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第53話

「きわめて興味深いです」と、ビブリンは言った。


「……偶然の一致にしては、出来すぎています。様々な要素が重なり、私の主人であるミュリエラ様が崇拝対象になったという仮説が成り立ちます。この情報は非常に意味のあるものになるでしょう」

 東洋人の【肝喰らい】が椅子の上で腕を組み、ビブリンに言った。

「確認する。あんたは海嘯娘々ハイシャオ・ニャンニャンの信者で間違いないのか」

「ハイシャオ・ニャンニャンというのがミュリエラ様のことであれば、信者というのは違いますね。私にとってミュリエラ様は祭壇や神像を用いて崇拝する対象ではなく、目で見て触れることのできる実在の対象です。知を蓄え、ご下問にお答えし、誠心誠意、お仕えするのが私の存在理由。この姿もそのために授かりました」

「それが信心というものだ」と、南方人のナサリアドゥがつぶやいた。

 ドワーフのダフドーが疑わしそうに尋ねる。

「……じゃあ、“海辺の女主人レヴリン・フォン・レ・ジュットロント”に会わせてくれと言えば、会えるのかよ?」

 また新たな名前が出てきたが、これも自分の主人の呼称の一つだろうとビブリンは推察した。

「私には決められません。ミュリエラ様しだいです」

「ふん、ほら見ろ。ペテン師の言い草だぜ」と、ダフドーは言い捨てた。

「でも、こいつは本当にそう信じてる」シシーと呼ばれたエルフが言う。

 全員が押し黙ってしまった。


「とにかく」と、東洋人の【肝喰らい】が口を開いた。

「俺たちは家族を殺さない。そして、道友(ダオヨウ)──同じく海嘯娘々ハイシャオ・ニャンニャンを敬う者も殺さない。それが(パン)の掟だ」

大いなる海(タマリ・エシェ・ン)に有りて理(・タマハト・マアル)を司る女神(=アタタヤ・ラハト)のお恵みを」ナサリアドゥが言った。

「こいつが海辺の女主人レヴリン・フォン・レ・ジュットロントの信者ってんなら」と、ダフドー。

「……ご加護があるはずだ。“入信の儀”を提案する」

 ダフドーの言葉にシシーが反応した。

「待てよ、じゃあこの女を(パン)に入れるってのか?」

 ナサリアドゥも顔をしかめる。

「順序があべこべだ。“入信の儀”は(パン)に入りたいやつに行うもんだ。すでに信心を持ってるやつに“入信の儀”を行って、(パン)に入れるだと?」

 ダフドーは二人に反論した。

(パン)の秘密を知ってる奴は消さなきゃならねえ。だが、信者は殺せねえ。どうすんだよ。だったら、“入信の儀”で、こいつが真に海辺の女主人レヴリン・フォン・レ・ジュットロントの信者たりうるか、確かめるしかねえ。それで失格なら──」

 ダフドーは言葉を切り、それから言い切る。「(バラ)せばいい」

 この提案を皮切りに、腕を組んで黙ったままの【肝喰らい】を除いた三人による怒鳴り合い寸前の議論が始まった。

「信心は疑って試すもんじゃねえ!」

(パン)を守るため慎重になれって言ってんだ、俺は!」

「待てよ、二人とも! そもそも女を(パン)に入れるつもりなのか!?」


 ビブリンは目の前で言い争う男たちを見ながら、この短時間で収集した大量かつ雑多な情報を整理にかかった。

 東洋人、南方人、ドワーフ、エルフ。

 彼らはクロード・チャリンドやノールドルストム子爵のような「メーノン人」ではない。

 要は、社会から疎外された者たちである。

 法の外に追いやられ、法を犯すことでしか生きるすべを無くした者たちの、相互扶助を目的とした秘密の地下組織。

 特筆すべきは、彼らが「兄弟」と呼びあっている事だった。

 人間、エルフ、ドワーフと、血縁関係など持ちようがない者たちが「家族」と呼び合っている。さまざまな出自を持つ者たちが疑似的な血縁関係を結び、さらには──これこそ真に驚くべきことだが──主人(ミュリエラ)が発祥に関係している可能性の高い「神」を秘かに信仰することで、つながりを強固にしているのだ。

