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2 預言と王女の結婚

じんわりと、暖かいものが流れ込んでくる。

春先の太陽の日差しのようで、ひりつく痛みはなく、暖かい真綿に包まれ、何かが体を満たす。


(さっきのは、一体。記憶?私のもののようで、違う。でも、そうだとしたら誰の?)


浮遊する意識の中で、ジネヴラは感覚的に上方を見上げた。


『記憶ではない、預言である』

「誰?」


声、といっていいのか。

体の芯からというべきか、空間を響かすというのか、何処からのものかはわからない。


『何も力を持たぬが、熱心な祈りを捧げる我が子へ、そなたの未来を見せた』

「みら、い」

『そなたの未来は、彼の死で狂ってしまう。捧げるべき祈りを欠き、無力になる。私はそなたを哀れんで、今、そなたに接触している』


語る言葉は柔らかく、どこか厳かな雰囲気がある。

なにより慈愛と慈悲に満ち満ちたものだ。


『彼を救える知識をやろう』


その声が染み渡るように、ジネヴラは満たされた。

なんと満ち足りた多幸感。

そこにいたいという気持ちが、ジネヴラを支配していた。


脳裏に新たな映像が加わる。

アデラ王女だ。

豊かな黒髪に、純白のドレス。

涙よりも大粒の真珠の首飾りを誇らしげに揺らし、花吹雪のなかを歩く。

その隣に、爽やかな笑顔を湛えた美丈夫。


『その代わり私を永遠に信奉するのだ』


求められるまま、ジネヴラは首肯していた。

脳内で機能する神経伝達物質が、内在性オピオイドが。

痛みもなくただ満たされるその有り余る報酬に、ジネヴラは逆らうこともできない。

むしろ何故逆らわねばならないのか。

このような満ち足りた気持ちは、かつて感じたことがない。

いや。


『一つ、そなたに目印を渡そう。白く清き鳥は私の化身。その時は私をーーーー』


ひとつ、あった。

それは。




揺り起こされる感覚に、ジネヴラはわずかに抵抗を示した。

満たされた幸福がこぼれ落ちていく感覚、だが、その感覚こそが生きている感覚だ。

冷えた床の感触に、肩を揺さぶるだれかの暖かな手。


「大丈夫かい、ジネヴラ」


優しげなスレートブルーの瞳。

アンガス・ワースが、心配そうにジネヴラを覗き込んでいた。


「大祭司様」

「急に声が聞こえなくなったから来てみれば。あなたが倒れているので驚きました」

「すみません!私途中で」

「いえ、一応最終段落までは詠んでいましたから。続きを少し私が加えて滞りなく終わりましたよ」


彼は柔らかなグレイの髪をかきあげる。

ジネヴラは身を起こして周囲を確認した。

既に蝋燭の火は消えていた。


「何て事でしょう、神の御前で」

「私も急に貴方を呼んでしまいましたからね。疲れていたのですね。休みを軽視してしまった私が悪いのです」

「そんなことはありません、私の不注意です」

「あなたは優しいですね。それであなたが損をしなければ良いのですが。今日はもう休んだ方がいい」


送りましょう、とアンガスは祭壇からジネヴラを連れだした。

途中執務室に寄って留守にすると伝えれば、ジネヴラを確認したアリスに苦い顔をして見送られた。

回廊を進みながら、他愛ない話をし、やがてジネヴラの部屋にたどり着く。


「あなたが心配でね。私の心配性も困ったもので」

「いいえ、大祭司様には、良くして貰ってます。大祭司様がいなければ…私はここにはいません」


アンガスは優しい笑みを浮かべる。


「ジネヴラ」

「はい」

「なにか気になることがあるなら、相談してくださいね」


そうして去っていく優しい背中を、ジネヴラは見送った。

思わず頼りたくなる、その優しさに胸がしめつけられる。


(あの声は預言といった)


予言とは、未来を予見することである。

預言とは、神の言葉を預かることである。

そういう意味では、これは両者であり、両者ではなかった。


ジネヴラにあるのは、神様が見せてくださった部分的な事柄だけだ。

アンガスにこんな不確定なことをどう説明したらいいのかわからない。

どう相談すればいいのか、あの不思議な体験を言葉にすることができない。

その上ジネヴラ自身に力があるわけでも、何か大きな事ができるわけでもない。

王女様に箴言することも不相応だし、カシェルに預言の内容を伝えたところで信じてもらえるだろうか。

軍隊を動かすことも、王に目通りするだけの権力もない。


(私は私にできる相応の事をするだけ)




だが、あれは本当に預言だったのか。

ジネヴラの信仰心は(あつ)いと迄はいかない。

神の預言、神の声をきいた時に、ジネヴラが自覚しているものを突きつけられた気がした。

預言が正しければ、カシェルが死んだ後のジネヴラは自暴自棄となり、信仰を捨ててしまう。

だからこそ神は現れて、ジネヴラを叱咤したのだ。

神はかくてありき、と。


神を信じれば同時に未来にジネヴラが神を放棄することを信じることになる。

逸るのは気持ちだけで、なにもできる筈ないと決めつけてしまっているジネヴラはその二律背反(アンビバレント)な感情を持て余して、答えを出すことはできずに過ごしていたある日。

王女が結婚するという噂が神殿内に広がっていた。

そして、そのお相手は美丈夫の隣国の王子だと。




→→→→→ジネヴラの次の行動を、次に表示されている、タイトル名のどれかから選んでください

※選択肢のエピソードのタイトルは、本投稿の10分後に予約投稿されます。


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