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第24話

 窓を目張りされ、外の見えない馬車に揺られる経験は、そう何度もあるものではない。ミュリエラは、他に乗客がいないのをいいことに、行儀悪く足を組んで座席にすわり、これからのことを思案していた。


「ビブよ。どうなると思う」

『正直に申しまして、分かりかねます。魔女なるものが摘発されるのはメーノン王国でも久しぶりのことです』

「魔女がそこまでの禁忌ならば、お披露目式の時に、わらわは捕まっておったはず。しかし、魔法が忘れ去られ、出版物の力で蒙が啓かれてゆく中で、魔法使いは冗談や、お遊びの部類で扱われるものとなったとわらわは感じておる。にも関わらず、急にこの扱いじゃ」

『つまり、何者かがミュリエラ様を狙って……?』

「先程のわらわへの宣告、覚えておるか」

『はい、確か、“神と教会(エクレテス)の名において”、そして……』

「……“教会と()()の取り決めに基づき”じゃ。もしかしたら、わらわは待ち受けられておったのかもしれん」

『いかがなさいますか』

「いざとなれば、逃げる。ビブよ、【道具箱】はまだ使えるな?」

『はい』

「牢獄に入れられるやもしれぬ。針金など、鍵開けに使えそうなものがあったら掠め取っておこうぞ」


 やがて馬車が止まり、降ろされる。見覚えのある場所だった。王宮近くにある、カールッドでも最も高い塔を持つ寺院だ。

 大聖堂へと連行される。

 そこにはひどく痩せた、立派な僧服に身を包んだ男が立っていた。

 ミュリエラを連行した修道士たちがいっせいに頭を下げる。

「ブリムソニク司教閣下」

「なんと、あの時と同じ青い服に身を包んでいるな。帽子まで一緒だ」

 ブリムソニクと呼ばれた男はミュリエラを一瞥し、そう言い放った。

「そこもとが告発の責任者か」

 ブリムソニクは答えもせず、目も合わせない。

「よし、では牢へ入れよ。“贖罪の塔”には身分の高い容疑者も勾留されていたという記録を読んだぞ。あそこなら妥当だろう」


 修道士たちは顔を見合わせた。


「司教閣下、それはできません」

「何と?」

「贖罪の塔は現在、物置に使われていまして。片付けるのに半日はかかります」

「ならば王宮の拘留施設を借り受けよ」

「それでしたら、近衛兵に連絡しませんと……」

「待ってください、容疑はどのように申請しますか?」

「魔女の告発は教会の専権です、王宮や軍の施設を借りると後々困ったことに」

「大修道院の使節へ引き渡すのが目的なのですから牢に入れずとも……」


 彼らにとっても、魔女の告発など初めての経験なのだ。

 やり始めて発覚した用意と手続きの足りなさに、修道士たちは混乱していた。


 そんな中、ひとりの若い修道士が、ミュリエラを指さして言う。

「司教閣下。容疑者を縛りますか?」

 ブリムソニクは吠えるように答える。

「縛ってはだめだ! 魔女は縄の結び目を魔術に用いるのだ」

「そんな術、聞いたことがないぞよ……」と、ミュリエラは首を振る。

「鉄鎖で縛りましょう。鉄には魔を退ける力があります」

「鉄のごときありふれた物質で魔を討てるなら、それは鉄の持つ魔法的特性にあらず。ただその優れた強靭さと質量で打ち砕くゆえじゃ」

「魔女は十三の忌まわしき術を用いると聞きます!」

 ミュリエラは憤慨して答えた。

「たったの十三では何も出来ぬ。よいか、四亜神(フィール・オアズ)の力を根源とする基礎魔法が八百八十、すなわちザウロン、ツニェル、ハルヴ、シャタームの四つを四つと掛けて方陣となし、この組み合わせが八百八十通りあるのじゃ。さらにそれらを複雑に織りなして魔法使いは応用の実践魔法を編み出す。例えばこの状況、わらわはそなたら複数の者どもに囲まれておるが、この物理的な状況はシャタームの領域といえる。一方、そなたらを駆り立てる激情はハルヴであり、ツニェルの象徴する秩序に従っているというのならその影響をザウロンに置き換え──」


