3 王女
「アデラ、またこのような商人を呼んで」
白髪の混ざる金の髪に、輝く王冠が鎮座する。
叱責しながら、その威厳と共に王が広間の中央へ歩を進める。
広間の中央には、王女がいた。
「そうね、似たり寄ったりだわ」
「ランタンを空へ飛ばすのはどうでしょう」
「それも隣国の王妃が誕生式典でしていたことでしょう?もっと斬新なアイデアが欲しいわ」
王女は王の叱責に気づかず、商人とのやり取りを続けている。
「アデラ」
王は苛立ちながら、もう一度娘の名前を呼んだ。
今度は王女に聞こえたらしく、彼女が振り返る。
「ああ、お父様」
「これは何の騒ぎだ、アデラ」
「私の式ですのよ。これまでに見たこともない形にしなければ。他国にインパクトを残す絶好の機会なのよ」
広間には、数名の商人がいた。
彼らは豪奢な布やら何やらを所狭しと敷き詰めて、立体的なもの、例えば式場の飾り付けや演出のための熊や狼が雄々しく表現された
装飾、ドレスのサンプルなども、王女に披露している。
そのサンプルの隣に落ちている、概算されたであろう数字が書かれているメモが、ちらと王の目についた。
王は頭を抱えた。
「アデラ。この金額は。ドレスだけではないのか?何を作ったのだ」
「我が国の技術力を知らしめるのです。必要経費ですわ。私のドレスを使って、最高の演出をして、ブームを作るのよ。皆が着たくなる、理想のドレス。女の子達がキラキラ目を輝かせるような、思わず隣の男性とでも結婚したくなってしまうブームを」
アデラ王女は小物を手に取り、右から左へ流していく。
それは、アデラの目にかなった装飾品達だ。
「そういって、孤児院にも寄付をしたばかりだろう。財源は無限にあるわけではないのだぞ」
「お父様。お金はつかってこそ世の中が動くというものです。これは経済を回して国民が豊かになるために必要なのですわ。それに孤児院は、可哀想な子達を援助しなければ。彼らは今後国家に貢献して、恩に報いてくれる筈です。そのために彼らの教育を欠かしていないでしょう?」
「アデラ。お前がやっている事業も、昔は利潤を産み出していたが最近は真似た同業者のせいで鳴かず飛ばずだろう。今は」
「先行投資を渋ってはいけませんのよ、お父様。今は評価されなくても、今後は評価されるかもしれません」
「だが」
「ねえ、お父様。この宝玉のカットも、我が国にしかできない加工ですわ。技師は讃えてこそ、その技術を発揮するのです」
そういって、アデラは指に大きな青玉を嵌め、艶やかに笑った。
彼女に瞳によく似た、青い石を。
「国王陛下。大丈夫ですか」
広間から退出して、肩を落として回廊を歩く王に、側近が見かねて支えようと手を差し出した。
「ああ。確かにアデラの云うことも一理ある。だが今は、モレネ国の機嫌を損ねた我がマヨルカ国は周辺国の動向に目を向けねばならぬというのに。モレネは大国だ。敵にすると厄介だとなぜ理解できないのか」
「アデラ王女は、国際情勢に疎いですからね」
側近は肩を竦めて、呆れたように笑った。
しかし王の無言の圧力に、すぐさま頭を下げて謝罪した。
とはいえ、側近は王の乳兄弟である。
多少の軽口は日常であって、気安い間柄だ。
王は謝罪を受けて、彼の胸に拳を当てることでなかったことにする。
「一体あの国の王子の何がいけなかったというのか」
「王女がいうには情熱的ではない、とのことでしたね。自分を娶るだけの熱がないと」
わかりやすく溜め息を吐いた王に、側近は頭を掻いた。
「政略結婚にそんなもの。いや、娘の幸せを望まないわけではないのだ。だが、第二王子、ダリル王子は思慮深いかた。アデラを大切にしてくれると親心に思っていたのだが」
「ダリル王子は地味だ、と。アデラ王女は華やかな舞台を好まれますから。アイザック王子は得意の剣舞でアデラ王女に求婚したようですよ。それまでに薔薇を毎日欠かさず送り届ける仕込みまでして、情熱的な愛情を示されたようです」
「あのような小国。野心の塊のような男だ。実際、国では無謀を繰り返し、モレネに一時期攻めいった噂もある。我が国に害をなさなければ良いのだが」
「一重に愚かともいえないですね。アデラ王女は目端が効きますから」
「アポクリファか」
「ええ。その恩恵に目をつけたのだとも思えます。モレネの才女がその知性を求めたともいわれていますから」
「なんとも、惨い国だ」
「小国故の牽制でしょうな、あれは」
二人の危惧を誰もが気づかず、美しき賢姫と麗しい王子の華やかな婚姻ムードに流されていた。
一人早足で駆ける緑の髪の少女を、誰も気に留めるものなどいなかった。
豊かなみどりの黒髪を侍女が結い上げる。
美しく着飾るアデラ王女に、皆が感嘆のため息を吐いた。
艶やかな黒髪に金のティアラを飾るか、額に宝石のフェロニエールを垂らすか、結局は金のティアラを戴いた。
ティアラの方が青い色石がふんだんにちりばめられていて、動く度に光を反射する。
首もとの装飾品には同じ金の、同じ青玉が使われている。
純白のドレスは細身のマーメイド。
首飾りを際立たせるオフショルダーに、括れた細い腰元に、青玉を金の縁で連結して嵌め込んだチェーンが垂れ下がり、動きがでる度に揺れる。
タイトに絞められた太ももから流れるフリルが下方へ流れる。
バラのようなそのフリルにはレースも使われ、透け感があるなかにも金糸があしらわれており、繊細でありながら存在感を示している。
それを着こなしているアデラ王女は、まさしく純白のバラ。
腰元の細さなどは、並の令嬢では保てないレベルのもので、このドレスを纏うにふさわしい条件はそれだけではない。
細すぎないヒップラインだ。
鍛え抜かれているその太ももは、ピンヒールを履くために鍛えられたもの。
そのピンヒールが、マーメイドのフリルを存分に下方へ垂らし、生かしている。
(自分も磨かずにいるなんて信じられない。幸せは私自身が掴んでみせるわ)
アデラにとって八センチ以下のヒールはヒールではなかった。
そしてそれ以下のヒールしか履かない女性は、女性ではない。
自分磨きを怠っている女など、自分に敵う筈がない。
「私は、誰にも負けるわけにはいかない」
皆がその美しい姿に心を奪われて口々に褒めそやすことに夢中で、彼女が低く漏らした声を拾わない。
カツカツと、アデラは広間の窓辺へピンヒールを鳴らす。
マーメイドの後ろに垂れ下がっているフリルが、熊のぬいぐるみに当たって倒れた。
窓の下には、緑の髪の女がいる。
確か、神殿の朗詠者だったか。
「ああ、アデラ様。耳飾りはこちらがよろしいかと」
「ありがとう。まあ、あなたは目端が利くのね」
侍女が、あつい吐息を漏らす。
アデラは目尻を細める。
その絶世の美しさに、侍女が頬を赤くする。
「ああ、アデラ様。ここのフリルが当たっていますね。向きを変えましょう。動きを阻害しないように、このように」
「そうね。邪魔なものは外してしまいましょう」
アデラは艶然と微笑んだ。




