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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
57/61

蛞蝓の雌雄 (#漆)

   ***


「校舎内に、建物の中だけに、雨が降ってた。三階から一階まで、部屋も廊下も隈なく降り続けていた。しとしと、降って。さながら、雨漏りでもしてるかのように。

「井世界の校舎内を軽く調べたけど、怪井は見当たらなかった。だから、降水自体が怪井なんじゃないかと思って攻撃してみたけど、当然のように無意味だった。

「この結果を持ち帰って、当時の部長に相談したら早速、部集会が開かれた。

「けど、誰も心当たりはなく、降雨の異変はしばらく保留・放置されることとなった。

「一ヶ月後、ようやく原因がツムリさんだと断定された。

「なぜ断定できたかというと、ツムリさんがストレスを感じるのと雨の強さがリンクしていたから。ツムリさんが悪口を言っていた相手と会話する時には、豪雨。逆にツムリさんがリラックスしている時には、霧雨。という風に影響を与えていた。

「雨の強さがストレスで変わってるんじゃないかって案は最初から出てた。けど、それが誰かを特定するのに時間がかかってしまった。

「結果、ツムリさんがクラスメイトに対しての溝を明らかにするまで、——言い換えれば、霧雨なんて降らなくなるまで——井世界部は気づくことができず、対処しようが無かった。

「その頃に、ツムリさん本人から、葉加奈井さんに対して、気持ちの吐露があった。クラスメイトが怖い、と。

「葉加奈井さんは、クラスマッチ以降、クラスメイトがツムリさんの悪口でストレス発散していることを知っていた。けれど、ツムリさんがそれに気づいていることは知らなかった。

「ツムリさん側の心情を分かってやれなかった、友達失格だと、葉加奈井さんは悔いていた。

「原因がはっきりしてからは、部長の対応が早かった。校舎内降雨という異常事態を鑑みて、葉加奈井さんを中心とした対処法が組まれた。けれど、大きく見積もっても関わる人数が一クラス分だったので、解決にあたる井世界部員も厳選された。

「だけれど、事態は一向に良くならなかった。現世でなにか重大な事件が起きたわけでも、クラスメイトが露骨に悪口を言い出した訳でも無く。

「ただただ単純に、ツムリさんが発散する以上にストレスは溜まっていった。ツムリさんのなかで、有る事無い事、現実と妄想がごちゃ混ぜになって、無限にストレスを生み出し続けていた。

「言い換えれば、ありきたりな言葉で言ってしまえば、もうすでに、ツムリさんの心は壊れていた。被害妄想の極地であり、周囲の言葉を悪いほうに過大に受け取っていた。ストレスが幻惑を見せ、更にストレスを生む負のループであった。

