5 捜索
夢で見たあの預言を頼りに、ジネヴラは行動していた。
あの絨毯の部屋はどこにあるか見当もつかない。
普段からの城勤めを怠ってきたことが悔やまれる。
最初はカシェルを頼ろうかと思ったが、それはやめた。
城に入っても怪しまれないよう、朗詠師で登城する同僚に頼んで、一緒に朗詠の仕事をさせて貰った。
同僚に連れられた部屋であの絨毯見つけることができなかった。
けれど、別のものを見つけた。
ワイン樽だ。
カシェルに、あれを近づけたくはない、近づくなと警告しなければならない。
そのためにはワインの所在を突き止めておかなくては。
ワイン樽を目撃したためにジネヴラは同僚と別れ、ワイン樽の行き先を追っていたところで、王達がアデラ王女の話をしているのを聞いてしまった。
そしてワイン樽を見失ってしまい、現在に至る。
見失ってしまったワイン樽をこのまま探すべきか、カシェルに警告だけでもするべきなのか。
ジネヴラは国政に疎い。
虎がモレネを表していることに気づかなかった程だ。
だから、今回虎と熊と竜の旗が表れたことで、それが何を指すのか神殿の書物で調べた。
熊は、アイザック王子の国、ミノスを表していた。
竜は何処の国の旗にもなかった。
強いていうなら古を表すもの、架空、未知を表すものだろうか。
王様の話は、今朝見せられた預言と重なるものだった。
マヨルカ国は、戦争の危機にさらされている可能性がある。
婿入りしてきたアイザック王子は、モレネ国を攻めたことがあるという。
モレネ国は、マヨルカ国に勝るとも劣らない大国だ。
他国との関係も良好で、同盟を結ぶことで周辺諸国のなかで安定した地位を築いている。
預言はモレネとミノスが争うこと、そこに未知の要素があると意図しているのだろうか。
「ああ。また君に会ったね。ジネヴラ」
「ダリル様」
唐突な呼び掛けはジネヴラの集中を途切れさせた。
金の髪が眩しく煌めく。
目が眩むような思いがして、ジネヴラは礼をしながら後退りする。
「怖がらなくても良いよ。ああ、今日も君の騎士がきて、僕は追い出されちゃうかもね」
「カシェル様は王国の騎士です」
「はは。生真面目だね。言葉のあやだよ。君と彼が仲良しだって言いたかっただけだ」
「仲良し、でしょうか?」
ジネヴラが首を捻ると、ダリルは柔らかに笑んだ。
「少なくとも、私にはそう見えたよ。少し、羨ましかった」
「羨ましい?」
「君は、あの式典でずっと一人、壁際に立っていただろう?きっと私と同じで、人の集まる場所が苦手なんだと思った。私は、人間より本が好きでね」
「ダリル王子もですか?」
「はは、やっぱり同志だったね。声をかけて良かった」
思わず身を乗り出したジネヴラは、自ら墓穴を掘る。
人間嫌いというのは正確ではないが、苦手というのは似たり寄ったりの感情だろう。
行き場をなくすジネヴラに、ダリルは声をあげて笑った。
ジネヴラが赤くなって頬を膨らませると、より一層ツボに入ったらしい。
「でも、君には君を心配してくれる友達がいた。それがね、とても羨ましかったんだ」
友達とはカシェルのことだろうか。
ダリル王子は先ほどまでの爆笑とはまるで真逆の、寂しそうな顔をしていた。
ジネヴラは急いでいる。
ダリル王子に構っている暇はない。
カシェルが王に毒をもったのか、絨毯の赤い染みとグラス。
あれはいつの出来事なのか、早いうちに対処しなければ、もしあれが今日の出来事なら、今日中に対処しなければ間に合わないかもしれない。
けれど、目の前の王子を放っておくなんて、ジネヴラにはできそうもなかった。
カシェルとの出会いは最悪だった。
彼に冤罪を着せられたが、同時に珍しい外見を気味悪がる同僚のいじめにあっていたジネヴラが生き延びれたのは、カシェルのお陰だった。
食事や衣服、必需品を配給されなくて、よもや飢え死にするかというときに、お菓子や衣類をくれたのも、孤独で辛いときに話しかけてくれたのもカシェルだ。
特にヴェールはお守りだ。
外の世界はあれなしには歩けない。
彼は自分が差出人だと分からないようにしていたけれど。
ジネヴラが不在であるのを狙って、部屋に届いているそれ。
一度だけ、お稽古をサボタージュして彼が届けてくれていると知った。
英雄のように。
カシェルが光を与えてくれたように、ジネヴラも誰かの助けになりたい。
誰かに繋いでいける存在になりたい。
「では、私たちも友達になりませんか?」
口にして、相当な不遜だとジネヴラは焦った。
わたわたと空をかいて手を動かし、頭を抱える。
「おこがましいことを。ダリル王子が良ければ、です。」
「いいや。よろしく頼むよ」
ダリルは瞠目して、それから屈託なく破顔した。
そして二人は顔を見合わせ、友人のするように握手をかわした。
「ところで、さっきからうろうろしているようだけど、何をさがしているの?」
→→→→→ジネヴラの次の行動を、次に表示されている、タイトル名のどれかから選んでください