カシェルの事を考える
私たちは実らない恋をしている。
カシェル様に出会ったのは五年前。
アデラ王女が神殿にご祈祷に来られた付き添いで来た彼は、まだ齢は十ほどか。
ジネヴラは朗詠中に、彼にいきなり肩を掴まれた。
「宝玉を盗んだのはお前か」
真っ直ぐに向けられた意思の強い瞳は青灰色。
小さな手だが、その洗練された動きと口調は幼さが抜けていた。
「あ、なたは、だれ?」
「第一師団、カシェル・ロイド・イーシュ六等騎士だ」
王家の色である鮮やかな青色の服に、襟元には狼のブローチが鎮座している。
騎士は一等から七等までに順位がつけられている。
しかし、六等騎士とはいえ、第一師団に属しているということは意味合いが違う。
王国の師団は五十を数え、第一師団といえば、王家に最も近く、最高位の騎士団とも言われているエリート集団である。
「此方は朗詠者見習いのジネヴラと申します。アデラ王女様の宝玉に触れることなどあり得ません」
「罪人を庇うのか」
「滅相もございません」
少女をかばうように前へ出たのは、真白の法衣に身を包んだ祭司だ。
「ふん。どうだかな。最近の神殿は躾がなっていないと聞く。その者の身元を改めさせて貰うぞ」
彼は、祭司の後ろで小さくなっているジネヴラを一瞥した。
ジネヴラは、あの冷たい瞳を忘れたことはない。
あの頃から、カシェルはアデラ王女のことばかりだ。
カシェルはアデラ王女に拾われ、王女を崇拝している。
それは異様な傾倒といっても過言ではなく、彼は王女のためなら手を汚すことにも躊躇いはない。
どんなに汚れても、どんなに尽くしても、彼が王女と結ばれることなどないというのに。
口を開けばアデラ王女の美しさ、聡明さ、謙虚さ、自信に満ちたその立ち居振舞いをジネヴラに見習えと諭してくる度に、ジネヴラは心に何かがつかえたようになる。
彼の心はここにはない。
だが、彼の瞳にはジネヴラしか映ってはいない。
なんて滑稽で寂しい自己満足。
どんなに思っても、どんなに耐えようとも、ジネヴラがカシェルと結ばれることはない。
ジネヴラは数ヵ月ぶりに町に出た。
神殿の外に出たのは、カシェルの言うことを素直に聞いてしまう、くだらない片想いという厄介なこじれた感情のせいだ。
朗詠師として登城し、侍女達を相手に聖詠の一説を詠みあげる。
小一時間でそれを終えて、帰ろうとした時だった。
「貴様ら何者だ」
聞き覚えのある声に、ジネヴラは立ち止まる。
階下の広場に、数人が一人を取り囲んでいる。
取り囲まれているのは、カシェルその人だ。
「謀叛人、カシェル一等騎士を捕らえろ」
ジネヴラは声をあげることもできなかった。
無実を叫ぶ彼も、連行されて引きずられていくその様も、ただただ見つめるだけで、指先ひとつ動かすことができなかった。
その後ジネヴラはカシェルの姿を見ることはなかった。
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