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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
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難儀な昼3 #壱

 そうこうしているうちに、放課後になってしまった。

 そうこうと言うか、あれから普通に授業を受けて、あっという間に掃除の時間が来ただけなのだけれど。午後の授業でも、10分休みでも、横ちゃんと話す機会は一度も訪れなかっただけなのだけれど。

 ではこのまま今日は掃除をしてこれ以上進展無く帰宅するのみなのかと問われれば、それは違う。

 掃除の場所が一緒だから、話をしようかと思索している。横ちゃんとではなく、水田さんと。

 クラス内で席が近いので、水田さんとは同じ班・同じ掃除場所になっている。どうでも良いが、担当の掃除場所は北西階段だ。

 横ちゃんとは残念ながら今日はもう話せそうにないが、今回の件の主要人物である水田さんとは掃除時間中に話せそうなので、然りげ無く横ちゃんについて聞き出すつもりだ。というか、二人の間にトラブルは無かったと決め込んでいるが、もしかしたら二人にしか分からない何かが試合中にあったのかも知れない。

 教室で各々の机を班員全員が教室後方へ運び終わった後、微妙な距離感で纏って北西階段へと向かう。気まずさを紛らわすように、誰かが水田さんの優勝話を掘り起こす。こういう時に、誰も感じていないであろう居心地の悪さを勝手に感じる辺り自分の性格の悪さが出ている。半年弱同じ教室で学んだ仲なのだから、取り沙汰するような関係性の不恰好さはないだろうに。

 一週間が経ったが、クラスマッチは依然話題に上がる。それは言うまでもなくクラスマッチの熱が冷めやらぬ内、ではなくまだ使用可能なカードの内、だからだろう。話題には消費期限というものがあり、期限切れになる前に切れるカードは切っておくのがベターだ。

 世間話の範疇で誉めそやされた水田さんは、未だに捌き方が分からないようで、「いやいやそんなぁ」と困惑の笑顔を浮かべている。

 ……彼女は横ちゃんのことをどう思っているのだろうか?

 ふと、そう浮かんだ。

 両手を左右に振って、クラスの仲間達が送るマニュアル通りの褒め言葉をやんわりガードしている水田さんは、その困惑の裏で横ちゃんのことを考えているのだろうか。苦笑いと照れ笑いの中間みたいな彼女の横顔を見ながら、ついつい意地の悪い疑問を浮かばせてしまう。

 いつからか私の中に棲み着いた、悪い癖だ。


 掃除用具の入っているロッカーの前に辿り着き、各々で箒を取って階段を下る。

 私はここまで来る途中、ずっと最後尾で適度な距離感を保っていたので、そのままの流れで一番最後に箒を取る。私だって唐井程ではないが、心から友人と呼べるのがすとちゃんオンリーなぐらいにはコミュニケーションが不得意だ。

 開いている灰色のロッカーに残された数本から、まだビニールカバーの禿げていない個体を取り出して階段へと振り向く。

 すると、階段の一歩手前に水田さんが立っていた。下へ下っていく階段の段差を見つめ、こちらに猫背を向けて。肩よりちょっとだけ長い髪が、顎を引いた動作に付いていって前方へと垂れ下がる。

 どうしたのだろう、と近寄って、丁度良いので話しかけてみる。話のきっかけと出だしに迷っていたのだ。


「掃除、しないの?」


 とは言え、私と水田さんの間に会話の履歴があるわけでもなく、私に高度なコミュ力があるわけでもなく。真っ向から俯いてる理由を尋ねる度胸やあけすけさを持ち合わせているわけでもなかったので、裏の質問込みの遠回しな提案をする。

 それに、水田さんが思案するような間を置いてから、小さく唇を動かす。


「ちょっと、鎹井さんに聞きたいことが、ね」


 芯の通っていない不安定な声が、吐かれた台詞に頼りなさを持たらす。

 もう既に私と水田さん以外の班員全員は下階に降りていて、三階踊り場でのこの会話は聞こえていないだろう。水田さんは三階の床に立ちつつ、一段下に移動させた箒の穂先を自分の肩幅という狭い範囲でゆったりと左右に振る。掃除をしている振り、ということではないのだろう。

