王子に相談する
金の髪に青い目で見つめられ、なにかもう見透かされているような不思議な気持ちにジネヴラは陥った。
「カシェル様を探しているのです」
「ほら、やっぱり仲良しだ」
「そうではなくて。彼に伝えなければならないことがあるのです。これは、彼の命に関わるから」
どうしてそんなことを口走ってしまったのか、ジネヴラはなぜかダリル王子は信用おけると思えてしまっていた。
ダリルは、ジネヴラの真剣な態度に押されてか、ふむ、と考え込んだ。
「昨日の今日だからね。騎士団も鍛練どころではなく、要人の警備に当たっているだろう。ただ、彼は第一師団だから、その任にはついてない。第一師団は有事の際に自由に動けるよう采配されていたとおもう。しかし大抵の場合、王族の近くに控えている筈じゃないかな」
「アデラ王女のそばにはいらっしゃらなかったのです」
「なら、王様はどうかな。確か彼方の尖塔の警備に数人の第一師団が常駐していたような」
「私、行ってみます!」
「ジネヴラ、王の居住区域は…!」
ダリルを振り切り、ジネヴラは城の庭園を歩く。
白い鳥がジネヴラの上方を、飛んだきがして、思わず、ジネヴラは鳥を追いかけていった。
見覚えのない景色に、どこへいっていいかわからなくなったジネヴラは、思わず茂みにしゃがみこむ。
その近くを、立派なワイン墫を運んでいる給仕が通りすぎた。
預言で見たのと同じタグがついている。
探していたワイン樽だ。
あまり登城しないせいで、どこに居るのかわからない。
隠れた茂みから回廊を覗こうとしたが、葉の上に毛虫が這っているのに、目がいった。
黒茶のトゲトゲとした毛虫だ。
気づかなかったら刺されてしまっていただろう。
毛虫に刺されるのは結構厄介だ。
「ジネヴラ」
「は、はいい!」
驚いて茂みから立ち上がり、その声が求めていた人だと気づいたジネヴラは振り返る。
「カシェル様」
「ここは王の居住スペースだぞ。いくらお前でも入れな…迷ったのか」
カシェルはいつもの青を身に纏っていた。
ただ、その脇にはぬいぐるみを抱えている。
「こ、ここは王様の居住区なのですね」
「ああ。その先からは騎士も常駐している。僕に見つかって良かったな。外に出るぞ」
「あ、あの」
カシェルが手を差し出す。
躊躇うジネヴラにカシェルは片眉をあげて差し出した手を下げた。
「カシェル様は、どうしてここに」
「アデラ王女殿下に頼まれて、陛下に渡すものがある」
「そのぬいぐるみ、ですか?」
「ああ。ドレスと同じ貴重な青玉だから傷をつけてはいけないのだ」
カシェルは訝しみながらも、ジネヴラにぬいぐるみを見せた。
キラリと、青玉が輝く。
ジネヴラの頭に預言の光景が浮かぶ。
先ほどのワイン墫、そして茶色い毛玉。
あの毛玉は、このぬいぐるみと同じ大きさではなかったか。
見つからなかった筈の絨毯は、普段立ち入ることができぬ場所。
おそらく王の居住区の絨毯だ。
カシェルはワインの運搬に関わっていなかった。
毒はワインに入れられたのではないのかもしれない
彼に罪を着せるつもりなら彼に運ばせるだろう。
王の隣には不自然に毛玉が転がっていた。
まるでそれに触れた直後に倒れたように。
ジネヴラは蒼ざめた。
「それを、捨ててもらうことはできませんか」
「さっきから一体どうしたんだ。これは王女殿下の父王への贈り物だぞ」
訴えるも、彼を納得させることが出来ない。
毒がどこに含まれているのか分からなければ、ぬいぐるみに害があることを証明することはできないだろう。
そもそもカシェルが死ぬ可能性があるのに、彼に持たせるなんて彼が死なない保証なんてない筈なのに、王女は躊躇いなく彼を使った。
毒針が仕掛けられているのか、触るだけで毒がまわるのか。
触るだけで毒がまわるなら、アデラは彼が毒に触れないように魔法でもかけたというのか。
何か言葉で誘導したのか。
彼が気にしていたのは。
「…石。石だわ。外せないかしら。ああ、でも周辺もついているかもしれない」
「これは高価な青玉だ。そんなことできるわけ…おい!」
