6 金の王子
ダリルは、回廊を歩いていた。
(嫌なものを見た)
招待された時から気乗りではなかったが、一体いつまでここに留められるのか。
そもそも最初に父王からアデラとの政略結婚の話を聞いたときは、妥当だとは思った。
しかし、アデラと顔合わせの時に気乗りしなかったのは確かだ。
確かに、美しい。
だがそれだけで、面白味がない。
少し自慢話なのか、苦労したといいながら幸せそうな話に、執拗な問いかけ。
怒らせようとしているのかと思えば、異様にすり寄ってきて、何故かこちらの出方を伺うような、試されている感覚。
観察されているように思えて、動きにくさを覚えた。
彼女はどうやったら人がどう動くのか、そういうことを頭で考えているというよりは、感覚的に、息を吸うようにやっている。
何をしでかすかわからない、それが不気味に思えて、ダリルは関わりたくないと距離を取った。
その彼女が、どうぞ来てくださいと婚約披露パーティに元婚約者候補を呼んだのだから、正気かと疑ったほどだ。
そうして来てみたら歓待と言いつつ無駄なお披露目会を一週間もかけて執り行うという。
このお披露目会の前にも親密な間柄のみでお茶会を開いていたらしいが、そちらには誘わなくてご免なさいと謝られた。
お披露目会の間に、暗殺未遂があったらしく、捕まった商人が知らぬ存ぜぬで、城内にいるもの全員に容疑がかけられた。
関与がないと潔白が証明されるまで、ダリルをはじめとしたマヨルカ国の周辺諸国の要人達は、帰国できなくなってしまった。
不当な拘束ととらえられてもおかしくない。
この国にいるかぎりは何をしても構わない自由を与えられている。
要人を不当に留める行為に、反発がないわけではないが、今は皆協調を保っている。
ダリルといえば、モレネには六人の王子がいるので、第二王子ということもあって比較的自由にさせて貰える立場で、協調の和を乱すほどの理由もない。
少しでも息抜きに、ダリルは庭の散策をすることにし、アデラ王女とその騎士に出くわしたのだ。
ベッタリと、まるで恋人同士のようにくっつくその様は、婚約者のいる王女とただの騎士には見えなかった。
(まあ、あの入れ込みようなら、ジネヴラとは本当に友人、ということか)
アデラに会ったのはマイナスだが、知った事実はマイナスではないかもしれない。
ダリルはふむ、と顎に手を当てて思案する。
この前会った少女、ジネヴラはよく登城しているらしい。
友人になってくれた少女はどこか儚く、庇護欲をそそる。
かといって彼女が流されやすいかというと、そうでもない性格のようで、一国の王子と友達になろうという中々の気概を持っている。
散策をする理由の半分は、彼女に会えるかもしれないからだ。
会うたびに少し意外な盲点をついてくる彼女は、ダリルにとって新鮮な刺激となっている。
興味と好意の絶妙なバランスだ。
よくわからない滞在期間の延長なのだから、珍しいものを見ていたいというのも、大いなる暇つぶしの一つだと、何処か誤魔化しの入った感情だ。
庭園を目指すダリルの鼓膜に、大きな声が響いた。
意図せず近づくと、それはマヨルカ国の侍従達のようだった。
「全く、ふてぶてしい女だ」
「王女殿下に嫉妬して、ダリル王子に言い寄ってるんだってな」
下卑た笑い声は、野太い男の声だ。
彼らは無責任にも警備の仕事を放棄して、近くの切り株に腰かけている。
「聡明なアデラ王女に対抗しようとしてるんだろ」
「気品から何からかなわねぇっての」
「まずブス。聡明さは言わずもがな、体系も貧弱で、豊満なアデラ王女の圧勝」
「なんでそんな女がアデラ王女にたてつくんだ?」
「宝玉を盗んだ時子供だからって許して貰って、それを逆恨みしてるんだろ?」
「アデラ王女の側近のカシェル様にも言い寄ってる、とんだアバスレだ」
「ああ、それにこの前の暗殺騒ぎ、一枚噛んでるらしいぜ」
「あれだよな、おとなしそうな顔して、やるときはやるんだよな」
細身の男が、一層興奮したように甲高い声ではしゃいだ。
聞くに堪えない話は、どんどんエスカレートしていく。
「それで、今まで城勤めなんてしてなかったのに、急に始めたんだろ」
「色目使うために、大変だな」
「そういや今日も来てただろ。さっき城門で見たぜ」
「あいつ、変わった目の色してたよな」
「そうそう。ヴェールで隠れちゃいるが金色の、薄っ気味悪い目だよ」
「魔女みたいだよなぁ」
「神殿の女なのに?そりゃあいい。頓智が効いてる」
「身の程も知らねぇ、クズ女がなぁ」
彼らの話の種になっているのが、ジネヴラだと知れて、ダリルは全身が震えるのを感じた。
「君らのその根拠の無い噂話は、罪に問われないのかな?」
「なんだぁ、お前…ッ、ダリル王子!!」
細身の男が、血相を変えた。
ひれ伏すように項垂れて、ダリルは冷めた心地がする。
「聡明な王女の部下は、とんだ愚鈍だと国王陛下に進言しておこう。法螺話に夢中で職務怠慢だとね」
蜘蛛の子を散らすように去っていく男たちに、ダリルは深いため息を吐いた。