 水田さんの視線を追ってそれを見、「聞きたいこと?」と続きを促して、階段の反対側から掃き掃除に取り掛かる。中学までは掃除時間中の私語禁止なんてルールがあったが、高校になってからは掃除さえしていれば何も言われない。


「……わ……横田さん、についてなんだけど……」


 水田さんは、私が掃除を始めたのを視界に入れて、身を翻して一段ずつ後ろ向きに掃除しながら下っていく。階段を左右に割って半分ずつ、そこを互いの掃除義務とし(暗黙の了解の内に)、それについて話し合うこともなく揃って掃除している段を一段下げる。先に他の班員が通ってるなら二重に掃除してることにならないか?とツッコまれるかも知れないが、複数人でやる階段掃除とは得てしてそんなもの。二重に掃除する分他の場所より綺麗だと思おう。


「もし私に合わせて“横田さん”て言ってるなら、いつも呼んでるみたいに“わっちん"でも良いよ。私は“横ちゃん”て呼んでるし」

「あぁ、いや、その………。じ、じゃあ、私も横ちゃんって呼ぼう、かな」


 すとちゃん命名の安直な呼び名を強制したつもりはないのだけれど……まあ本人がそれで良いなら構わないか。さしたる問題ではないし、本題はそこではないのだから。

 そう思いつつ、私は一生懸命穂先で撫でていたゴミが校舎に付いている傷跡だと気づく。紛らわしいからワックスで固まったやつとかも一緒くたに消し飛んで欲しい。


「それで、横ちゃんについてっていうのは?」

「うん。その、どんな感じなのかなぁって。最近は話すことも滅多に無くなっちゃったし。私視点じゃなくって、鎹井さんの目? にはどう写ってるんだろうなって。印象はどんな風なんだろうって。な、なんか自分でも何聞きたいのかよく分かんないけどとりあえずは」


 そこで、道が閉ざされたようにブツリと言葉が途切れる。箒の往復運動も階段を下るペースも依然変わることはなく、尻切れトンボな喋り方が通常運転みたいだった。

 しかし、どんな感じ、か。返答に悩みつつ、三階から二階への折り返し地点である踊り場に一段下がる。


「んー、横ちゃんとは今週に入ってからしかちゃんと喋ってないからなぁ。今日初めてお昼一緒に食べたくらいだし。それこそ、私よりもまだ水田さんの方が仲良いんじゃない?私は横ちゃんについて知らない分水田さんが持つ印象を聞きたいなぁ」


 なんて、とぼけてみる。

 と、水田さんの踊り場を掃き掃除していた手が止まった。

 止まって、また動き出した。

 けれど、視線は定まっていない。


「あ、ぃや、その。まあ、ハハハ。そうなんだけど、さ。仲、良かったんだけどね。鎹井さん気づいてなかった?最近私達話してないってこと。てっきり気づいてるからあの子と喋るようになったんだと」


 水田さんの動きが、完全に止まった。

 唯一、唇だけが開いたまま思考のもつれを逃すように動かされる。考えあぐねる脳の命令によって漏れ出す空気には声帯の作る音が乗っておらず、口の形に吐息が吐かれるだけだった。

 数度、唇の開閉が繰り返される。

 見てるだけでもどかしさを伴う光景の前で、彼女の意思が本格的に漏洩するのをただ立ち止まって待つ。

 彼女が一度小さく深呼吸を入れる。口の大きさは変わらず、よく見ていなければ分からない程の狭く深い呼吸を。

 それから分かりやすく口を噤み、意を決したように口を開いた。


「私ね。あの子とは気が合うと思ってたんだ。高校に上がってから同じクラスの日影者同士で友達になって。何をするにも一緒だったから。何かをするにはあの子が丁度良かったから。でもね、やっぱり互いの傷を舐め合うように作った居場所なんて脆いんだ。独りにならない為に身を寄せ合った仲間じゃ、信用に足りないんだよ」


 水田さんは、言い切った。激流のように早口で。清流のように静かに。まるで雪解け水によって増水した幅の広い河川みたいに。荒々しさもなく、淡々ともしていなかった。ただただ言葉に乗る感情のかさだけが増していった。