 思わず魔術の理論を熱弁するミュリエラに、ブリムソニクと修道士たちは困惑し、忌まわしいものでも見たかのように身をすくめた。

「布で口を縛れ! 呪文を唱えられてはかなわん」


 ──と、大聖堂の扉が開く。

 男性の修道士たちの黒い服とは違う、白い修道服に身を包んだ一団が現れた。

 修道女だった。先頭を行く人物は金糸で刺繍を施された肩衣を着用しており、一行の統率者として位階の高さを示している。


 肩衣の人物はブリムソニクの前まで歩み寄り、「聖都大修道院院長室首席補佐のラマウレです」と名乗り、一礼した。

「その肩衣は“告げ知らせる者”の印。大修道院使節でございますな。お役目ご苦労様です」と、ブリムソニク。

 ラマウレは、猿ぐつわを噛まされて、後ろ手に締め上げられたミュリエラを見て戸惑いを隠さなかった。


「……いったい、なにをなさっているのですか?」


 ブリムソニクは得意げに答えた。

「魔女を捕縛したのです。あなた方のご命令通りに」

 その言葉を聞いて、ラマウレは目を丸くした。

「魔女ですって?」

「はい」

 ラマウレは勝ち誇るブリムソニクと拘束されたミュリエラを見比べて何かを言いかけたが、言葉を失ってしまい、天を仰いだ。


「……そうですか……なんという……なんと、言葉足らずだったことか……」


 ラマウレは毅然として命じた。「そのご婦人を解き放ちなさい」

 今度はブリムソニクと修道士たちが目を丸くする。


「なぜ魔女を解き放つのです!?」

「かの遺命をもう一度よく思い出してください。聖女はなんと予言されましたか」

「青い服を好んで着る……伯爵夫人(グラフリン)の……ミュリエラなる魔女を探せと……」

「ああ、そこが正しく理解されていなかったのですね。聖女は()()()()()と仰ったのではありません。()()()()()()()()を見つけたら、大修道院へ連絡せよと各司教区に通達されたのです」

「ですから我々は魔女を見つけました!」

()()ではありません! 魔女を()()()()()です!」


 自分たちが何やらとてつもない勘違いをしていた可能性に気づき、ブリムソニクは目に見えて狼狽した。


「そしてその者が、予言された者であるかを試すために、私はここへ来たのです」

「どうしてこのような……その……命令の解釈に齟齬が……?」ブリムソニクはやっとのことで言葉を喉から絞り出す。

 ラマウレはため息をついた。

「何百年もさかのぼる命令ですからね。我々も、よもやそのような者が本当に現れるとは思っておりませんでしたし、聖職者たちに正しく命令が解釈されているかを改めようともしていませんでした。責任は我々にもあります」

 聖都からの使者は拘束されたミュリエラの姿を見て頭を振った。

「とにかく、放してさしあげて。その方は“伯爵夫人(グラフリン)”なのでしょう?」

 修道士たちは慌ててミュリエラの猿ぐつわを外し、恐縮して下がった。

 ミュリエラは締め上げられていた手首をさすり、ラマウレに言った。

「お礼を申し上げるべきかのう?」

「さあ、それはわかりませんよ。なにせ、この“試し”の結果によっては、貴女はやはり魔女ということになるのかもしれませんから」


 ラマウレは手招きすると、修道女のひとりを招き寄せた。

 その手には装飾付きの箱が抱えられている。


「これなるは、わが大修道院に伝えられし聖遺物。我々は、青い服を好む、ミュリエラという名の、魔女を称する伯爵夫人……に引き渡すため、この箱を大切に受け継いできたのです」

 箱は木製で、教会のシンボルである卵──いずれ生誕する救世主の象徴──が三つ浮き彫りにされている。鍵がかかっている様子はないが、封印がしてある。

「さて、では、名をお教え願いましょう」

「……なんと? 名じゃと?」

しかり。この箱をお残しになった聖女の名です。これは、大修道院の限られた者の間で秘伝とされてきた答えでした。貴女が本物の予言された者であるならば、ご存じのはずです──十八大樹より出でて聖都大修道院に根づきしもの、すなわち聖エレフィエの、()()()()()()()()を!」


