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第20話

 二十四砲門級快速巡航艦(フレガーテ)リアスタン号の第三砲手長ロウガムが複数の上陸規則違反で逮捕・拘束されたことは、メーノン王国海軍にとって頭の痛い問題であった。


 彼には賭博のみならず、武器庫からの銃の盗難と、市内での発砲容疑がかかっていた。盗難については、点検によって銃の紛失は確認されなかったので容疑は晴れたが、王都市議会の聖域たる商業地域──カールッド東広場での発砲行為が目撃されたのは実にまずい。市議会の怒りをなだめるため、容疑者はすみやかに軍法会議により断罪され、絞首刑になるのが妥当と思えた。


 が、ことはそう簡単には済まされない。

 艦砲の操作人員はドワーフの砲手長を頭として、同じ山の出身のドワーフで固められるものである。同胞のロウガムが縛り首になったら、部下のドワーフたちはたちまち軍務を拒否してしまうだろう。

 リアスタン号の砲門は全部で二十四門。

 海戦は多くの場合、敵艦に片舷を向けて砲門を斉射して行うものだ。

 つまり、その片舷の十二門のうち一門が火を吹かなくなることは、戦力が十二分の一、低下するに等しい。

 それだけに留まらない。

 ロウガム砲手長は賭博の罪は認めたが、武器の使用は認めていなかった。真偽がはっきりしないまま彼を処刑でもすれば、リアスタン号ばかりか海軍全体のドワーフ砲手への影響は重大なものと懸念された。


 ロウガムは取調べで、興味深い証言を残した。


 ──真犯人は人間の女。

 その女は、カップの中身を見透かしていた。

 まるで“魔法”を使っているようだった。

 そして、手をかざしたかと思えば、銃のような火花と轟音を発したのだと。


「……つまり、その“魔女”が真犯人だと言いたいのか、ロウガム?」

「ええ、そうですわ。俺が追い詰めた(アマ)(ボマラス)をぶっ放したんです」


 海軍司令部の取調室で、デミアル・ローム・ノールドルストム海尉はロウガムの言葉を聞くと、首を横に振った。


「私が見たそのご婦人は、指に印章指輪(テールヤクリン)をしていたぞ」

「……テールヤ……って何ですかい?」

「これと同じものが、彼女の指に嵌っていた、そうだろう?」


 ノールドルストム海尉は、自らの指に輝く子爵家の印章指輪(テールヤクリン)を示した。


「あっ! そうでさ! 思い返してみりゃあ、そんなもんが指に嵌ってましたわ」

「寝言をいうな、ロウガム!」と、ノールドルストム海尉はぴしゃりと言う。

「ええっ!?」

「これが何だか分かっているのか!? これは、貴族家の当主にのみ所持の許される印章指輪(テールヤクリン)だ。限嗣継承法に基づき、メーノン王国における爵位継承者は男子と決まっている。つまり、ご婦人がこの指輪を持つことはないのだ」

「で、でもよォ……」

「しかし、何事にも例外はある。王家や公爵家ならば、その格式の高さから姫君でも自ら領地を持ち、その証として印章指輪(テールヤクリン)を持つこともあるだろう」

「じゃ、じゃあ、あの(アマ)、いやご婦人は」

「……ロウガム。つまりお前は、王女や公爵令嬢が、市井の市場をうろついて──まあ、それくらいならお忍びで物見遊山していたと考えられなくもないが──あまつさえ、半舷上陸中のドワーフに辻賭博を挑んで、お前のような百戦錬磨のイカサマ師から金を巻き上げた上に、懐に隠していた(ボマラス)を発砲したと主張するんだな? それが軍法会議でどんな印象を与えるか、想像できないのか?」

「……」

「お前は、人間族のご婦人の顔を正確に見分けられるのか、ロウガム?」

「へえっ?」

「私にはドワーフ族の女の顔が見分けられない。せいぜい髪の毛の色の違いくらしか分からない。どうなんだ、ロウガム。お前が追いかけていたご婦人は、本当にお前をハメた“魔女”だったのか? ただ単に、怒り狂ったドワーフに出くわしたせいで、驚いて逃げ出した通りすがりのご婦人だった可能性はないのか? ほんとうにそうではないと、言い切れる確証はあるのか? 声は聞いたか? 二人の声は一緒だったか?」

