王子と踊る
ジネヴラは、知らずダリルの手をとっていた。
「ジネヴラ、有り難う」
カシェル様は私にとって英雄だった。
けれど、ダリル様はいつも隣で寄り添ってくださった。
何故だろうか、今手をとるべきはダリル様だと体が無意識に動いていた。
安心できる存在だと。
「本能的に分かってるんだね。あれが欲しがるわけだよ」
「え?」
「私は、君もカシェルも大切に思っている。私の守護神も君達を気に入ってね。この国は何故か少し居心地が悪いみたいだ」
ダリルは立ち上がり、カシェルに手を伸ばすと彼を立たせる。
ふわりと空気が変わる。
ジネヴラが触れた壁がシャボンのように消える。
そこでカシェルも異変に気付く。
舞踏会の会場ではない、足元はしっかりしているが周辺の景色がぐるぐると様々な色を混ぜたように歪んだ。
「君の金の目。正義の天秤といわれていてね。生きてるときには何の加護も無いんだけれど、特別な力があるんだ」
「正義の、天秤?」
「生きている時は、だと」
ジネヴラはダリルの手をとったままで、カシェルの方へ首を傾けた。
その目はダリルを何処か責めるように見えた。
ジネヴラはカシェルの手ではなくダリルの手をとってしまったことを、今更のように自覚した。
「鋭いね、カシェル。ジネヴラが死ぬ時にその効力を発揮するんだ。そして」
『それは契約と違う』
「出てきたね」
真っ黒い渦が頭上に出現し、雷と共に白い影が現れる。
『私を永遠に信奉すると誓ったであろう、ジネヴラ・ヴィッカー』
「あなたは…」
ダリルはジネヴラを背にかばう。
ジネヴラはその影が引き起こす多幸感に覚えがあった。
「良く言うよ。有無を言わせぬ一方的な条件を、まともな精神や
思考もさせないで結ばせて契約?」
「さっきのグレープフルーツの子供!」
カシェルとサムソンが腰に差した剣に手をかけるのを制した子供がダリルの前に立ってそれと対峙する。
「僕は、ダリルの守護神。僕の身内に手を出すなんて、半端なやつがすることじゃないじゃろ」
子供が老いた姿になる。
その老いた姿は、ジネヴラにアイザックの居場所を教えた老人にそっくりだった。
「ダリル様の守護神だから、ダリル様の危機を教えてくださったんですね」
ジネヴラが小さく呟く。
確か、彼らは似たようなことをいっていた。
『半端だと?私は神だ。ジネヴラの神。そうであろう』
稲光を轟かせ、その影はジネヴラに手を伸ばす。
ジネヴラは多幸感に意識を失いそうになる。
ダリルは気を失いかけたジネヴラを揺り起こし、抱き寄せる。
「未知の神ね。遠い未来、お前が支配することもあったんだろう」
『何だと』
黒い雲が広がり、ジネヴラ達に襲いかかる。
ダリルの守護神がその殆どを打ち払うが、一部がくぐり抜ける。
それをカシェルが薙ぎ払う。
その向こうには、カシェルを見守る金の瞳があり、確かにその意思を感じられる。
「やるねぇ。流石ーーー」
『小癪な』
神を名乗るその影は、より大きな雨雲を発生させる。
膨大な光が雲の集まり、細かな雷電がその中を走り抜ける。
だが、子供が片手を捻れば半分の雷雲が消えた。
「だけど、今ここでお前は消える」
もう片方の手を捻れば、全ての雷雲が消え。
『まさか、そんな。私は、神だ!』
「それは、正義の天秤に選ばれた場合だろ?」
ダリルの守護神が両手を合わせて握りしめる。
神の影は渦を巻きながら収束し、ボタンよりも小さくなっていく。
『くそ、くそ、くそおおおおおおおお』
「お前は神じゃない。ここで消えろ」
ぱきん。
小さな音を残し、それはチリのように消えた。
ふう、と息を吐いて、ダリルの守護神はへたりこむジネヴラの手をとった。
「ジネヴラ、君があれを選ばなかったお陰だよ」
「私が、選ぶ?」
「君はダリルを選んだ。正確にはダリルの後ろにある安心感を。その目が導いたのかもね」
守護神がそう言うと、ダリルががっくり肩を落とす。
