登城する
婚約発表があり、結婚するアデラ王女と王子の絵姿が公開された。
ジネヴラがそれを見たのは、その日が暮れる頃だった。
夜に愛された神秘的な美貌の女性が描かれているその隣に立つ茶髪茶目の美丈夫な男。
それは預言で見た男と同じ顔をしていた。
三日後には周辺諸国の王族を呼んで、大々的な婚約の催しをするらしい。
国をあげての祝宴で、神殿の銀一位以上は登城が義務付けられていた。
(行きたくない。けれど…カシェル様に会えるかもしれない)
ジネヴラは期待と不安に苛まれながら、眠れない夜を過ごした。
当日、アンガス大祭司につれられて、朗詠者の正装を身に纏いジネヴラは登城した。
広間には騎士や貴族、高位聖職者達が、その上段にはたくさんの国の王族達が、談笑する。
彼らは雛壇の王女と王子を褒めそやす。
美しさ、聡明さ、実績。
非の打ち所ない王女の婚約を、祝杯をあげて歓迎する。
式典の形式的な作法が終わり歓談の時間になった途端、一緒に来ていたアンガスは、公爵や王族などに囲まれた。
金の目を隠すようヴェールをしているジネヴラは一人壁の花になっていた。
やがておぼつかない足取りでカシェルを探そうとしたが、豪奢なドレスに豪華な食事、きらびやかなシャンデリアに照らされた宝飾品。
それらが放つ様々な匂いと人に酔う。
預言のせいで寝不足もあったジネヴラは広間からバルコニーへ、その階段から中庭へと逃げた。
噴水の水が、広間の光を受けてキラキラ反射する。
カシェルを探すどころか、散々な体たらくにジネヴラは涙を滲ませる。
「大丈夫?」
ジネヴラが振り返ると金髪の青年がそこにいた。
「気分が悪いのかな」
前髪が長く顔立ちははっきりしないは青年だ。
綺麗な紅玉石のタイピンに、しっとりとした上品な布地にはうっすらと虎の紋様があしらわれている。
彼はジネヴラに水のはいったグラスを差し出した。
「飲めそう?」
「有り難う、ございます」
一口飲み込んで、ジネヴラは息を吐いた。
張り付いた喉を冷たい水が通り抜けて潤し、胃を的確に鎮めていく。
「あの、失礼ですが貴方は?」
「困っている人を引き寄せる体質なんだ、私は」
にっこりと彼は微笑む。
首をかしげたことで金の前髪が揺れて、鼻筋の通った顔の輪郭が明らかになる。
優しく垂れた澄んだ青い目に、ジネヴラは心臓が跳ねた。
「なんてね。どうもあそこは息苦しくてね。席を外そうと思っていたら、体調が悪そうな君がバルコニーから見えたのさ」
「そうなのですか」
真っ赤になるジネヴラに、金髪の男はクスクスと笑う。
「君、見たところ聖職者のようだけれど、名前は?」
「え?」
「ああ、私から名乗るべきかな?私はレイ」
「ジネヴラ、です」
「ふむ。ジネヴラ。今日はお務めかい?」
「上司の付き添いで。会いたい人もいたので」
「へえ。会いたい人、ね」
ジネヴラのヴェールにレイの手が伸ばされる。
「驚いた。綺麗な目をしてるんだね」
「いけません。お離しください」
ジネヴラは剥がされたヴェールを取り返すようにもがいた。
グラスの水が跳ねて、レイの服にかかる。
「申し訳ありません」
「そこで何をしている」
慌ててジネヴラがレイの服を拭いていると、バルコニーにある階段に見慣れた藍色があった。
宵闇を表すような藍の髪に青灰色の瞳。
階段から降りてきたカシェルは当然のようにジネヴラの隣に立つ。
「彼女が体調を崩したようで、介抱していただけだよ」
「それは失礼いたしました。彼女は僕の連れです。王子の手を煩わすほどではありません」
「王子?」
ジネヴラはカシェルの発言にきょとんと目を丸くする。
カシェルが続ける。
「ダリル・レイ・エァルドレッド王子。我が国の朗詠者がご無礼を働いた件、ご容赦願えますか」