 なんとしてでも、この情報は持ち帰らねばならなかった。

 そして、あの気の毒な青年──リューメックを無事に連れ帰らねばならない。 


「わかりました。その“入信の儀”を受けさせてください」

 と、ビブリンはよく通る声で、はっきりと言った。

 男たちが一斉に黙り込み、ビブリンを見た。

「いい声だ」と、【肝喰らい】がつぶやく。

 ダフドーは不安げな視線を幇主レーヴア・フォン・パンへ向けた。


 ビブリンは再び目隠しをされ、ダフドーにより外へ連れ出される。

 いつのまにか雨が降っているのがわかった。

 馬車に乗せられ、しばらく走ったのち、降ろされる。

 そこで目隠しを取られた。

 見覚えのない路地である。

「ここで“入信の儀”が行われるのですか?」

「そうだ、これから始まるのさ」と、ダフドーが雨よけの外套を放ってよこす。

「俺たちも鬼じゃねえ。そいつを着な」

 外套を着てフードをかぶると、ダフドーは小さな蝋燭に火をともし、ビブリンへ渡す。

「そいつを持って、さっきの場所へ来い。そして、祭壇に火を捧げるんだ」

「この火のついた蝋燭をですか?」

「火は消すな。女神さまの水の加護があれば、雨から火を守れるはずだ」

「このまま私が逃亡するとは考えないのですか?」

「そん時は、お前の大事なツレが死ぬだけだ」

 それだけ言って、ダフドーは馬車で走り去ってしまった。

 ビブリンは周囲を見た。

 貧民街だった。古ぼけた集合住宅がひしめき合い、道端にはごみや汚物が放置されている。この街のどこかに、さっきの「(パン)」とやらの集会所があるのだろう。

 すでに日は暮れている。

 女性が一人で出歩くには危険な時間帯にさしかかっていた。

 降りしきる雨の中、小さな蝋燭の火は今にも消えてしまいそうである。

 確かに、試練としては成立している。

 ビブリンは歩き出した。


 貧民街の一角にある(パン)の廟で、【肝喰らい】と三人の幹部が椅子に腰を下ろし、ビブリンを待っている。

 祭壇に掲げられた東方文字の神名──「九海蒼妙夜水青霊真知天仙玄女元君」の名前が蝋燭や奇怪な形の灯篭の光に照らされ、ぼんやりと浮かび上がる中、四人の男たちは酒を酌み交わしていた。

「あの女、来るかな」と、シシー。

「ま、無理だろう。まずここの場所を知らねえんだからな」と、ダフドーは蒸留酒(スプリッタ)の瓶から飴色の液体を小さなグラスに注ぎ、舐めた。

 ナサリアドゥは憮然とした表情である。

「勝ち目のない試練だ。この女神の廟を探り当ててたどり着いた者に“入信の儀”は本来、行われるものなんだからな。公平じゃない」

「──だが、ここは、秘密の場所だ。()()()()()()()をすっ飛ばすのは(パン)員に対して公平じゃねえ。振り出しに戻してやっただけだ、そうだろ?」

 そう言ってダフドーはグラスの酒を一気にあおる。

「誰か、差し向けてるのか? 彼女に」と、【肝喰らい】が言った。

「いや、別に。要らねえだろ。あんなきれいな女、三歩と歩かねえうちに攫われちまうよ。でなくても雨が火を消しちまう」と、ダフドー。

「だが、真に“大いなる海(タマリ・エシェ・ン)に有りて理(・タマハト・マアル)を司る女神(=アタタヤ・ラハト)”の加護を受けた者ならば、やり遂げる」ナサリアドゥが神妙な面持ちで言った。

「俺は」と、シシー。

「……気になるんだ。なぜあの女が、意識の流れ(イスラストリアミィ)を乱さなかったのか……。本当に女神さまと会ってるわけじゃないだろうな?」

「情報部門のお前がそんなじゃ困るぜ」と、ダフドーが言った。

 ナサリアドゥも酒をグラスに注ぎ、蝋燭の火に照らされて艶めかしく輝く液体を見つめながら言う。

「女神は虐げられし者の味方だ……。俺たちのようなはみ出し者を守ってくれる。だがその意図は測り知れない。誰が加護を受けても不思議ではない」

「あんな顔の持ち主が虐げられるなんて想像もできないけどな。女優でも、貴族の妾でも、なりたいものになって、なんでも手に入れられる」

 シシーの言葉に、【肝喰らい】が反応する。「……そうだな、顔はよかった」

 これを聞いてダフドーがうんざりしたように言う。

「勘弁してくれよ、兄弟。悪いクセだ」

「俺がどんな女を選ぼうが(パン)には関係ない」

「大ありだ、兄弟。そんなこと言って、情けをかけた女が女王の手先だったらどうするつもりだ?」

「殺す」と、【肝喰らい】はあっさりと言ってのけた。「そして一生、弔う」

「そうやって弔う女の数をどこまで増や──」


 部屋の扉が突然、音を立てて大きく開く。

 【肝喰らい】を除いた三人が勢いよく立ち上がり、身構える。


「お待たせしました。(ここ)にたどり着きましたよ。これでよろしかったでしょうか?」

 雨よけの外套に身を包んだビブリンがフードを頭から外しながら言った。


「なんで……どうやって……?」

 ダフドーは口をぱくぱくさせる。

「ここへの移動手段、ということでしょうか。歩いて参りました。入り口であなたがたの構成員に止められましたが、“入信の儀”の件を伝えたら入れてくれました」

「違う、そうじゃねえ! 目隠ししてたんだぞ! どうして分かった!?」

 ビブリンはこともなげに言う。

「目隠しはされましたが、聴覚や嗅覚、触覚は生きていましたし、勢いや重心の移動も感じることができました。そこで感覚を集中し、馬車の振動や方向・速度を把握して、移動した距離と方角を算出するのです。こうして得た情報から地図を作成、記憶します。これを辿ってここまで来ました。≪自動地図アウトマスティク・カルタゼン≫。私の主人、ミュリエラ様がダンジョンに潜る際には必須の()()でした」