「もはや、一つの生徒集団の手に負える代物ではなくなっていた。精神科医をはじめとした、専門家や機関に任せるのが現実的だった。

「けれど、葉加奈井さんのそんなアドバイスも、ツムリさんは断固として聞き入れなかった。私はまだ大丈夫、学校に通えているから、と。

「唯一、心を許していた葉加奈井さんの言葉すら、ツムリさんは拒絶し始めていた。

「この件に関わるほとんどの部員が手詰まりを感じ出して、葉加奈井さんだけが必死に声をかけ続けたある時。当時の部長が、とある一つの決断を下した。


 ツムリさんを切ろう、と。



   ***


 小金井が、恐る恐る口を開く。


「え……切るっていうのは……?」


 間井さんが、チラと見やってくる。

 濁すような言い回しをしたから、心配をしてくれているのだろう。


「そのまんまだよ。井世界部の管理下から切る、外す——水耕高校から、退学させるって意味。」


 絶句。

 半開きになった小金井の口は、ぴくりとも動かない。

 間井さんは、目を伏せる。


「……えっ……と、退学させるって、そんなこと、できるんですか?」

「できるよ、そんなに複雑じゃない。生徒は権力なんか持ってないからね。やることはシンプルだ」


 精神的に追い詰めるだけ


 言葉にした瞬間、小金井は机の上に上半身を乗り出してきた。


「正気ですか!!?」

「正気だし、本気だったよ。学校を守るにはそれしか無い。今でもそう思ってる」

「実際に、やったんですか!?」


 これには、諌めるように間井さんが答えた。


「やったよ。井世界部の総意として。あの件に関しては、それ以外に方法がなかったと私も思ってる。ただし、勘違いしてほしくないのはね、小金井くん。あくまでもその方法は最終手段なんだ。井世界部ではもうどうにもできず、手を尽くし切って。だけど学校に被害が出てしまう。このまま怪井を抑えられず、被害が拡大していく一方なら、その根本を断ち切ってしまおうと。そういう方法なんだ」

「怪井って……被害って、その決断をした時点でどれくらいだったんですか?」


 小金井は座り直す。


「一階が完全に浸水。二階は胸のあたりまで雨水が溜まってた。これは一ヶ月の調査中に分かってたことなんだけど、雨水は消えずに溜まっていく仕組みだったんだ。窓ガラスを割って時折り水を抜いていたけど、それができるのも他の怪井が出現して修復の見込みが立つときだけ。

 それに多分、部長的に一番大きな理由は、現世にも影響が出始めていたこと。現世の校舎の至る所で、不自然な雨漏りや水のシミが目立つようになった。不信に思った学校側によって、水道業者の点検なんかも入ったけど、やはり原因不明。怪井による被害で間違いなかった」

「肝心の怪井の正体、居場所は分かったんですか?」

「いいや、分からなかった。だから、根本を取り除くしか無かったんだ」


 それしかなかった

 他にやりようが無かった

 仕方なかった


 そんな妥協と取れる言葉を——理由を幾つも並べられて、小金井はようやく納得したようだった。


「……葉加奈井さんは、今の小金井みたいに最後まで反対意見を出してたよ。「まだできることはある、やれることをやり切ってからでも遅くはない」って。部長に、ずっと提言していた」


 確か昔に聞いた間井さんの話だと……部長に直談判までしてたんだっけな……


「だけど最終的には、部長によって井世界部全体へ、ツムリさんを自主退学に追い込むという連絡が為された。

 ……それからは地獄だった。悪口を助長するような噂を流したり、本人に聞こえるところでツムリさんについて話したり、ツムリさんを一人ぼっちにしたり……直接的なことは何もせずとも、あとは本人が勝手に悪いほうへ悪いほうへ考えてくれるから。井世界部は背中を押すだけで良かった。

 それでも、そんな地獄でも、ツムリさんは一週間は学校に来つづけた」

「一週間……」

「あの一週間は、その前の一ヶ月の調査期間よりも長く感じた。いつ終わるのかも分からず、永遠に続くような気さえした。ツムリさんを無視し続けた葉加奈井さんも、もう…………」


 自然、口を閉ざしてしまった。

 葉加奈井さんも限界だった。あの時を思い出して喉が狭まり、言葉が詰まる。

 押し黙ってしまった自分を引き継ぐように、間井さんが語る。


「あの日——都武利さんが来た最後の日、ひとりぼっちにして一週間が経った日——、遂に、決定的な怪井が出た

 ——それで良いよね? 唐井くん。」


 雰囲気が変わって、間井さんの優しくも威圧的な言葉に、小金井が怪訝そうな目で見てくる。


「もう良いんじゃないかな、あの日の真実を教えてくれても。小金井くんに説明するとね、井世界部としてはあの件、怪井は自然消滅したことになってるんだ。都武利さんが不登校になって以降、ぱったりと雨は止んで、微弱なアラートも鳴らなくなった。溜まっていた雨水もいつの間にか蒸発していて、全てが元通りになっていた。その理由はきっと、原因たる本人が学校に来なくなったから。そう結論づけたんだ。

 だけど、()()()()()()()()んだよ。小金井くんなら分かるよね?」

「怪井は、その発生こそストレスを原因とするけど、発生以降はストレスとの因果関係が切れる、ってことですか?」

「そう。怪井はその瞬間のストレスを切り取って発生するものだから、たとえ発生原因となったストレスを解消しても、討伐しない限りは居残り続けるはずなんだよ。勿論、井世界については知らないことだらけだから、今回は例外なのかもしれない。

