9 王女の心
私は、完全無欠の主人公なの。
「ねえ、あなた」
誰だって自分が主人公でしょう?
でも私は、軒並みの主人公とは格が違う。
大国マヨルカの王女。
王女であり才女。
人の上に立つものとして研鑽に励み、切磋琢磨し、磨き抜かれたものよ。
「あなたよ。何の本を読んでいるの?」
私は人を慈しみ、罪に嘆き、人を赦す。
どんな下層民だって同じ人間だから、分かりあってみせるの。
「これは」
「そうなの。面白い本なのね」
「はい!」
「ねえ、あなた。もう少し他の人と話した方がいいんじゃない?」
「あ…」
「その方が、きっと楽しいわよ、ね?」
「は、はい」
けれど、驕り高ぶる人間は苦手だわ。
人の事を見下したように、自分の方が才能があると強がる人間なんて生意気なのよ。
ああいう人たちって決まって人間関係を築くのが下手なのか、築きたいと思っていないのか、扱いにくいのよ。
せっかく私が手を差し出してあげたってあの通りよ。
神殿に来たばかりだからって全く自分の事ばかりで、自分の事をするよりまず周りを気遣わなきゃ駄目でしょう。
「なにあの子。私が話しかけてあげたのに、本の話ばっかり」
「ジネヴラは、少々内気でしてね。でもあの子、とても賢いんですよ。聖詠を学んでまだ半年だというのに、もう三冊も覚えてしまっているんですよ」
「まあ」
感心したように振る舞えば、称賛だと勘違いした祭司が顔を輝かせる。
他に出来ることもなくてそれしかしないなら、それぐらい出来て当たり前じゃない。
引きこもりの単なるオタクなだけで、社交性もない。
障害もちじゃないの。
幾ら一芸に秀でてもコミュニケーションがとれないんじゃ、人と関わる努力をしない人間なんて、何を考えているか分からないわ。
それは偉人じゃないのよ。
「この前は読書の邪魔をしてごめんなさい。大丈夫だった?」
「いえ…」
「今度私も読んでみたいわ。貸していただけない?」
「あの。これは、大祭司様の本、なので」
「そう。じゃあ、そちらの本は?」
「これは…頼まれている本なので、何の本かは」
「あら、知らないのね。ごめんなさい。少し中身を見せてくださらない?」
「あの、」
相変わらず無愛想ね。
こんなに私が気にかけてあげてるんだから、ちょっとは懐きなさいよ。
そして貴方の弱味を見せて。
そしたら少し位、優しく依存させてあげてもいいのよ。
それなのに、カシェルは彼女に目を奪われていた。
カシェルだって、漸く手に入れたのに。
見目が気に入って、資金援助といい教育を保証するから出仕することを求めたけれど、父親がわからず屋で断ってきた。
その父親が借金地獄になっても根をあげないから、ほんの少し細工をしたら母親が事故であっけなく死んで、父に捨てられたカシェルは士官してきた。
そのカシェルを、何の取り柄もない無愛想な女がかき回したのは許せない。
「私のカシェルが、たぶらかされるなんて許さないわ」
だから嵌めてやった。
宝玉をとったと疑われるよう仕向けた。
人を操るのは簡単。
大事なのは、人間を観察することだ。
常に他人の動向は、見えている。
その人が欲しがっている言葉を与えれば良い。
涙をみせれば大概のお人好しは放っておけなくなる。
頼ってやれば気を良くする。
頭が良いことを求める相手なら、あまり饒舌にならずに話をきいてやれば良い。
褒めてやって疑うなら、その人の奴隷のように好意を伝え続ければ良い。
人は好かれていると思う相手を、嫌いになることなどできないのだから。
だけど、これは話が通じる人間にしか出来ないことよ。
話が通じない人間は操れないし弱味も握れないから、排除するしか出来ないじゃない。
排除するためには、その人間が不要だって、回りに植え付ければいいの。
人なんて噂に惑わされて自分の目で確かめようとなんてしないんだから、外堀を埋めるの。
あれは仕事が出来ない。
追い詰めて追い詰めて、出してきた攻撃性を皆にみせるの。
攻撃性じゃなくてもいい、何らかの感情をむき出させるの。
そのときに此方が冷静でいれば、どっちが悪者だと思う?
