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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
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放課後の苦闘・没

 放課後の井世界にて後輩と無駄話に花を咲かせていたら、突如として全く聞き覚えのない声が割り込んできた。

 俺と小金井は、瞬時に後ろを振り返る。

 声の方向、背後に居たのはトカゲだった。点滴みたいに隣に何かが立っていて、それから伸びる管をトカゲは咥えオエッ

 怪井の情報を僅かでも得ようとまじまじと観察していたら、その容姿に思わず吐きかけた。左手で口を覆い、嘔吐を堪える。小金井は思いがけず目を逸らしていた。バカ、それは悪手だ。基本的に同じ怪井と戦うことのない俺らは、初見で怪異を倒すことが半ば義務化される。となれば得られる情報は多い方が良いし、何より相対した敵から目を逸らすのは死にに行ってるようなものだ。

 しかし、幸いにもトカゲは何もしてこなかった。

 ……トカゲ、と最初に分かったのは何故だろうか。何故、胚から幼体へ成長する過程にあるような見た目のそいつをトカゲだと認識出来たのだろう。小金井が目を背けるのも無理は無い。生物と非生物の境界線にあるような、これから生物になる途上にいるような、薄くピンクがかった乳白色のそれを、直視し続ける方が異常だ。生物であることと非生物であることの同居を、脳が理解して、脳が否定している。あれが生物か否かという問いを放っておけず、答えが出ないことを気持ち悪さとして脳が処理している。

 目に当たる部分の窪みが、こちらを眺め回すようにベッコリと更に凹む。爬虫類特有の鱗が浮かびもしない滑らかな表面からはしっかりと血管が確認でき、その事実が生き物であることを愉快に教えているようで、脳の拒否反応に拍車がかかる。

 何もかもが完全ではない、成り立っていないそいつの口らしい部分がぽっかりと裂ける。何かの管を咥えたまま半開きに動かされる口は、いつか見た発話ロボットみたいにその部分だけが不自然に器用に動く。喋り方を知る筈もない幼体ですらないそいつが、人間の言葉を喋り慣れているみたいに唇を変形させる。


「やあ、突然のことで驚かせてすまないね。

 あれは僕なりのジョークだったんだよ。

 はっはっはっ。

 笑ってくれると嬉しいな。

 人間は出会い方が肝心って言うだろ?

 それと笑いっていうのも大切なんだろ?

 だから僕なりに色々考えてみたんだ。

 良い関係を築いていきたいからね。

 はっはっはっ。

 まあそんなことはどうでも良いや。

 出会い方には早速失敗しちゃったみたいだし。

 本題に入ろう。

 僕は君達に会いに来たんだ。

 君達は井世界部って連中なんだろ?」


 答えるべきか、答えないべきか。一瞬惑い、即座に答えを出す。


「ああ、そうだけど」


 答えると同時に小金井のジャージの左袖を引っ張り、続けて小声で「大丈夫か?」と尋ねる。


「そうなのか!

 それは良かった。

 いやーてっきり僕の声が聞こえてないのかと思ったよ。

 この声も届かないんじゃ意味ないからね。

 自分にしか聞こえない声とかそんなん無意味過ぎるよね。

 本当誰得だよって感じ。」


 ドロドロに溶けたソフビ人形みたいなそいつの声に重ねて小金井が顎を引き、「何ですか?」と囁く。「こいつの相手は俺がするから、小金井は現世に戻って部長に喋る怪井が現れたって連絡を入れてくれ」と、小声で指示を出す。

 小金井の了承を見、溶け切る寸前の蝋人形みたいなそいつの方を向くと薄肌に浮く血管が蠢く。


「君達が井世界部のメンバーで本当に良かったよ。

 ずっと会いたかったんだ。

 ほら、僕ら怪井って喋れないだろ?」


 さらりと自らが怪井であることを胎児の如く丸まったそいつは明かす。

 今更驚きはしないが、やはり喋っていても怪井だったのか。怪井特有の生理的嫌悪を受けるオーラが、頭部が体の半分近くあるそいつからもひしひしと伝わってきたのでそうだとは思っていたが。

 しかし、手足と尻尾の短いそいつが言った通り喋る怪井というのは聞いたこともない。人語は勿論、怪異同士の会話もない。鳴き声はあるけど、自分以外の存在とのコミュニケーションって感じじゃない。

 初めて目にする喋る怪井は続けて話す。


「あとさ、ここから出て行くなら好きに出て行って良いよ?

