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(カシェル)王子を助ける

小道をまっすぐに進むと老人の言った通り納屋にたどり着く。

家畜小屋として使われていたのか、表には農機具が置かれている。

農機具を置いている妻入の近くに木製の扉があり、言い争う声が聞こえた。

ほんの少し、音を立てないように扉を開き、彼女は中を覗いた。

納屋の中は家畜を数頭飼っていたのだろう仕切りがあり、仕切りの手前にはロープで吊るしている稲藁がある。

布地の上に稲藁を載せて滑車で移動できるような仕組みだろう。

その奥に、二人はいた。


「君は勘違いしている。彼女は私の友達だ」

「友人が色目を使うか。あの女大した役者だぜ。か弱いように見せて男好きのするタイプだろ」

「彼女を侮辱するな」

「お前は女の趣味も悪いもんな。死んだ女ばかり気にかけてるから、アデラにも振られたんだろ」


ダリルは努めて冷静に言葉を選んでいるようだ。

反対にアイザックはダリルを挑発するように不遜な態度を冗長させる。


「あの女も細くて、病弱だかなんだか知らないがお高くとまって、生意気なやつだった。身のほどもわきまえずいきがる奴は、死んで当然だろ」

「なんだと」

「リサだったかな。あいつ、最後は死にたくなかったのか、俺の国の医師を頼る始末だったが。礼儀も弁えない、人を立てようともしない女を助けるわけ無いだろう。バカな女だ。たかが子爵の娘が小国の王子を見くびるからそうなる」


ミノスは小国だが、少数精鋭ながら国の頭脳とも呼ばれる集団が存在する。

アポクリファと呼ばれるその中の一人に、高名な医師がいるのだ。

国内以外の見地がほしくてリサはその医師を頼ったが、断られた。

理由はミノスが関与するある紛争へ苦言を呈した過去があったからだ。


「貴様がモレネの辺境で小競り合いをしていたからだろう!」

「軍事訓練、と言っているだろ。あの女も理解しなかった。頭のいい人間と頭の悪い人間の区別の仕方がわかるか?建設的に物事が考えられるかだ。道徳や訳のわからない理屈など思考を惑わす足枷にしかならない。必要なのは画期的なアイデアだ」

「戦争がアイデアだと?」


徐々にダリルが気色ばんでいく。

反対に、今度はアイザックが理路整然と持論を展開していく。

ジネヴラははらはらとして、手ぶらではいられず近くの農機具(フォーク)を握りしめた。


「我が国は小国だと侮って、胡座をかいているお前達は自分の地位が砂上の楼閣だと理解していない。あの女の抗議は、実際ミノスがモレネにとって脅威だった証拠だ。無能な弱虫どもの遠吠えでしかないが」

「野蛮な。国際社会を知らないのか」

「それは競争社会に疲れ、満たすことと平等とかいう理念にとりつかれたお前達の論理だ。人は競争し奪うことで富んできた。他国を潰し国に取り込めば、その国は豊かになる。征服するからこそ利潤が生まれる。虐げられる人間にばかり構っていたら国は富まない。有能な人間が弱い人間のために搾取されるなど国が衰退するだけだ。競争してこそ国は富む」

「随分片寄った考えだ。人は人を助けるものだ。弱いものは助けるべきだ。搾取することは許されない」

「貧富の差があって、比較することで人より優れ豊かだということが初めてわかったというのに。全てが豊かで賢く満たされるなら、満たされることに気づきもしない。全て平等なら全て淘汰されるということだ。満たされ競争心を失った国は堕落する。お前達のように」