 言い切って、一つ区切ってから、彼女は最後に続ける。


「だからもう、私とわっちんとは仲良くないから」


 ごめん、それだけ。と言い捨てて、水田さんは階下へと消える。

 呆気に取られる様を体現して、私はしばし踊り場で踊り方をド忘れしたように固まる。時に、知ってるだけだった言葉を体験することで真にその言葉の意味を理解することがあるけれど、私は今まさに“呆気に取られる”の意味を体の芯に沁みるまで理解させられていた。


   ***

 

 掃除を終え、本日の学内活動が全て終了した後。人がまばらに去っていった2-2の教室で一人、暮れゆく太陽の光を浴びながら英語の課題に勤しんでいた。学校公認の部活動もその殆どが帰り支度を始める時間まで居残って、私はノートにペンを歩かせると同時に井世界部の活動も行っていた。毎週水曜日はすとちゃんに先に帰ってもらって、先生の巡回が来るまで怪井の警戒に当たるのが習慣だった。習慣というか、井世界部員としての義務みたいなものだけど。別に朝何時から放課後何時までと活動時間が決められているわけではないのでいつ帰宅しても良いのだけれど、放課後に怪井が現れないとも限らない。流石に毎日居残りはしないが、担当曜日ぐらいは終日目を光らせておくのがせめてもの責任な気がした。

 そんなわけで、たまに校内を歩き回っては教室に戻って課題に取り組む、を繰り返す。

 とどのつまりは、今日出来ることはそれぐらいということだ。件の二人について今日はもう恐らく下校している為、これ以上は進展のさせようがない。


「やっぱり今日中には駄目だったなぁ」


 太陽と月に半分ずつ支配された空に、今日の成果を小さく呟く。

 すっかり疲弊し切った脳味噌で今日を振り返り、今後の方針へと思考を移す。

 しかしながら、疲労困憊でシワが伸び切ったツルツルの脳味噌では、どんなにフル回転させても取り留めのない考え事を次々と生み出すのが関の山だった。

 こういう時は、原点に立ち返って順々に進めた方が良い。この場合の原点は、井世界部とはなんぞや?という所からだろうか。

 そうやって脳に鞭打ち思考を始める。


 まず、私達井世界部の活動目的は、怪井の脅威から学校を守ることだ。

 その中でも、私の属する解消班の活動は、怪井出現の源であるとされる学校にまつわるストレスを解消して怪井出現の予防や再発防止に務めることである。唐井や小金井ちゃんの属する掃討班みたいな、井世界に行って怪井を討伐する派手さは無いけれど、人間関係そのものを相手取って戦うような無茶苦茶な活動内容だ。

 それでも解消班として日々奮闘する中で、ストレスというのは必ずしも根本から解消するものではないということを学んだ。例え原因の解決に至らなくても、上辺だけの取り繕いだとしても、本人や他人が思っているよりも呆気なく抱えているモヤモヤは霧散してしまう。

 だから今回も、他人の逆鱗に触れないように原因の究明だけはするけれど、後はその場しのぎの言葉や対応でやり過ごそうと決めていた。下手な手を打てば事態は悪化する、なんてことは自明の理だ。

 無論、首を突っ込むことで拓ける最善の道があるならそこを通るべきだろう。

 けれど、そんなことはそうそうない上に、大概はクラス内の相関図が劇的に変わるようなリスクを背負う。多数の関係性が生滅することも、多数から強固だと思われていた関係が消滅することも、なるべくなら避けたい事象だ。