ほら、あれは危険なんだって。
そうやって目障りが消えると思ったのに、しぶとく生き延びている。
登城するものも高位でなければとふれを出したというのに、銀一位などという生意気な地位を手にいれて、いつの間にか城をうろうろしている。
あんな何も持っていないとるに足らない存在が、アデラより優れているなどある筈がない。
自分も磨いていないあんな女に、アデラが負ける筈がない。
大祭司やらにちやほやされて、なぜあんな女をカシェルやダリルが気にするのか。
別にカシェルもダリルも、アデラには興味がない。
二人とも顔はそこそこ見られる方だし、スペックは高いほうだ。
カシェルは剣に秀でているし、ダリルは学芸に秀でている。
だが、カシェルは愛想がないし、ダリルは一般的な話ができない。
二人ともまともな会話ができない。
社交性がないのは致命的。
アデラの良いところを10は言ってくれないと、此方も返してあげられない。
一芸にのみ執心で、その他に野心も向上心もない、あれではアデラにふさわしくない。
アデラの隣に立つのは、機知に飛んだ、社交性のある、ハイスペックな男がふさわしい。
だからといって、アデラに一度は求婚した男が、憧れている男が、他愛のない女を気にかけるなどありえない。
私こそが気にかけられてしかるべきなのに。
誰もが私に夢中で、私の一挙手一投足を気にしているというのに。
私を気にしない男なんていやしないのに。
私の晴れ舞台で、私の婚約披露の式典で、あの二人を連れ出すなんて、何とふしだらな女。
聖職者に身をやつしておきながら、社交性がないくせに、男好きのするおとなしい女。
しおらしくしていれば男が寄ってくると思っている、悪女。
自分で運命を切り開く力もないのに、不相応に欲しがるだけの、男を頼みにして自分では動きもしない女。
そもそも朗詠師など、何百という聖詠を暗記しただけの、ただの根暗な引きこもりではないか。
アデラにとって、女は自分を引き上げてくれる大切な存在だ。
そう、アデラに憧れ、讃える彼女らは、率先してアデラを真似たがり、アデラのセンスを引き立ててくれる。
だが空気も読まず、媚びへつらいもせず、自分の事しか考えていないような女、周りを気にしない女など、使えないではないか。
周囲との協調をはからず、自分の思考でしか動かない女など、目障りだ。
どうにかしてやろうと思っていた矢先に、父を救ったあの小娘。
あの手巾は、カシェルのものではないこと等、すぐわかった。
レースのついた手巾には、イニシャルの刺繍がしてあった。
あの小娘のものだ。
噂も立ててやった。
なのに。
どうしてしつこく這い上がってくる。
いくら潰しても這い上がってくる雑草。
なぜもああ厚顔無恥なのか。
社交性もないのにしゃしゃり出て。
弁えて表に出てこなければ放っておいてやるものを。
焦ることはない、私が幸せなことを見せつけたらいい、あの娘はどうするかしら。
私の勝ちよ。
手始めにカシェル、それにダリルも、ちょっと優しい言葉をかければ私のいいなり。
二人の後ろ楯がなければ、私の回りをうろつかなくなるでしょう?
ああ、どうしてもっと早く気づかなかったのかしら。
なのに。
どうして。
カシェルに薬が効いてないわ。
ダリルも近づこうともしないから、アイザックに少しこぼしたら、まさかアイザックがダリルを襲ったのは計算外だったわ。
アイザックが捕まり、そして私が主役の舞踏会で、この私が目立たずあの女がカシェルと踊るなんて。
「少し荒療治が必要なのね。いいわ」
あの女を落とそうと思っていたら都合良く此方へ来て、話をしているなんて。
「幸せじゃなきゃいけないのよ。でないと生きている意味がない」
チャンスが来たわ。
「欠片でも不幸なら生まれない方がいいの。だから生まれてはいけない。生まれていけない王女なんて嫌よ。そのために努力してきたの。皆に愛されるように。皆を愛してきたの。こんなに心を砕いているのに。私はいつも、私以上に皆の事を考えてきたのに」
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