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8 舞踏会

アイザック王子の乱心は秘密裏に処理された。

小国とはいえ、一国の王子が王太子ではないとはいえ大国の第二王子を弑するかも知れなかったのだ。

モレネ国は外交官をマヨルカ国に送り、ミノス国は沙汰を待っている。

アデラ王女の婚約は勿論、解消された。

アイザックは婚約時に皇位継承から外されている。

そのままミノスで幽閉される、というのが穏便な道筋だが、それではマヨルカ国の外聞が悪い。


アイザック王子は火種だ。

生きていれば今回のことを口外するだろう。

一番最善は処刑だが、ミノスはアイザックの生存を理由に何にでも合意をするという。

公開されるような処刑はマヨルカ国も望んでいない。

そうすれば各国に事件が流布され、アデラの醜聞に繋がるだろう。

モレネ国の王子を殺そうとしたーー本人は怪我をさせるだけのつもりだったようだがーー男が、才女アデラが選んだ男だったと知られれば、アデラ王女の価値が下がる。

価値の下がった女と政略結婚をする。

そうなれば侮られた婚姻関係や不平等な条件、ありとあらゆる不利がマヨルカを襲い、国益をも損ねるだろう。


他国に知られるわけにはいかない。

生きていられては困る、だが殺すわけにはいかない。

公的に死んだことにすることが三国で同意となり、アイザックは病死扱い、急性心不全とすることとなった。

事故死では痛くもない腹を探られる可能性がある。

幼い頃に心筋症などを患っていたこともあるからとのことで、彼の処遇は決まった。


死んだ男が何か吹聴しようにもあらゆる証左が必要になる。

ミノスはそれでもアイザックを後継者の子種の保険としておきたいのだ。

長子が病弱で、子をなせるか危ういのだという。


婚約パーティの舞踏会は、中止せずに行うこととなった。

パーティ中に死亡発表は外聞が悪い、しかる後に急死を発表するとして、婚約パーティを終わらせるためにも、舞踏会で締め括るのが都合が良かった。

パーティにはアイザック王子の影が出席し、やり過ごすことになっている。

王族達の一世一代の一芝居の舞台で、アデラの心境は芳しくなかった。


「アデラ。いい加減にしろ」

「お父様、本当に彼がそんなことをしたと信じているの?」

「複数の証言がある。何よりお前の護衛が捕まえたのだぞ」

「それは、そうですが」


アデラが顔を伏せると、王は心配そうに彼女に寄り添う。

それから労るように彼女の背中を優しくさすった。


「漸くお前の体調が戻ったのだ。今回のパーティはお前の事を傷付けないための措置だ、分かるだろう」

「本当に、アイザックが私を裏切ったというの」

「あやつはいったい何を考えていたのか。朗詠師にまで手をかけようとして」

「朗詠師…」


ぴくりとアデラの愁眉が反応したことに、王は気付かずに続ける。


「お前を失うわけにはいかんのだ。アデラ。アイザックはあきらめろ」

「お父様」


顔をあげたアデラの憔悴した様子に、王は心を痛めた。

いつも自信に満ちていた王女のその姿は、老王には堪えたのだ。


「アデラ。カシェルはいい騎士に育った。カシェルだけではない。身分を問わず採用したことでこの国は豊かになっている。それはお前の功績だ」

「はい」

「いいか。このパーティでは大人しくしているんだぞ」

「分かりましたわ」


王に従順に頷く王女は、まるで昔のままで。

真っ直ぐに娘の瞳が向いてくれたのは何時振りだろうと感慨深くなる。

あの澄んだ瞳は今、悲しみの色を含んでいる。

侍女達に力なくも優しい笑顔を向けるアデラに、王の胸は締め付けられる。

だがきっと立ち直ってくれるものだと老王は自分の娘を信じる事にした。




アンガス・ワースは頭を悩ませていた。

寒い冬空を思わせるスレートブルーの瞳は、彼の愛弟子を見守っている。


「無理になったら言うんだよ、ジネヴラ」

「はい。大丈夫です」


かちこちになりながら、ジネヴラは滑らかな絨毯へヒールを踏み出す。

慣れないドレスが足元に絡み付く。

煌びやかなシャンデリア。

大理石を彩る金銀に、雛壇の上の主役達。

その手前では楽団が音楽を奏で、色とりどりの絹が翻る。



あれから、預言の夢は見ていない。

危機は去ったと考えるべきなのだろうか。

だが諸手をあげて喜べないところもある。

どうしても全てが終わったとは思えなかった。

あの夢ではずっとアデラ王女が争いを起こし続けていたというのに、アイザック王子の暴走で終わったというのが違和感でしかない。


「この度はお手柄でしたね」

「貴方は」


必死でヒールーーといっても5cmもないーーに苦戦していると、屈強な肉体に支えられた。

安定感がすごいとジネヴラは感心したあたりで、陽気そうな顔に覗き込まれた。


「サムソンです。カシェルの同僚の」

「あの時の」

「勇ましいお嬢さん。今日は正装じゃないのかな」


サムソンは腕を出してきた。

エスコートを装って支柱になってくれるらしい。

支柱はかなり丈夫で、ジネヴラはお言葉に甘えることにした。


「あの。これは」

「誰かの贈り物?」

「喉渇いたー」


とたた、と小さな子供が足元を駆け抜けた。

白い髪の毛の子供だ。


「その子は」

「おっと。何処から紛れ込んだんだ、ぼうず」

「ナイショ」

「誰かに付き添われてきたのかしら」

「ねーえ、何かのみたい」


子供は支柱であるサムソンの服を引っ張り、袖にぶら下がるように伸ばそうとしたりする。

その影響でジネヴラも平行を保つのが難しい。


「おいおい。ったく、給仕(ボーイ)


