曇天に雨傘
【遺書代筆・13】
「天伊さーん」
「何?」
「かれこれ一時間ほど、かようなことをしているわけですが。疲れませんか」
「疲れたの?」
「……なめるな」
「そう」
小生意気な言葉とは裏腹に、酸っぱいものでも口に含んだかのように、きゅっと唇が縮んでいた。
ちょっと休憩とばかりに息を吐き、雨傘制はガラス製の扉の向こう、交差点を眺めている。
気づけば雨が降っていた。
彼女の足の裏が、雨音と一緒にぱたぱたと音を立てる。
「卒業アルバムって切ないですよね」
「楽しかった人からすれば、そうなのかもね」
「いんや、まあ。見返してなつかしーってやるのも良いんですけどね……私が悲しいのは、どうしても取捨選択が発生するところなんですよ」
資料から目を上げる。彼女はどうも、真面目な話をするつもりのようだった。
じわじわ痛み出した目頭を指で抑えて、耳にかかった髪を払った。
「楽しかった思い出とか、頑張った思い出とか、生徒の数だけあるじゃないですか。でも選ばなきゃいけない。枠が限られてるから」
記憶を一つ、限られた媒体に収めなければならない。
記憶は感情のカタマリなのに、そこから各々の感情を排して、主観に依った一番綺麗な物を選んで、掬い上げて、飾る。
過去の間引き。楔の破壊。記憶は亡くなるようにできているから、目印を失った過去は、そこからほつれて消えてゆく。
「そういうこと考えるんだ、貴女」
「昔ちょっと、先生やろっかなーって勉強してたんで。まあ向いてなかったんですけど」
「……へえ、そう。むしろ合ってると思うけど」
雨傘制は、明るくって朗らかで、きっと何処でもやっていける。
私とは違う。
しかし、そんな肯定の意を断ち切るように、彼女は瞼を下ろす。
終わってしまったものを語るように、雲色の息を吹いた。
「子どもの未来が見えちゃうと……どうしても、キツいですよ」
【遺書代筆・14】
「あめえさーん」
「何?」
「つかれました」
「そう、私も」
「わたしが言うまで待ってたなこの人……」




