今回のミッション
『Terminus』
世界的な機密組織。
組織のトップは、ハリス。
情報で世界全体を動かす絶大な影響力を持っている。
そして、私の職場なんだ。
そんな私に今回与えられたミッション。
それは、組織の未来を担う人物の選別。
「うーん、楽しみ!」
私は思わず、床に散らばる資料の束を抱きしめた。
その資料が、今回のミッションの主人公たちのものだから。
私と同じくらいの年齢の子たちがスカウト候補なんだ。
「友達、出来るかな?」
れっきとした組織のミッションなのに、どうしても浮かれちゃう。
初めて接する、組織外の子たちだから。
でも結局は、そのうちの何人かは将来的に、組織の人間になっちゃうんだけどね……。
私はため息をついて、資料をファイルに仕舞い込む。
その瞬間、ヒラッとそのうちの一枚が足下に滑り落ちた。
そして、私は思わず、その資料の内容に釘付けになる。
「SERE訓練、履修済み?」
SERE訓練とは、米軍において行われている訓練課程で、米軍1過酷なサバイバル訓練らしいんだ。
訓練内容には、腕を1本折られる、体育座りしないと入れない箱に2日間閉じ込められる等の拷問に耐えるようなものもあるようで、鍛え抜かれた米軍兵でも音を上げるくらいなのだそう。
それなりに体術も段位取れるくらいには身に付けている私でも、正直やろうとすら思わない訓練。
「とてもじゃないけど、そこら辺の大人でも出来るような訓練じゃない」
「けど、この内容がホントなら……かなりの逸材だよね!」
私はその一枚の資料をじっと見つめる。
宗方信武くん……どんな子なんだろう。
写真に写る、白シャツを着た華奢な男の子。
「明日、会ったら話しかけてみようっと」
明日、スカウト候補の子たちが通う名駿アカデミーという塾へ行くんだ。
表行きは生徒の8割を難関校へ合格させている実績を持つ、全国でもトップクラスの進学塾…なんだけど、実はうちの組織とも関わりがあるらしい。
理事長さんがうちの組織の協力者、なんだとか……。
詳しいことは私にはよく分かんないけど、とりあえず楽しみなんだ。
明日、彼らに会うことが。
次の日、私はグレイソンとともにかれこれ1時間ほどかけて、その名駿アカデミーを目指してきた、のだけど……。
目の前にある立派な門構えに、わあっと声を上げそうになり、慌てて口を塞いだ。
その大きな門の先に広がる景色を、私は想像することが出来なかった。
ここに彼らがいる、それだけでわくわくしちゃうよね!
高鳴る鼓動を抑えながら、私のすぐ横に立っているグレイソンを見上げる。
「すごい門構えですね、グレイソン。本当にこの先に塾なんてあるんですか?」
自分が今、その名駿アカデミーの前に立っているなんて、とても思えなかった。
「目的地と違う場所に連れてきてどうする」
私の方を見てグレイソンは少し眉を上げて見せた。
「確かに……」
グレイソンの言葉に妙に納得しながらも、少し思ってしまった。
塾っていうより、学校って言った方が相応しいんじゃないかって。
「門に見惚れてないで行くぞ。授業が始まってしまう」
グレイソンが左手に持っていた杖で、軽く地面を叩いた。
「今の時刻は……16時40分ですね。急ぎましょう」
私は来ていたパーカーの右ポケットにある懐中時計を出して、そちらにチラリと視線を向けながら頷く。
ミッションのため来ているとはいえ、表向き私は名駿アカデミーのアカデミー生(名駿アカデミーでは塾生のことをアカデミー生って言うみたい)ってことになっている。
授業開始は17時からで、アカデミー生は最低でもその5分前には授業のある教室に入ってなきゃいけなかった。
入塾初日の今日は色々説明などもありそうなので、早めに塾に入る予定にしていた。
入り口でもたもたしている場合じゃなかったんだ。
私は背負っていたリュックの肩紐を握りしめ、意気込んで足を踏み出す。
よぉし、早速ミッション開始だ!
教室がある建物までの道のりは、一種の観光みたいだった。
門を潜った先に続くおしゃれなタイルの小道は5〜6人が横並びになってもまだ余裕がある広さで、その周りを2メートルくらいある塀が敷地と外の世界を隔てている。
その塀もまたおしゃれで、ヨーロッパのお城の塀を想像させる作りだった。
その小道を通り過ぎると、場が拓けて中庭が現れる。
小学校にある一般的な中庭と、同じくらいの広さだと思う。
その中庭を抜けると、ようやく教室のある建物に着く。
その建物もやっぱり塾の規模を超えていた。
小学校の校舎みたいだから、これからは校舎と呼ぶことにしよう。
昇降口の前でそう思って、大きく頷く。
そんな私を、グレイソンは怪訝そうに横目で見ながらも何も言わなかった。
昇降口の下駄箱に靴を預けて、事務局へと向かう。
コンコンッと軽いノックをさせながら、
「失礼。塚本珠明とその保護者の者ですが……」
グレイソンが扉の向こうへ問いかけた。
「はい、お話は聞いております。担任を呼びますので、少々お待ちください」
扉が開いて、事務員らしき女性が顔を出す。
グレイソンが頷いたのを確認して、女性は再び顔を引っ込めた。
少ししてから、違う女性が顔を出して私を見る。
20代くらいの若い女性だった。
「あなたが、塚本珠明さん?」
「は、はい!塚本珠明です!」
名前を呼ばれたので、慌てて返事をすると、その女性はにっこりと微笑んだ。
「初めまして、担任の内田美穂です。よろしくね」
握手を求める内田先生、私はその手を握りながらお辞儀をする。