「髪の色は一緒だったと思いやすが」

「他には? 服装は一致していたか?」

「……あまりよく見てやせん。どっちもいい服を着てたとしか。声も……俺が追い詰めた(アマ)……じゃなくて、ご婦人からは……聞いてないような……」

「サウズン海尉心得とデムケン海尉心得が、お前から金を巻き上げた“魔女”を追っている。彼らに感謝しろ。そして、配下のドワーフたちには、海軍はお前の罪を軽くするため奔走している、と伝えるんだ」

「俺は……助かるんですかい?」

「助けようとしている」

「サウズン殿とデムケン殿に期待しやす」と、ロウガムは肩を落とす。

「まだ希望はある。だが、お前のいう“魔女”とやらが、印章指輪(テールヤクリン)を嵌めているような身分で、いまはどこかの屋敷で社交界デビューしたての女友達のダンスの練習を眺める午後のひと時を過ごしている……なんてことはありえない、と思う」


 チャリンド邸の応接間(ロイリンケルヤ)で、【海嘯の魔女】ミュリエラは、アニエ・チャリンドの社交ダンスの練習を眺めていた。

 パーティー会場としても使える広さを持つ応接間は、ダンスの練習にも適しているものである。

 そして、手に持ったカップから珈琲(ムコウヘン)を飲んで平静を装いつつ、ミュリエラは内心、冷や汗を流していた。


「(これが今の時代のダンスなのかや……?)」


 ミュリエラの時代では、高い身分の人々のダンスと言えば、ゆったりとした音楽に乗って手を繋いで輪になって踊る、円舞と決まっていた。

 いまミュリエラの目の前で繰り広げられているのは、その何倍もテンポの速い、軽快なリズムに乗って複雑なステップを踏み、くるくると回転しつつ次々と相手を変えて優雅に踊る、まったく別の「競技」であった。


 このダンスには見覚えがあった。

 千年前、パルシスの故郷「十八大樹」の里で、エルフたちが【勇者】リアスタンの一行を歓迎するために踊っていたダンスである。

 おそらく、エルフの使用人が人間の上流階級へ浸透するとともに、その伝統芸能も彼らの主人へ取り込まれていったのだろう。


「はい、一、二、三、回って……お上手です。次のお相手に代わって、はい、そこで、もう一度……」


 アニエにエルフ発祥のダンスを指導するのは、もちろんリリだ。

 彼女の他にも何人かのエルフの使用人が練習に動員されており、アニエと踊る殿方を想定して軽やかなステップを踏んでいる。

 幼少の頃から鍛えられたアニエのダンスは、すでに熟練の域に達していた。

 問題は、この時代の上流階級の人々は、これを誰でも踊れるということである。


伯爵夫人(グラフリン)様。おかわりをご所望ですか?」

 リリがミュリエラの空になったカップを見て言う。

「そうじゃな、ひとつ頼もうかな」

「お湯を切らしておりまして。階下へ行ってきますので、お待ちください」

「ああ、いや。そこもとはダンスの指導があるじゃろ。わらわが行こうぞ」


 この時代の邸宅では、キッチンや使用人の部屋は地下階にまとめられて造られるものである。通常、そこは使用人の領域であり、主人の家族や客人がむやみに訪れたりすることのない「裏方」のバックヤードであった。

 そこに行こうとするミュリエラの行動にリリはちょっと驚いた表情を見せたが、正直、ミュリエラとしては、そんな秘められた屋敷の地下階の構造や様子にも興味があった。


「……しかし、あのダンスをわらわもいずれは踊らねばならぬのであろうな」

 階段を下りつつ、ミュリエラは思い悩んでいた。

『左様でございますね。ミュリエラ様が社交界で活動しようとお考えでしたら、いずれはダンスに応じねばならぬ場面がやってくるでしょう』と、ビブリオティカ。

「わらわは“伯爵夫人(グラフリン)”じゃからの。当たり前のように、踊れることになっておるじゃろう。さて、如何いたそうや」

『私がお役に立つかもしれません』

「何と?」

『ラコール男爵の応接間で開かれるパーティーで、あの種のダンスが踊られるのをずっと観察しておりました。私は見聞きしたものを忘れない道具です。ミュリエラ様にご指南差し上げることも可能かと』

