆さに吊り上げるように、光に翳す。

「気に入った?」

 くるくると弄ぶ。蝶のように揺れた。

「──貝殻は、世界で一番美しい、」

 言いかけて、止める。

 そしてこちらに向きなおって、手を差し伸べられたので握る。

「は、いや、違うちがうちがう握るなにぎるなにぎるな」

 貝殻を押し付けられた。

 

 風に頬を撫でられながら想うのは、手の中で燻るように熱い蝶の羽。

 世界で一番美しい、何物なのだろう。

 ふと頭に浮かんだのは、三番目の彼女が言った言葉。

『潮風は海の生き物の腐臭なんだって』

『雰囲気が台無しだ……』

 ああ、ケタケタ笑われたんだったな。

 女と手を繋ぎながら、別の女の思い出に浸る。沈められても文句は言えぬ。水、怖い。

 貝殻は肉が剥がれて、もう片方とも離されて。

 それではまるで──






【詐欺師・18】

 真っ直ぐな海岸線を散らすように、その一点は。

 あるいは一端は、鋭く尖っていた。

 海に向かって浜が一部分だけ伸びている。長さにして15メートルほど。崖のようだと思って、直ぐに首を振る。巨人の手のひらのように広がる青い海は、きっとそんなに怖くない。

 今も水が怖いことには変わりない。

 けれども俺は詐欺師。しょうもない詐欺師。海は軟派の主戦場。

 いつまでも怖がってばかりではいられない。

 瑠璃はその先端に立って、潮風に髪を撫でさせる。二色の青を背景に立つ彼女は、一層白く見えた。

 鏡面が傾くように光が眩んで、彼女は振り向いた。

「修理さん」

 薄い鉄を、指で弾くように音が鳴った。

「思い出したよ」

 喜ばしい言葉だった。

 彼女の正体、背負う全てがついに理解できれば、少しでもその幸福に手を添えてやれる。

 握る拳に熱が灯る。飛び上がりそうなくらいに嬉しくて、頬が甘さに腐ってぽろりと落ちそうになる。

 しかし瑠璃の表情は浮かない物だった。

 笑みは困ってしまったみたいに強張っていて、けれどどうにも仮面に見えない。弱った心拍音は物憂げに波を生む。

 そして続く言葉は──随分と残酷に青く見えた。

「魔女ってね、百年生きると心臓が止まるの。肺は萎んで潰れて、でも死なない」

 淡々と。

 波の往来よりも規則的なリズムで唇が揺れる。

「海の中でだって、生きられるはずなの」

 光来するのは眩い真白。瑠璃はその瞬間、全ての星を集めたみたいに輝いて。

「私だったんだね」

 光の線の塊が、その角度を水平線へと近づけてゆく。倒れるように、息を止めるように。

 水面の爆ぜる音がした。

 白く砕けた波が舞い上がる。


 その浮力に逆行するように、地面を蹴った。






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