 なんだけど、その怪井とストレスの関係を考慮すると、ずっと降っていた雨について一つ分かる事実があるんだ。雨の強度と都武利さんの受容ストレスがずっと連動していたこと、これは普通ならあり得ない現象だ。怪井とストレスの因果関係が切れていない、ということになる。

 ただもし、小金井くんの言ってくれた法則に当てはめるなら、雨が降る間ずっと、怪井は発生中——生まれている最中だった——ということになる。

 これなら、ずっと中途半端な、微弱なアラートだったことも頷ける。怪井の発生そのものが中途だったから、アラートも半端になっていた」


 一つ間を置いて、間井さんは続ける。


「話を戻すと、怪井は討伐せずに勝手に消えてくれるものではない。その上で、発生の最中だったはずなんだ。

 確かにあの日、掃討班も解消班も、誰一人としてアラートを感知しなかった。あの日以降については、都武利さんが登校してないから怪井は発生しようがない。

 だけれど、——たった一人だけ——唐井くんだけが、あの日になぜか井世界に行ってるんだ。

 なぜか、アラートも鳴っていないのに、井世界からゲートを開いて出てきた。そして、私が問いただしても「怪井はいなかった」と一点張りを続けている」

「当時の部長や他の人は何も言わなかったんですか?」

「言ったよ。詰問だった。みんなで問い詰めた。何があったのか、どうして隠すのか。後日、部長の指示で複数人は井世界まで探索に行ったけど、何もそれらしい怪井は見当たらなかった。

 畢竟、最後まで唐井くんは口を割らなかった。最後は部長が根負けして、他の部員も詮索を諦めた。

 ……ただまあ、なんで隠すのかについては、私はなんとなく分かってるつもりだよ。唐井くん、葉加奈井さんのこと尊敬してたでしょ?」


 沈黙で返す。


友達(ツムリさん)のために部長に意見していたとは言え、葉加奈井さんは最後にはしっかり井世界部に従った。自分の失態という自責があったことは想像に難くない。

 ……唐井くん、もう時効だよ。守りたいものがあるのは結構だ。部長もそれが分かってたから、最後には折れて君の意見を尊重してくれた。だけどもう、それも終わりだ。私たちにも知る権利があるはずだ。

 あの日、井世界で何があって、何をしたのか、話してくれないか?」


 間井さんが小金井の相談に立ち合った本当の理由は、これか。

 一通り悩み、悩み抜いた末に、口を動かす。


「………………

 ……部長が“ツムリさんを退学させる”って指令を出して、部員が従ってから五日目のあの日、直感的に、「今日は怪井の本体が出る」そう思ったんです。だから、その日は朝から井世界に張り込んでました。三年生の教室がある三階を中心に、ずっと警戒していました。

 したら、放課後に、遂に悪寒が走りました————

 ……

 間井さん、水耕高校って貯水槽ありましたっけ?」

「貯水槽? ちゃんと確認したことはないけど、学校だし、あるんじゃないの?」


 この先の話に関係あることを信じてか、間井さんは答えてくれる。


「正解を言うと、あります。ただ、重要なのは有るか否かではなくて、曖昧な認識だということです。

 みんな、その程度の認識なんです。貯水槽が有るとか無いとか、気にしたこともない。有っても無くても気にならない、分からない。

 だから、一ヶ月間、井世界部が隅々まで探しても見つけられなかった。生まれている最中とは言え、微弱なアラートが鳴っているのに、影も形も見当たらない。

 それは、完全に景色と同化していたから。

 知ってました? 間井さん。

 雨が降る前と、降ってる間。

 降ってる間と、降りやんだ後で。

 貯水槽の数が一つ、増減してるんですよ」


   ***

そこそこどうでもいいかもしれない補足

・ツムリさんを切る選択は、この先の更なる被害を防ぐためのものであり、現在の状況を0に戻すためのものではない。

……ということにしておいて下さい。

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