 山や海といった大自然に自浄作用があるように、なんだかんだで集団は上手くやっていく。集団としていられるように。

 今回だって、集団内での孤立を発見したから声を掛けた。言い方は悪いが、そういう仕事だったからそうしたわけだ。

 集団内での孤立は、やがて自浄作用による集団からの排除に繋がるから。集団としていられるために。

 “独り”がいては集団とは呼べないから。自然な反応として独りは除外される。

 別に、それに耐えられるなら放っておく。数こそ少ないけれど耐えられる人間は意外といるものだ。耐えるどころか、苦にも思わず、好む者だって世の中にはいる。

 孤独を好んで、慣れているなら、私は話しかけたりしない。

 しかしながら、往々にして人は話しかけてみないと分からないし、何よりも人にくっついて歩く人が独りぼっちに耐えられるようには思えなかった。

 だから、話しかけて仲良くなろうとした。

 孤独というのはそれだけで強い大きなストレスであり、それだけに留まらず他の様々な種類のストレスを生み出し派生していくから。

 それがどうにかなる前に多少強引でも、昼食を一緒に食べる程度の仲にはなっておきたかった。

 そうなってしまえば、後はクラスという集団の自浄作用に狙われることなく、むしろ自浄作用に掬われてどこか適当なところに落ち着くはずだから。

 それまでの、取り急ぎの避難所で終わろうと考えていた。

 それが今日までの私の方針であり、明日以降も変わらない方針だ。

 第一にクラスの吹き溜まりを散らして、第二に横ちゃんと水田さんのストレスに対応。

 纏めると二行で終わることだ。

 しかし水田さんの内面に関しては完全に読み誤っていた。てっきり水田さんは元の友人関係に戻りたいのだと思っていたのだけれど、そうじゃなかった。逃げる横ちゃんを水田さんが追う構図が自分の中で勝手に出来上がっていた。けれども、真相は横ちゃんが水田さんを避けるように、水田さんもまた横ちゃんを嫌っていた。友達と思っていなかった。

 今は両者共に復縁を望んでいない、というのが曇りなき事実らしかった。

 一つ本音を言うなら、元に戻せるなら戻したかった。仲違いをしていたけど仲直りをして今は仲良しです、これが一番丸く収まる最高の方法だ。だから、水田さんが前の状態に戻りたいと思っているならば、まだクラスマッチ以前に戻れる可能性はあった。割くべき労力は考えたくもないけれど。

 しかしながら、仲良くない、と水田さんがただのクラスメイトである私に断言した。赤の他人よりは近くて知人よりは遠い。絶妙な間柄の人間に、一年半も一緒に過ごした人物は友人ではないとキッパリ述べた。そこにはもう、関係を修復する意思は無かった。

 横ちゃんについてももう、普段の態度から考えるに拒絶の姿勢は崩さないだろう。横ちゃんの抱える感情の正体についても、当然ながら掃除時間ではヒントも得られなかった。

 ……まあ、最善の道が断たれただけだ。予想してなかったわけじゃないし、こっちはおまけだ。

 当初の、二人のことは基本二人に任せる方針には変更はない。滅多なことが起きないように原因だけ明確にしたかったけど、水田さんを怒らせてしまっては難しい。横ちゃんに心を開いてもらうのも同じくらい難しい。

 未来永劫、原因を知ることは出来なさそうだな。


 思考を帰結させて、外を眺める。

 教室の窓のアルミサッシに手を置いて、東の夕空に白く映り出した月を眺める。まだまだ昼の暑さがその身に堪える時期だけれど、着実に季節は移り変わってゆくのだと思いを馳せる。

 この前はクラスマッチがあり、そのうち一ヶ月後に控えた文化祭の話が出てくるだろう。

 行事のたびに井世界部も大忙しだ。当日も、準備期間も、今回みたいな後片付けも。


 儚く上る白い月に少しばかり頼りたくなった。

 ………………と、今日の締めをしていると、教室の後方出入り口から人が勢いよく駆け込んできた。

 たった独りで、夜が侵食する時間に、女の子が。

 泣きながら。

 いや、頬を伝わないように瞼で必死に涙を留めて。

 女子の中でも背の低い私よりもさらに小柄な横ちゃんが。

 私を見て、戸惑ったように目を泳がそうとする。

 が、瞳に溜まった水が溢れ出しそうで、視線も顔も不自然に固まっている。眼球に水の居場所を作る為に瞬きすらも惜しんだ眼差しで、不本意にも私と目が合う。


 どうやら締めにはまだ早いらしい。


 私は自分の脳にシワが出来て引き締まるのを感じた。

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