白夢の館
グレイソンの車で揺られ、辿り着いたのは山間部にある古い洋館だった。
組織が買い取り、日本支部を置いている重要な場所。
今日からここが、私の生活拠点だ。
「すごい建物ですね……」
洋館へ向かいながら、隣を歩くグレイソンに視線を向ける。
足が不自由という理由で杖を持ち歩いているにしては、軽々と片手に、それなりの重さのあるスーツケースを提げている。
本当に足不自由なのかな、この人。
それか、それをカバーできるほど腕力がすごいのかも。
思わずじっと見つめていると、グレイソンが横を向いて鼻を鳴らした。
「まあな、割と歴史のある建物だと聞いている。名前まであるとか」
庭がよく手入れされているのもあってか、近付くにつれてそれに似合わない洋館の古さを気が付く。
「名前?なんて呼ばれているんですか?」
聞き返すと、グレイソンは眉間の皺をより一層濃くした。
「……白夢の館、だそうだ。妙な名前だろう」
そう言うと静かに息を吐く。
「白夢、確かに変わった名前ですね」
頷きつつ、聞き馴染みのない言葉に首を捻る。
ただの夢でもなく、白昼夢でもなく、白日夢でもなく、白夢……。
どうも意味あり気な名前なのに、付けられた意図がわからないな。
うーんと唸りながら考え込んでいると、気付けば館の真ん前まで来ていた。
グレイソンがインターホンに手を伸ばす。
ピーンポーン……ピーンポーン……。
どうも最新式のインターホンのようで、カメラやスピーカーも付いていた。
随分と新しいインターホンだこと。
古びた館に不釣り合いなそのインターホンに、思わず笑いそうになる。
「はーい、今開けまーす」
ノイズが聞こえた後、青年の柔らかい声が聞こえた。
おや?誰だろう。
グレイソン以外に人がいるという話は聞いていなかったので、目が点になる。
思わずグレイソンを見ると、グレイソンもこちらを見た。
顎で館の扉を指すところを見ると、詳しい話は中で、と言っているようだった。
少ししてからガチャッと鍵が開く音がして、グレイソンが口を開く。
「さあ、先に入れ」
持っていたスーツケースを掲げるようにして私に見せた。
荷物を持っておいてやるから先に行け、とのことだ。
私はグレイソンに小さくお辞儀をして、ありがたくお言葉に甘えることにした。
館の中に入ると、玄関に高校生くらいに見える青年が立っていた。
「お帰り、誠さん。」
グレイソンに微笑みかける青年。
誠さん!?誰それ……。
その青年の言葉に呆気に取られた。
「日本での名前だ。グレイソンなんて、こっちじゃ浮くだけだからな」
困惑している私を横目に、グレイソンはニヤッと笑った。
……なるほど。
私は目を点にしながら頷くしかなかった。
「それと、彼は坂上美舶。一応、一般人だ。この洋館の手入れや普段の家事を担ってくれている。美舶、自分のことは自分で話せ」
どこから出したのか、ウェットティッシュで私のスーツケースのキャスターを拭きながら、グレイソンは言う。
美舶さんは頷いて、躊躇いがちに口を開く。
「ハロー……ア、アイム……」
自信無さ気に、カタコトの英語を話し始めると、グレイソンが見てられないと言うように素早く口を開いた。
「彼女はこう見えても純日本人だ。日本語も話せる。」
ピシャリと言うグレイソンに、美舶さんは苦笑いを浮かべた。
「ああ……そうなんだ、失礼。」
コホンと咳払いした後に私の方へ向き直ると、
「紹介の通り、僕は美舶。高校2年生で16歳だ。よろしくね。」
右手を差し出して握手を求める。
スラッとした体型で色白な肌。
穏やかな表情でこちらを見る瞳は澄んでいて、吸い込まれそうだった。
わあ……大人っぽい。
思わず息を飲んで、その瞳を見つめる。
年齢に対して、雰囲気がすっごく大人っぽいよ、この人。
「君は?」
問いかけられて、思わずはっとなる。
しまった、名字考えてなかった……。
「珠明、塚本珠明です」
咄嗟に思い付いた名字を加えて名乗る。
美舶さんが微笑みながら相槌を打ったのを確認して、
「アメリカから来ました、12歳です。It's nice to meet you!」
差し出された右手を握りながら、ニッコリと笑った。
わざと英語を話してみるというイタズラをしてみたのだ。
グレイソンがスーツケースに視線を向けたまま、ニヤッと笑ったのが見える。
「イ……イェース」
困ったように笑いながらも、美舶さんは私の手を握り返してくれた。
「そこは、Nice to meet you too.と言うのが適切だ。美舶」
その様子を見ていたグレイソンが、呆れたように立ち上がると美舶さんの頭をコンッと小突く。
「それは分かってはいるんだよ、だけどサッと返せないんだ。彼女はすごくネイティブ、なのに英語を聞き取る耳が僕にはない……。」
もっと勉強しないとね、そう言うように美舶さんは苦笑する。
しゅんとする姿が年上ながらかわいいとつい思ってしまったのは、ここだけの秘密。