堪らずサムソンは給仕を呼んだ。


「お子さまにお出しできるのはオレンジジュースかグレープフルーツジュースでして。他はワインかエールとなっておりますが」

「俺はエールを。ジネヴラ嬢はどうされます?」

「私は」

「僕グレープフルーツジュース」

「はいはい。これで最後らしいぜ。良かったなぼうず。ジネヴラ嬢?」

「…私はオレンジジュースを」


子供は飲み物を手に満足したのかサムソンの服を引っ張るのをやめた。

ほっとオレンジジュースを嚥下しようとしたら、子供が意味ありげにジネヴラを見上げていた。


「お姉さん、譲っちゃいけないときは譲っちゃダメだよ」

「は?」

「じゃあね」


サムソンの気の抜けた声と共に、その子供は踊る人々の輪に溶け込むように消えた。

そして聞こえる、何処か楽しそうな子供の笑い声。


「なんだったんだあいつ」

「ええ」


サムソンとジネヴラは呆気にとられてしまった。

まるで狐につままれたようで、二人はエールとジュースを傾ける。


「で、神殿の正装じゃないってことは踊りに誘ってOKってことかな」

「下手ですよ」

「でも踊れるってことで」

「猛特訓しましたから」


ダンスなど、神殿では御祭りの時にしかしないのを、今回はアンガス大祭司様が相手をしてくれた。

御世辞にも上手いとはいえないが、何とか音楽に合わせてステップは踏める程度だ。


「っは。いいね。今度から神殿の美女もナンパしなきゃなぁ」

「サムソンさんはお相手は?」

「カシェルよりうだつのあがらない俺を愛してくれる人がいればいいけれど」

「サムソンさんなら大丈夫ですよ」

「そうだといいんだけど。この前もふられたばっかだし」


ふふ、とジネヴラは笑う。


「おっと。あんたとあんまり仲良くしてちゃ、怖いやつがいるんだった」

「別になにも言ってないだろう」

「カシェル様」


カシェルはいつの間にか、サムソンの隣に立っていた。


「邪魔者は退散しようか?」

「いい。そのままいろ」

「はいはい」


サムソンがおどけたようにカシェルの回りをうろついて、ジネヴラにウインクをする。


「その。変わりないか」

「はい」


カシェルは黒の正装を纏っていた。

ジネヴラのブルーグレイのドレスはその正装にぴたりと合うようなデザインだ。


「今日は舞踏会だ」

「はい」


ジネヴラは夢を見ているようだった。

カシェルとこうして隣に立っていることは不思議で。


「楽しんでいったらいい」

「はい」


偶然のようにとんとんとカシェルとの距離が近づいて。

もっと早く行動していたら、彼ともっと前に近づけていただろうか。

アデラ王女のように自信を持って隣に立てただろうか。

ジネヴラは何もしてこなかった自分を後悔してはいない。

カシェルが死ぬと分からなければジネヴラが神殿を出ることは無かったと言いきれる。

だからもしも、等と言う言葉には意味はない。


「踊る、か?」


カシェルから告げられた言葉が、耳を通り抜けていく。

今現実なのだと体感しているのに、ジネヴラは動けない。


「ああ、いたいた」


ダリル王子がにこやかにカシェルの肩に手をかける。

サムソンは頭を抱えた。


「探したよ。君たちは踊らないの?」

「天然なのか、態となのか」

「どうかした?」


両肩をダリルに押さえられて、カシェルがため息を吐く。

ため息の原因が分からずダリルは瞬きしてサムソンを窺うが、サムソンも苦笑いするだけだ。

ダリルは二人を気遣う素振りをみせたものの、二人は曖昧な態度をするだけだ。


「そうそう」


ダリルは気を取り直したのか、ごそごそと胸ポケットを探る。


「え?」

「これを渡したかった」


ダリルが差し出したのは、紅玉石で出来た虎の紋章だ。

モレネ国の紋章である虎の紋を、国宝石である紅玉に刻んだものだ。

それは国を背負っている品であると分かるものだ。


「曾祖母の形見の根付けでね。受け取ってくれるかな、ジネヴラ」


ダリルはそれを、ジネヴラに差し出した。


「私、は」

「そして、私に貴方と踊る栄誉をいただけますか?」


流れるように跪くダリルは、ふとカシェルを仰ぎ見た。


「カシェル。貴方はどうなんだ。彼女を誘ったのか?」


ジネヴラははっとした。

カシェルに返事をしていない。

真っ直ぐに向けられた澄んだ青い目と金の目に、青灰色の瞳が揺れる。


「僕は」

「頑張れ」

「うるさいな」

「理不尽」


サムソンがぶたれた頭をさする。

一つ咳払いし、カシェルはダリルに倣ってジネヴラに跪いた。


「ジネヴラ・ヴィッカー。貴方と踊りたい。手をとっていただけるだろうか」






→→→→→ジネヴラの次の行動を、次に表示されている、タイトル名のどれかから選んでください



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