 エレフィエの名を聞き、ミュリエラは目を見開いた。

 そうだ、その通りだ。()()がやってくれていないはずがない。

 ずっと前から、自分を守ってくれていたのだ。

「ありがたく思う。わが友よ」


 ミュリエラはラマウレに向かい、息を大きく吸うと、言った。


「その者の名は、父ベラムル(レ・タフトゥシュ・フ)より生ぜし(ォン・ミス・フォーヤ)娘パルシス(・ベラムル・パルシス)十八大(レ・ナヴィヤイ)樹より(テ・ローム・ア)出でて(ートン・リスク)リアス(ゥーデネ・オン)タンの(・スラタッキリ)仲間に(ン・イン・リア)根づき(スタン・オン・ハ)しもの(ス・クマルカッペ)。いや、聖都大修道院へ異動したのじゃったな。聖都大(スラタッキリン・)修道院(イン・ヴロップク)に根づ(ロシュケレ・イム・)きし者(レ・ハイリアストム)──」

「……あああああ!!」


 ミュリエラの言葉を聞き、ラマウレは驚きと歓喜の声をあげ、大聖堂の高い天井に響き渡らせた。


 ラマウレは首を深く垂れる。

「聖エレフィエの予言の成就に立ち会えたことを、神に感謝いたします」

「では、わらわは、試しに適うたかな」

「もちろんでございます、奥方様。どうぞ、捧げものをお受け取りください」


 箱が差し出された。

 封印が解かれる。ミュリエラが蓋を開けると、数百年前から封じ込められていた錆びて乾いた匂いがただよった。「朽ちてなければよいがな」

 そこには、丸いものが三つ並んでいる。

 卵だった。

 色はブロンズ色で、細かな紋様が表面にびっしりと描かれている。

 ラマウレは聖遺物への畏敬を保ちつつ、興味を隠せない様子で箱の中身を覗き込んでいた。「いったい、何でございますか?」

 魔法の文化が絶えて久しい今となっては、これが何であるかの知識も失われているだろう。だが、ミュリエラにはとても見覚えのあるものだった。


「これは、魔力卵(マルナーギュ)。パルシスのやつ、わらわが一番欲しいものを遺してくれた」


 ミュリエラはひとつを手に取ると、握りつぶした。

 いとも気安く破壊行為が聖遺物に加えられて、ラマウレが小さく悲鳴を上げる。

 卵の圧壊とともに、内部に封じ込められていた膨大な魔力がミュリエラに流れ込む。久しく味わっていなかった感覚だ。

 いまミュリエラの体内には、何日も錬気してもまったく得られなかった魔力が、隅々にまで行き渡っていた。ミュリエラは【海嘯の魔女】の力を取り戻した。


 ……しかし、それとて無限というわけではない。

 残された卵はあと二つ。有意義に使わねばならないだろう。

 と、見れば、卵を除けた箱の底に、何やら書物がしまってある。パルシスが残してくれた書らしい。帰ったら、さっそく読み解かねば。


 ミュリエラは後ろを振り返った。

 司教のグリムソニクと修道士たちは、目の前で繰り広げられた奇跡にも等しい予言の成就と、しかも自分たちがどうやら気まずい役柄でそこに登場しているらしいことに戸惑い、恐れ慄いているように見えた。

「たった今……伯爵夫人(グラフリン)……さまの周囲に、炎のゆらめきのようなものが……」

 グリムソニクは遠慮がちに言った。

「(おや、この男、それが視えたのか。司教というのは伊達ではないらしい)」

 ミュリエラは、世が世なら優れた神聖魔法の使い手として名を馳せたであろう男の前に立ち、微笑みながら言った。


「さて。では、済まぬが、司教どの。チャリンド邸までお送り願えぬか」

読まなくてもいい作中のメーノン語の解説


malnágh 【名詞】魔力卵。魔力を補給するマジックアイテム。魔力 maln 卵 ágh の合成語

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