舌戦を繰り広げていた二人が、急に黙った。

アイザック王子の手もとが鈍く光り、刃物が握られている。

小振りのナイフだ。


「俺はな。やりたいようにやる。ミノスを侮ってるものに一泡ふかせてやる。まずはお前だ」


バン、と音を立ててジネヴラは納屋に飛び込んだ。


「お前!」


アイザックがひきつっている。

手にフォークを持った神官が飛び込んできたことで、咄嗟にナイフの切っ先をジネヴラに向けてしまっていた。

驚いたジネヴラがつまづき、フォークを手放したというよりは投げ捨てる形になった。

アイザックに真っ直ぐ飛んでいったフォークはロープをかすって軌道を変え、彼の足元ギリギリに刺さる。


「ジネヴラ!」


ジネヴラが転けそうになったと同時にダリルは走り出し、転んだ彼女を抱き起こした。


「ったく、なんだ。脅かしやがって。くそ、覚悟はできてるんだろうな、女!」


アイザックが怒鳴り付ける。

びり。

怒りと共に地響きさせるかのように足音を立ててダリルとジネヴラに近づく。


「ダリルには怪我を理由にモレネに帰って貰おうかと思ってたんだがなぁ。気が変わった。女を失った傷心で国に帰って貰うことに変更だ!」


あと数歩。

ダリルとジネヴラが膝をついたままで後ろへと逃げるのを、アイザックはネズミでも狩る猫の気持ちで追い詰めていく。

びり、びりびり。


「覚悟はできたか、死オウァ」


ぶち。

どざーーーーーーー、と効果音を立てて、稲藁がアイザックを飲み込む。

ダリルとジネヴラは四つん這いで何とか切妻の入口から、二人は無我夢中で脱出する。


「どうしたんだ。その格好は」

「カシェル様!」


ジネヴラの目に飛び込んできたのは、カシェルとその友のサムソンだ。

ジネヴラは緊張で固まってしまっていた顔を綻ばせる。


「アイザック王子が乱心して、ダリル王子を襲っていたのです」

「なんだと」

「くそ女が、いい加減にしろ!」


アイザックは口汚く罵りながら、納屋から出てきた。

その手に握られた銀の鈍い光をカシェルの眼光が鋭く捉え、外套(マント)の影にジネヴラをかくす。


「ああああああ!」


アイザックはナイフを閃かせる。

カシェルは腰に指した剣を抜くこと無く、彼に向き合う。

アイザックのつき出したナイフを半身をそらしてかわして足をかけ、ナイフをはたきおとす。

転がったアイザックはサムソンに取り押さえられる。


「この場を離れろ。あとは僕たちが何とかする」


カシェルに促され、ダリルとジネヴラは納屋から離れた。

サムソンの巨体に捕らえられ、身動きできない状態になってもアイザックは未だに暴れようと身体を揺さぶっていた。

とはいえサムソンはびくともしない。

カシェルは納屋の農機具の近くから太いロープを引きずり出してアイザックを拘束し、完全に動きを封じた。


そうしてアイザックが連行される様をジネヴラ達は遠目に見送った。

二人は泉水のある庭まで来て、漸く互いの顔を見合わせる。


「なに、君ひどい顔」

「ダリル様こそ」


稲藁の直撃を避けたとはいえ、二人の頭や衣服は藁まみれだった。

一頻り笑って、お腹が苦しくなると無言で息を殺して笑い、漸く落ち着く。


「助かったよ。ありがとう」

「私の方こそ。それに、カシェル様がいなければどうなったか解りませんわ」

「ああ、君の友達にも礼を言わなければね。勲章ものの働きでも涼しい顔でこなしていたから、慣れっこかな」

「カシェル様はとてもストイックですから」


ダリルの青い瞳が細められる。

なにもかも見透かすような優しい顔(で見つめられ、ジネヴラの胸がざわつく。


「ねえ、いつからいたの」

「どうしてそんなことを聞くのです?」

「いや、君の友達と違って、僕はしっかりしていないからね。情けないところを聞かれていたらどうしようかと」


何かを誤魔化すように、ダリルが口籠る。


「ダリル様は情けなくないです」

「私はアデラに振られた、女々しくも初恋をこじらせた男だよ」


リサという子爵令嬢のことだろうか、ジネヴラは納屋で彼が声を荒げた理由が分かった気がした。

だが、アイザック王子のいうように、リサ嬢が愚かな女性だとジネヴラには思えない。


「ダリル様はお優しく、勇敢で曲がったことが嫌いな、気遣いの出来る方です」


ジネヴラの真っ直ぐな感情に、ダリルはまいったな、と頭を抱えた。

ダリルは胸ポケットの中の感触を確かめ、しかしそれを取り出すのをやめた。


「君はーーーーが好きなんだって、わかってはいたけど」

「え?」


小さく呟いたダリルの声が聞き取れず、聞き直したジネヴラにダリルはなんでもない、と返した。


「…ねえ、ジネヴラ。私のことはダリルと呼んで。友達だろう?」

「そんなこと」

「頼むよ」


青い瞳が憂いを帯びて切な気に揺れる。


「ダリ…っ」


ジネヴラが名を呼ぼうとした瞬間、泉水から勢いよく鳥が飛び立った。

尾羽が日に照らされて橙色に染まっている。

同時に、鐘がなる。

夕刻を告げる鐘の音だ。


「もうこんな時間か。君を送っていかなくちゃね」

「本当ですわ。夕刻のお務めに帰らなくては」


ジネヴラは慌てて身形を気にする。

彼女についている稲藁を取り除き、ダリルは胸ポケットを握りしめる。


「助けて貰っておいて、抜け駆けするわけにはいかないよね」


ジネヴラに聞こえないように呟き、ダリルは眩しそうに夕陽を見つめていた。



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