「私が選ばれたわけじゃなかったのか、残念」
ジネヴラは訳が分からず視線をさ迷わせた。
神が消えた後も警戒していたカシェルが、ちょうど剣を鞘におさめていた。
やがて彼の眼差しは静かに、ダリルの守護神を捉える。
「あの得体の知れないものにジネヴラが狙われていたのはわかった。正義の天秤とは何だ」
「世界の歪みを正す天秤。そう呼ばれている。金の目は、時々その正義の天秤を宿して生まれる。そして世界を見て、何もなければ何も起こらずにその生涯を終える」
「私が、何かを引き起こすというのですか」
ジネヴラは漸く意識がはっきりしはじめて、守護神に問う。
「生きていた間にもし大きな歪みがあればそれを壊す。歪みは、そうだな。凡そ人類の動きにあっては不可解な動き。例えば不自然に人類が絶滅に向かうような動きとか、神の干渉もそれにあたるかな」
「壊す、というのは」
真っ青になり声が震え始めたジネヴラを、ダリルが支える。
「それをあの神もどきは畏れた。自分が壊される未来があると知ったんじゃないかな。超越した存在は起こりうる未来のいくつかを知るから。確率の高い未来ではあったと思うよ。ただ、本当の神であれば未来に干渉することは避けるけど」
「何故だ?」
「神は人に干渉するものじゃない。神の望む未来にしたら、人の生業なんて意味がなくなるだろ。だから、守護神になった場合でも、気に入ったものが天命を全うする程度にしか力を貸さない」
「もし干渉したら?」
「神力をうしないかねない」
サムソンは冷や汗を滴しながら「お前良く神様と平気で話すな」、とカシェルを覗き込むが、カシェルは腕を組み、考え込んでいる。
「あの神もどきは、相当力があったから。僕も消滅する可能性もあるし」
「危なかった、のか」
余裕ありそうだったのにか、とこぼすサムソンに、守護神は胸をそらした。
「だからね。僕が干渉したとしたらの話だよ。さっきも言った通り今回の事はジネヴラの意思。正義の天秤の反映の過ぎない。ダリル、僕は少し疲れたよ」
「うん。有り難う、アンスール」
アンスールと呼ばれた守護神は空間を元に戻す。
そこは舞踏会の会場ではなく、ダリルとジネヴラが初めてあったバルコニー下の中庭だった。
「モレネ国へおいで。ジネヴラ、カシェル。勿論サムソンも」
ダリルはにこやかに切り出す。
ジネヴラは呆気のとられ、カシェルの眉間に皺が刻まれ、サムソンが頭を垂れた。
「ねえ、ダメかな。私は皆と離れたくないのだけれど。それにね、アイザックの件で皆アデラ王女から恨まれてるだろうし、居心地悪いと思うんだよね」
しおらしく眉を下げるダリルは、しかし中々に聞き捨てならないことをさらりと言っている。
「アデラ王女はそんな方ではない」
「結婚相手を幽閉させるんだよ。アルヴァレズ王もそれを心配していてね。私に身柄を預かってほしいとも頼まれてる」
「それは…実質もう決まってるんじゃないか?」
「でも意思を確認してほしいとも言われてるんだ。アルヴァレズ王としては、モレネとマヨルカの架け橋になるよう二つの王国の国籍を授ける扱いにしたいとも仰られていて。どうかな」
カシェルが頭を抱え、そしてサムソンはその肩に優しく手を置いて遠い目をした。
「全く。付き合うしかないのか」
「カシェル、私はジネヴラが好きなんだ」
「知っている」
「でもカシェルも大事なんだ」
「…正々堂々、決めて貰えば良い」
ふん、と不敵にカシェルは笑う。
「カシェルのそういうところが、私は大好きだよ」
「あのー、俺のオマケ感半端無いんだが」
「サムソンも好きだよ」
「く、最後までこの人たらしにやられるのか」
少し悔しそうなカシェルをジネヴラがほほえましく見ていると、ダリルの青い瞳にかち合った。
「覚悟してね、ジネヴラ。絶対に振り向かせて見せるから」
そうして優しく破顔するダリルに。
「厄介、です」
ジネヴラはうめいた。
HappyEND




