轍の痕
【詐欺師・11】
どっか行こうぜと呼び掛けて、しかし何処へ行くのかは決めていない。二人に選ばせようと思った。
瑠璃は、果たして嫌がった。知らない土地を踏むことを嫌がった。
あの箱庭の外の世界を怖がるのだ。全てを見通す癖に。
「そんなことを思われても困る」
変な日本語である。
にやにやしそうになっていると、瑠璃の表情が世界の最下層のゴミを睨むような眼になった。どんな顔で迎え撃てばさっぱりわからんかったので改めてばっちりキメてみると、綺麗な顔に無限の皺が寄った。すみませんでした。
では新葉はと言えば、やはり喜んでいるようには見えない。
新葉もまた、瑠璃の正体はわからない。いきなり生えて来た因縁に容易く篭絡される程、こいつが幼いわけでもなかった。
一目見て、この顔だけは無駄にも優れた俺を屑だと見抜ける瞳は、少し青い。
星の無い宇宙のように。
執拗に助手席に座ろうとする新葉に、俺の運転が荒いことと、助手席の死亡率を教えてやると、血の気を引かせてすごすごと、見知らぬ姉の隣に座る。
明らかに距離があった。お互いに詰めようともしない。歩み寄ろうとしなければ、その距離は無限と言って相違ない。
距離間に続くように、無音の時間が流れていく。なかなか耐えがたい苦痛だったので、連れていく場所は俺が決めることにした。
「シートベルトしめろよー」
行き先は海。遥かなる青い海。季節にはまだ早いけれども、それでも未だにあの場所は、この下らない脳髄の更に中心で輝いている。
三人目の彼女と一緒に行った、思い出の場所だ。
ルームミラーに映る瑠璃は、不機嫌そうに口をすぼめた。
【詐欺師・12】
三人目の彼女は金持ちだった。いつも忙しそうで、動きも頭の回転も早い。誰がどの角度からどう見ても優秀で綺麗だった。
いろんなものを食わせてくれたし、いろんな場所へ連れて行ってくれた。
一番楽しかったのは海だった。ドライブ行こうぜと鍵をくるくる誘われて、忠犬のように激しくヘドバンをかます。
「何処行きたい?」
凛とした声で訊かれたものだから、咄嗟に「海!」
「今ぁ?」
鼻で笑われて、けれども嫌な気分はしない。彼女とならば何処であろうと楽園だった。
生前姉さんが言っていた。彼氏と海に行きたいと。果たしてそれが秋に行くことを示していたかは、今では定かではない。だがまあ、違うと思う。
しかし季節が何時であれ、潮風が涼しく肌を撫ぜようと、楽しかったものは楽しかったのだ。向かった場所は日本海側。ああ、魚も美味かったな。
北側の海の深い青は、しかし明日の天気に透かされて、染みわたるように煌めいた。
その光にキラリ目を焼かれ、諸手を振り回してはしゃぐ俺を見て、彼女はケタケタ笑っていた。笑いすぎて涙を零すことすらあった。
彼女に憧れて免許を取ろうと思った。
いつか彼女には、助手席でゆっくりとつまらないラジオでも聴きながらくつろいでもらって、俺がハンドルを握る。
運転は疲れる。やって分かった。
でも二人で交代しながら進めば、何処へだって行ける気がしていた。
例に漏れず。彼女も死んだ。
車に轢かれて、三十メートル引きずられて死んだ。
美しかった彼女の姿は見る影もなく崩れていた。




