達成
「ふぅ……さてと」
ミノタウロスは完全に消滅した。もうその脅威はない。
とはいえ、この試験の合格条件は妖精を捕獲することだ。ミノタウロスを倒したところで意味はない。改めて妖精を捕まえる作業に戻らないと。
リーゼたちが一抜けして以降、突破した組はない。まだ間に合うはずだ。
あたりを見回すと床に横たわっているエステルやサシャたちは、未だ眠りの中だ。
俺は木にもたれ掛かっているヴィクティムに近づく。顔色は良くない。
傷口から血が流れ、弱っているように見える。恐らく命に別状はないだろうが、ある程度処置をしておかないと何があるか分からない。
「治癒の魔術は専門外だが……」
俺はそっとヴィクティムの身体に手を翳し、魔術を発動する。
すると、ゆっくりとヴィクティムの傷口は血が止まっていく。顔色も穏やかな物にもどっていく。
リーゼの魔眼なら傷すらなかったことに出来るが、あれは規格外だ。止血程度なら俺でもなんとかできるが、本来は不可能だ。人体を治癒する魔術は今の所発見・開発されていない。
精々できるのは、赤魔術を使用して本人の治癒力の向上や、体力の回復を促進すること。なかなか精度の高い魔力コントロールや理解が必要になるが、まあ俺なら問題ない。
すると、ヴィクティムは眉間に皺をよせ、眩しそうに目を開ける。
「ん……何が……」
目覚めたヴィクティムと、俺は目が合う。
「貴様……いや、それより、あの化物は……」
ヴィクティムは強引に身体を起こし、周囲を見回す。
しかし、ミノタウロスの姿が全く見えないこと、そして俺以外が眠りについていることに首をかしげる。
「貴様……これは一体何があった――ッ!? なんだ、私の傷が……」
ヴィクティムは自分の身体の異変に気が付き、体中をまさぐる。
そして、傷が止血されていることに気がつく。
「……貴様か?」
「いや、俺じゃない。監督官とかじゃないか」
「? ……まあいい。いや、それよりも、ミノタウロスはどうした」
「さあ。みんなが眠った後、そのまま逃げて行ったよ」
「はあ? 意味のわからないことを言うな。私をバカにしているのか?」
ヴィクティムは鋭い眼光で俺を睨む。
とはいえ、こいつにすべてを話してしまうといろいろと都合が悪い。リーゼの耳に入るとまずいしな。とりあえずとぼけるしかない。
「そんなつもりはなよ。……そんなことより、ミノタウロスが来る前に移動した方がいい」
「そうだな…………」
ヴィクティムは眉間に皺をよせ、俺を見つめたまま立ち上がる。
何かを思案しているような表情だ。
「…………貴様……。さっき、黒い剣――」
「なんですか?」
振り返る俺の顔を見て、ヴィクティムは一瞬ピクリと身体を硬直させる。
そして、躊躇うように溜息を吐く。
「…………いや、いい。私の見間違いだろう。夢でもみたか」
そういって、ヴィクティムはぶんぶんと頭を振る。
「とりあえず……感謝だけはしておく」
「はあ。まあいいですよ、何もしてないですし」
「ふん……やっぱり忘れてくれ。きっと夢だろう」
そうして俺たちは手分けして皆を安全なところに移動すると、目覚めるのを待った。
そして全員が目覚め、状況を把握したあと、いよいよ妖精の確保へと行動を開始した。
どういう風の吹きまわしか、ヴィクティムが共同戦線を申し出てきた。もしかすると、怪我がまだ辛いのかもしれない。
◇ ◇ ◇
「エステル!」
「はい!」
エステルの展開した土の牢獄に、妖精が捕捉される。
俺達の土俵に引きずり込んだ。
「おらぁ! 行くぜ!」
ラピはその強化魔術で速度を上昇させると、牢獄の中で妖精と追いかけっこを始める。しかし、ラピの強化魔術は得意属性ではないこともあり、その出力は大分ガバガバで、妖精は過剰反応してより速度を増して逃げる。
だが、逃げる方向さえ調整できれば、あとは簡単だ。
「ヴィクティム、今だ」
「貴様に言われるまでもない。――”ライジングサンダー”」
瞬間、地面から無数の稲妻が舞い上がる。
その稲妻の一部が妖精の羽を掠め、陽性はバランスを崩して地面に落ちていく。
それを、サシャのトラップが絡めとり、完全に捕獲する。
「よっしゃあ、ナイスサシャ!」
ラピは息を荒げて地面に大の字に寝転がり、嬉しそうに笑う。
「凄い、さすがサシャさん!」
「へへ、これで私達も突破ね」
「……ご苦労。まだ万全じゃない私を良くカバーしてくれた」
「はっ、まったく、言い方も可愛くねえなあ」
「なっ!」
ラピはひひひと笑う。
すると、アナウンスが流れる。
『サシャ・リーブが妖精を捕獲。おめでとう、4番手だ』
こうして、どうなるかと思った俺達のグループも、4番手という高順位で試験を突破することが出来たのだった。