「これは手厳しいな。マヨルカ王国の狼、カシェル・ロイド・イーシュ一等騎士。先に手を出したのは私だと分かっていて許さないわけにはいかないからね」
レイ、もといダリルはしらけたとばかりに両手を頭の上で軽く振った。
彼は前髪をかきあげて、整った顔立ちを露にする。
「騎士様が到着したようだし、私はそろそろもどるかな。ではジネヴラ嬢。ごきげんよう」
そうして美しい礼をして、ダリルは踵を返した。
「全く、目を離すとこれか」
呆れたようなカシェルの物言いに、ジネヴラの肩が揺れる。
また彼の機嫌を損なってしまったようだ。
「お前は知らずにいたのか…あんな上物の絹、伯爵の中でも手がでないものが多い」
「すみません」
「宝飾品も、あんな大きな紅玉石。しかも虎の紋章はモレネ国の紋章だろうが」
ぶつぶつとぼやくその姿は、いつもと同じだ。
カシェルが怒っているのではないかと思っていたジネヴラは、少し胸を撫で下ろす。
安心すると、自然と身体から力が抜けた。
へなへなと前のめりになるジネヴラを、慌てたカシェルが支える。
いつものように文句をいいながら。
ジネヴラは破顔する。
「カシェル様に会えて良かったです」
「全く、お前の世間知らずは今に始まったことではないが、ヒヤヒヤさせられる」
「助かりました」
素直に心配したとは云ってくれない、そういうところも変わらない。
だが、もう少し。
もう少し距離を縮めたいと思うのは、自分勝手なのわがままでもあり、叶わないことを知っているから期待しない。
「…たまには登城しろ」
カシェルがそう告げてくることに、期待なんてしない、その筈なのに。
「そうすれば、また会えるだろう」
「はい」
ジネヴラは心が暖かくなる。
今日はなんて幸せな日だろう。
この気持ちは、神の預言を聞いたときに勝るとも劣らない。
なんて小さくて大きな幸せ。
そして。
「それより、アデラ王女のあのお姿をみたか?なんと神々しい。他の追随を許さぬほどの知性と気品があふれでて」
「はい。とても」
高鳴る気持ちを残酷なほどに打ちのめすのも、また彼なのだ。
カシェルはジネヴラが無理に作った笑顔になど気づく筈もない。
そうしてジネヴラをどん底に突き落とす。
キラキラと輝く瞳は、アデラ王女のその勇姿を語るためだけに向けられる。
それは微笑ましいという感情では済まされない。
「そうだろう。あれでこそお仕えする甲斐があるというものだ」
神のめしいでありながら、このような嫉妬を抱くなど、あってはならない。
ジネヴラは本当に信仰心が篤くはない自分を蔑んだ。
それなのに、神はジネヴラを選んだ。
深く潜る意識のなか、多幸感に紛れる不快感。
脳裏にはカシェルが捕らえられていく姿。
『弑殺の道具にカシェルは利用され、罪を擦り付けられる。防ぐことはできるか?』
そして倒れていく王の姿。
絨毯に溢れている赤いなにかと、グラス。
倒れた王の隣に転がる茶色い毛玉のようなものと、薄いテーブルクロス。
クロスにあるのは狼の紋様。
高いヒールが鳴らす靴音が響き、赤い唇が弧を描く。
その自信に満ちた表情に彼女が仕組んだのだと、ジネヴラに確信が沸く。
異国が攻めてくる。
虎、熊、竜の旗が掲げられている。
いや、先に仕掛けたのは我が国だと、誰かが呟いた。
「私は悪くない!」映像のなかでアデラ王女が叫ぶ。
「私が愛してあげなければあなたを誰が愛すというの。父親に捨てられたあなたを。母親殺しのあなたを!!!」
こんな人のために、かれは不幸になるのかと、ジネヴラはどす黒い感情が涌き出てくるのを押さえ込む。
『一つ、そなたに目印を渡そう。白く清き鳥は私の化身。その時は私を追いかけるが良い』
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※一部に不適切な描写があるかもしれませんが、世界観として使っています。お許しください。