ジネヴラはカシェルの制止を押しきって、ハンカチで青玉を擦った。
それから、葉の上を這う毛虫の上にそのハンカチをかけた。
「ごめんなさい」
ジネヴラはハンカチから顔を背けた。
黒い毛虫は最初ハンカチから抜け出そうとうごめいていたが、やがて動かなくなる。
カシェルが異変を察し慎重にハンカチを避けると、虫は体液を撒き散らして死んでいた。
「これは」
カシェルの顔色が変わる。
「はい。毒です。触れれば皮膚から吸収する」
「毒だと?」
「アデラ様が王様に贈られたのですよね」
「王女殿下はこれを商人から貰ったと言っていた。つまり王女殿下を狙った犯行か。王女殿下が偶然に国王陛下贈ろうとしたことで未遂に終わったということか。これは婚姻の式典を阻む何者かの陰謀かも知れないな」
「カシェル様、あの」
「衛兵。ここにある手巾と、これを回収しろ。この部分を手でふれないようにな。後、このぬいぐるみの宝玉の部分に、毒が仕込まれている。これも手で触れないようにな」
カシェルは誰にも見えないようにジネヴラを茂みの奥のほうへ押し込んだ。
それから衛兵を呼んで、カシェルはてきぱきと証拠を保存するように指示していく。
その手際の良さに、ジネヴラはなにも言えなくなってしまう。
カシェルは王女殿下が狙われていると思ったようだが、アデラ王女自身が親殺しを仕組んだなどと、誰が信じるだろう。
同様に、商人を庇うことはできない。
犯人でないことを知っていても、それを立証できないからだ。
神の預言だなどと、誰が信じてくれるだろう。
「これをもってきた商人を捕まえろ。絹製品の仕立て屋だ。まだ広間で王女と話しているかもしれない」
衛兵に商人を捕まえるように伝えるカシェルは、複雑そうな顔でジネヴラが隠れている茂みを一瞥した。
兵士達が二手に別れて行動を開始すると、カシェルは素早く茂みにいるジネヴラの手を掴んだ。
「ここにいると人目につく。行くぞ」
消えていく小さな影を、カシェルは見送っていた。
それから取って返し、無意識に城内に入っていた。
「ああ、カシェル」
回廊の向こうから、愛しい人が豊かな黒髪を振り乱して駆けてくる。
「王女殿下」
「可愛いあなたは無事なの?ああ、良く顔をみせて頂戴。どこも怪我はない?ああ、毒だったわね、苦しくない?」
カシェルはアデラ王女がこんなに狼狽している姿を見たことがなかった。
「それにしてもなんてことでしょう。暗殺未遂だなんて。ああ、お父様。お父様は無事なの?」
アデラはカシェルの体を撫でる。
柔らかな指と手のひらが、彼女がか弱い女性なのだとカシェルに訴えかけているようだ。
彼女が毒の被害に遭わなくて良かったと、心の底からカシェルは安堵した。
「私の軽率な行動のせいでお父様を危険にするなんて。ああ、私が変わりに危ない目に遭えば良かったのに」
「王女殿下のせいではありません。そんなご自分を責められませんよう」
青ざめて嘆く王女の瞳から、涙が溢れる。
感極まった彼女は両手で自身の体を抱き、ふるふると震えた。
「いいえ、いいえ。私のせいです。お父様に止められたときに、あの商人が怪しいと思えなかった私の責任。可愛いあなたまで危険にさらして」
「王女殿下…僕のこと等、些末なことです」
ほろほろと透明な涙を流し、懇願するようにカシェルにすがる。
気位の高い、強い彼女のそんな姿に、カシェルの心は揺れた。
「ねえ、どうやって触れたら死んでしまうような毒に気づけたの?本当にカシェルは大丈夫なの?今は無事だけれど、ぬか喜びで死んでしまうようなことはない?念のため、お医者様に見てもらって頂戴」
「神に誓って、貴女に誓って触っていません。正直なところ、今回の功労者は僕ではありませんから」
「あら、どなたが?」
「毛虫ですよ。たまたま当たった毛虫が死んでくれたからです」
その時、衛兵の一人が透明な袋にいれた物品を掲げて、カシェルに近づいてきた。
「カシェル様。手巾とぬいぐるみ、回収終了しました」
「あ、ああ。今行く。王女殿下、御前失礼いたします」
カシェルはアデラ王女に頭を下げると、回廊を急ぎ足で駆けていった。
6へ進む→