 別に僕のお喋りに付き合ってもらう義理はないし。

 ここに君達を拘束するつもりもない。

 さっき言ったように僕は会いに来たんだ。

 君達井世界部と友好な関係を築くためにね。」


 気づいてたのか。

 この距離なら聞こえていてもおかしくはないが、そうじゃない場合の別の可能性も考えられる。例えば、心が読めるとか。

 可能性ばかりを考えたって仕方がないので、小金井に井世界を出るように指示する。この場では、現世に緊急の報告をするのが最優先事項だ。次いで、未成熟なこいつを逃さないことだろうか。

 そういう考えから、自分は井世界に残る。

 階段の防火扉から小金井が帰ったのをどういう風にか認識して、未発達なそいつが口を歪ませる。


「あれ?

 良いのかい?

 君は帰らなくて。

 別に良いんだよ?

 僕はまた来るから。

 再三言うけど今日は会いに来ただけだし。

 これ以上は何もないけど。

 もし今のやり取りで信用されてるならありがたいけど。

 でもこっちにも友好的になる為の準備があるからね。

 また日を改めさせてくれるとありがたいかな。

 今日はお暇させて頂くよ。」


 そう言いつつ、水に浸けて孵化させる恐竜の玩具を叩き割った中身みたいなそいつは何もしない。

 無論、ここまで嫌に上手に口元を動かす以外、他に何もしている所を見ていないのだけれど。


「そっちが逃げるつもりなら、井世界部員としてはここで討伐せざるを得ないんだけど」


 包丁を構えつつ、不全体なそいつを睨む。喋る怪井なんて勝手が分からず、調子が狂うがやることは普段とさして変わらない。


「そっかぁ。

 そういう感じかぁ。

 まあそうだよねぇ。

 井世界部だもんねぇ。

 仕方ないよねぇ。

 めんどくさくなるけど致し方ないよねぇ。

 だって君がそうしたんだから。

 君の判断で君が被るんだから。

 僕もこんなことしたくないんだけど。」


 言って。


 聞いて、右腕が目の前を通過した。包丁を握ったまま、綺麗な切断面を見せて、トカゲと自分の間を通り過ぎる。

 あれ? 確か腕って骨が二つあったよな? 尺骨と、後なんだっけ? 骨って硬いよな? 二つもあってこんな綺麗に切れるもんなんだな。

 遅れて、両足のバランスが崩れた所で、漸く腕の痛みがやって来た。痛みと熱が交互に、同時に、痛烈な刺激となって感覚神経を走る。痛いと熱いと、怖いが、脳味噌を瞬く間に埋め尽くす。


「僕はこんなことするつもりなかったんだけど。」


 脳を焼き尽くすような熱信号の中、両足からの悲鳴と共に左腕の軽量を感じる。

 いつの間にか眼前に置かれた床には、墨汁ではない赤い体液が散乱している。床板を赤黒く染め上げるそれは、いつまで経っても大気に溶け出さない。

 習字の時に先生が使う朱色の墨汁ってどこに売ってるんだろ。


「僕じゃなくて君のせいなんだよ?」


 次第に似たような刺激が五個、六個と増え、比較的古い痛覚が鈍る。

 けれど、熱だけは意地悪く居座り、うなされるような高温だけが生きていることを顕著に表す。

 ああ、生きてるってあったかいんだな。

 全身隈なく切り落とされ、五臓六腑の全てがデロリとはみ出る。拾う腕は無かった。気力も無かった。脳味噌は辛うじてあった。

 首と心臓だけは、どうやら無事らしい。傷一つ、何事も無く、綺麗に避けて、切り裂かれた。


「君が選んだんだから僕を恨むのはやめてね。」


 首に触れた冷たい感触を最後に、ヘモグロビンのカーペットが敷かれた校舎は暗転した。

一先ず区切り。続き思いついたら書きます。

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