 シシーが茫然として言う。「人間技じゃない。エルフにだって無理だ」

「蝋燭は持ってきたのか……?」と、ナサリアドゥが戸惑いながら言った。

「はい。ここに」


 ビブリンは手を出すと、自信たっぷりな態度で、その手のひらに【道具箱】から蝋燭を具現化させた。

 だが、その火は消えていた。


「ああ」と、ビブリンが失望の色をあらわにする。

「そうですね。物質の燃焼には空気が必要なのでした。ミュリエラ様から教わったはずなのですが……。【道具箱】の中に空気を取り込むべきでした」


 しばらく黙ったのち、ビブリンは精いっぱい困った顔をしてみせて、言った。

「私は失敗しました。願わくば、再度、交渉の余地を与えてくれませんか」

 四人の男たちは、それぞれの態度で驚愕の表情をあらわにしていた。

 ダフドーは呆けたように口を開いている。

 シシーは目を泳がせ、小さく震えながら何かを呟いている。

 ナサリアドゥは歯をむき、体をこわばらせ、火の消えた蝋燭を見つめる。

 そして【肝喰らい】は、口を真一文字に結び、目を丸く見開いていた。


「いま……いったい……なにを……し……」

 ダフドーが金縛りを解くように、精いっぱいの声を腹の底から絞り出した。

「魔術だ!」と、ナサリアドゥ。

「手から識覚(イスラストリアミィ)がほとばしったぞ!? そんなの見たことない!」

 シシーの声には怯えがあった。

 彼らの目には、ビブリンの手のひらから直接、蝋燭が生えてきたように見えたのだった。

 ダフドーは頭を振り、震えながらもきっぱりと言い切る。

「いや、ただの手品だ! イカサマに(ちげ)えねえ!」

「解釈を変えて、とにかく火を捧げればよいということでしたら」

 と、ビブリンは続いて【道具箱】から燧石と小さな袋、火皿を具現化させ、床に置いてかがみこんだ。

 袋から火皿へ紙切れと少量の火薬を注ぎ、燧石で着火し、蝋燭に火を移す。

「これでどうでしょう? いささか詭弁じみた方法とは思いますが……」

 男たちは固まったように動けなくなった。


 少し雨に濡れたビブリンの顔が、蝋燭の小さな光に照らされる。

 白に近いプラチナブロンドの髪は暖かな蝋燭の火を照り返し、金色に輝く。

 揺れる蝋燭の火が整った目鼻に深いコントラストを与え、ほとんど超自然的な印象を与えている。表情は落ち着いて微動だにせず、微笑みすら湛えていた。


 やがて、ナサリアドゥが畏敬に打たれた様子で言った。

「あなたはまさか……“大いなる海(タマリ・エシェ・ン)に有りて理(・タマハト・マアル)を司る女神(=アタタヤ・ラハト)”の眷属にして召使い──“書庫を守(ウルマ・ン・アショ)護する娘(グ・ン・イ=ウェカ)”なのか?」

書霊妙智仙娘シューリン・ミャオジー・シェンニャンか!」と、【肝喰らい】は唸ると、椅子から立ち上がった。

「ウソか(まこと)かは別として、やられたよ。お嬢さん(フリュ)。名前はなんて言ったっけ」

「ビブリン・ヴィステナスラヴアです」

「ビブリン嬢。俺はあんたに惚れた。俺と、祝言を挙げちゃくれないか」

読まなくてもいい作中のメーノン語の解説


levlin 【名詞】女主人、leevua 主人 の変化形

juttlont 【名詞】海岸、浜辺

kaltasz 【名詞】地図

automastik 【形容詞】自動的な

automastik kaltaszen 【名詞】自動地図。オートマッピング


よせばいいのに「南方大陸の言語」にまで設定を広げてしまって……


「大いなる海に有りて理を司る女神」

タマリ・エシェ・ン・タマハト・マアル=アタタヤ・ラハト


タマリ 女、女性の

エシェ 神、大いなる精霊

ン 接続詞、of もしくは in

タマハト 形容詞、大きな、偉大な

マアル 海

アタタヤ 管理者、つかさどるもの

ラハト 知恵、知識


「書庫を守護する娘」

ウルマ・ン・アショグ・ン・イ=ウェカ


ウルマ 若い女性

ン 接続詞

アショグ 守護者、門番

ン 接続詞

イ=ウェカ 書物の箱

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