「それは助かる。が、それでも修練は必要じゃな……」


 地下階への階段を下ると、そこでは夕食の支度の真っ最中であった。あくせく働く人間やエルフの使用人のうち一人を捕まえて湯の入ったやかんを所望すると、こんなところにまで客人の「伯爵夫人」が降りてきたことに驚かれつつ、キッチンへと案内された。


 そこでは、脂で汚れたエプロンをつけた中年の男が、何やら女の使用人にまくし立てている最中であった。


「……この卵は使えねえよ。もう三日も経っちまってるじゃねえか。試しに割ってみたら一目で分かったぜ。俺が欲しいのは生みたての卵なんだよ」


「そう言われても、出せるのはこれだけでございます」と、女。

 彼女には見覚えがある。確か、この屋敷の女性使用人を統括する女中頭だ。屋敷の食料庫の管理もしている、とアニエから聞いたことがある。彼女の機嫌を損ねると、夜中にお腹が空いたときリンゴ一個すらねだれないと言っていた。


「そりゃ今朝、説明したじゃねえか。今夜のメニューは仔牛ロース肉の卵黄ソースがけ、食後の甘味は焼きメレンゲとフルーツの盛り合わせだってよ。メレンゲが古い卵で作れると思うか? いや、作れって言われりゃ作るけどよ。そんなもんチャリンドの旦那に食わせて、口から吐き出されでもしたら、俺ぁ言うからな。食料庫のカギ持ってるあんたがシブチンなせいだってな。だいたい──」

「そこもとが、この家の料理人であったか!」


 突然、声をかけられたエプロンの男は、驚いて話を途切れさせる。

 ミュリエラは感に堪えぬ様子で男に歩み寄った。

 男は神妙な面持ちで帽子を脱ぐ。その頭には頭髪がほとんどない。禿げた頭をさらに剃り上げているらしい。


「へえ、あの……お客人。あっしの料理になにか粗相でも?」

「粗相じゃと? とんでもない! わらわは、この家の姿なき芸術家が来る日も来る日も、あれほどの仕事をやってのけておきながら、誰もよみせぬのを不思議に思っていたのじゃ。今こそ、わらわよりの賞賛を受けてたもれ」

 ミュリエラは男の手を取った。客人からそこまで大っぴらに敬意を捧げられた経験のない料理人は面食らい、ひきつった笑いを浮かべた。

「そ、そりゃあ……ありがたいこって」

「よいか、わらわは、そこもとの料理を喫するまで、本当の食事というものを経験したことがなかったのじゃ。この館へ来て初めて口にした鴨料理の味は、生涯忘れられぬ。ただのにんじんやキャベツにどう手を加えればあのような、えも言われぬ味になるのであろうな? あれこそ真に価値ある魔法というもの。ああそうじゃ、お名前は何と申される?」


 料理を褒めちぎるミュリエラの声が階下に響き、メイドたちが何事かと戸口から頭を突き出し、様子をうかがいはじめた。


「シャ……シャルコですわ、奥様。ルム・シャルコっていいやす」

「シャルコ殿。わらわはミュリエラ・ウル・グリューデンじゃ。毎日毎日、そこもとの料理に悩まされておることだけには、苦情を申しておこうぞ。フォークとナイフを投げ出して、礼儀作法などそっちのけで食らいつくのを必死でこらえねばならぬからじゃ。もう少し手加減してたもれ!」


 ミュリエラは当初の目的である湯気の立つやかんを手に取ると、立ちすくむ料理人を後にして、階段を上がっていった。

 シャルコはしばらく茫然としていたが、涙をぬぐうように目をこすり、振り返って助手たちに怒鳴った。


「おい、お前ら! あの奥方様にお出しする皿はどれになるか、毎回かならず教えるんだ。旦那の皿と同じように、俺がじきじきに検分する。あの方の舌をがっかりさせでもしたら、俺は手を切り落として、二度と料理に関わんねえ!」

読まなくてもいい作中のメーノン語の解説


flegáte 【名詞】快速巡航艦。戦艦より小型だが、外洋航行能力を持つ戦闘艦。

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