4 騎士
彼女に会ったのはいつのことだっただろう。
アデラ王女の神殿へのご祈祷に付き添ったとき、まだ齢は十ほどだったと思う。
アデラ王女の宝玉が盗まれたのだ。
「あちらに逃げたわ」王女が指差した先に、うろうろしていた少女を捕まえた。
それがジネヴラだった。
少女は朗詠中だったのを、無理に小さな肩を掴んだ。
零れ落ちそうな金の瞳に、柔らかな若草色の髪。
「宝玉を盗んだのはお前か」
引っ込みがつかず、そういった。
「あ、なたは、だれ?」
「第一師団、カシェル・ロイド・イーシュ六等騎士だ」
「カシェ、ルさ、ま」
彼女は舌足らずな様で、カシェルを見上げる。
「此方は朗詠者見習いのジネヴラと申します。アデラ王女様の宝玉に触れることなどあり得ません」
「罪人を庇うのか」
「滅相もございません」
少女をかばうように前へ出たのは、真白の法衣に身を包んだ祭司だ。
「ふん。どうだかな。最近の神殿は躾がなっていないと聞く。その者の身元を改めさせて貰うぞ」
カシェルは、祭司の後ろで小さくなっているジネヴラを一瞥した。
彼女を初めて見たのは、この時ではない。
この金の瞳は、忘れようがない。
言葉はかわしていない。
大祭司につれられて王城に上がっていたことがあり、その珍しい髪と目の色に、心を奪われた。
こんな綺麗な色があるのかと。
カシェルはアデラ王女を崇拝している。
アデラ王女こそが素晴らしいと、思えば胸が苦しくなる。
だが綺麗なものを美しいと思うのは、それとは別だ。
心臓が止まるかと思う衝撃は、別物だ。
その美しい金が、自分を映し出しているのを、それが驚愕に見開かれていることを皮肉に思うと同時に、背筋に走る震え。
きっと彼女は怯えていると、それが胸を刺した。
「ご、めんな、さ、い。わたし」
「ジネヴラ、やってもいない事を謝る必要はないんだよ」
カシェルはもう、彼女が犯人ではないとわかっていても、成り行き任せにするしかなかった。
それからというもの、カシェルは定期的に神殿を訪れている。
彼女が同僚にいじめられて不便にしていると知って、放っておけなくなった。
カシェルが疑いをかけたせいでそうなったのかもしれない。
はじめは詫びのつもりで、偶然を装って菓子を渡した。
そっと足りていない備品を彼女の部屋に差し入れた。
神殿の外に出るときは金の目を隠すヴェールをしていると知ると、ヴェールを差し入れた。
あの美しい金を忌むものに見せる義理もなく、みせたくもない。
そのうちに、あの綺麗な金色を見ると、心が落ち着くのに気づいた。
特に苛立つときなどは、率先して彼女を探した。
昇進試験の前も、アデラ王女の縁談が持ち上がった時も。
彼女の瞳に自分が映れば、それで沸き上がった不安が静まっていくような気になった。
アデラ王女がざわつく恋心なら、ジネヴラは精神安定剤だ。
そのジネヴラも、最近は見ているとざわつく時がある。
先ほども登城している彼女を見つけて声をかけようとしたが、あの王子と一緒に歩いていて、思わず隠れてしまった。
仲が良さそうに笑っていて、とても間には入れないと。
「ああ、カシェル。ここにいたのね」
「アデラ王女殿下」
日の光の眩しさに目を細めるように、カシェルは美しい純白のドレスを纏うアデラをとらえた。
「あなたに頼みたいことがあって」
「何なりとお申し付けください」
「ありがとう。これを届けてほしいのよ」
アデラは熊のぬいぐるみをカシェルに差し出した。
カシェルはそのぬいぐるみを手に取る。
ブルーのリボンのついた、茶色い熊。
瞳には黒曜石を使っているのか、その鼻は青玉を嵌め込んでいた。
「美しいですね。ドレスと同じ石です」
「ドレスのおまけで、結婚の祝いにいただいたの。どうか父上に渡してくださらない?先ほどのお詫びだと。高価なものだから、青玉には触れないように」
「かしこまりました」
カシェルはうやうやしく、アデラの前でひざまづいた。