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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
54/61

傘から、雨が滴り落ちる #陸

だいぶ期間が空いてしまいました。m(_ _)m


長くなってしまったので次話と分けました。

よって、続けて読むことをお勧め致します。

(現世、人面ゴブリンが出現する少し前。)



 第一体育館の開きっぱなしの重い引き戸をくぐったワタシたちは、入ってすぐの壁ぎわで呆然と立ち尽くしていた。

 これから先生方による事前情報なしの出し物が始まろうという頃。友達と二人で席を確保する為に早めに体育館に来たのだけれど、敷き詰めるように並べられたパイプ椅子はもう既に半分以上が埋まっている。


「うわー、後ろしか空いてないね」

「どうする、はっすー? できるだけ前の方に座る? いっそ立ち見でも良いけど」

 

 パイプ椅子の無い、ステージ向かって左右の通路として使われている空間を指差して、友人は言う。

 確かに、出し物が始まれば立ち見可能って朝に先生が言ってたけど……


「まだ休憩時間で人通り多いし、端っこ前は逆にステージ上見えずらいと思うよ」


 納得した友人を連れて、グループ間の謎の非隣接により生まれた隙間の二席に腰を落ち着ける。

 ワタシたちが出入り口付近で横着していた時も、ぞろぞろ人が入ってきていて(主に本校生徒)、座った今もどんどん席は埋まっていっている。

 去年は有志で演劇をやったらしいから、それでみんな興味あるんだろうなぁ。

 先生方のラプンツェル、かなりの好評だったと()の部活でも先輩から聞くほどだ。

 無論、ワタシが観覧しに来たのは興味というのも多少はあるけれど、最大の理由は井世界部のほうで見過ごせない情報が共有されたからである。

 ギャラリーの遮光カーテンが閉められ、天井の電気が一部を残して消される。もうすぐ開演のようだ。

 話し声で賑やかだった体育館に静寂が訪れる。

 トントン キィーン

 と、マイクの電源を確認する音が耳に襲来した。

 謎の緊張からパイプ椅子に深く座り直していると、そのタイミングで、前方の巨大なスピーカーから放送委員のハキハキとした声が鳴った。


「長らくお待たせ致しました。続いては、水耕高校の先生方による発表で——


 放送を聞くために、第一体育館がシンと耳を澄ます。


——演目は、ダンスです」


 途端にざわめきが広がる。

 え、ダンスってなに? 先生たち踊るの?

 だれせんせーが踊んのかな? ウチらの担任だったら笑っちゃう

 えー動画撮ろー あとで当番中のみんなに見せないと

 あちらこちらから沸いた色々の声は、ギィギィという年季の入った緞帳が引き上がる音に黙らせられる。

 ステージの真ん中から徐々に、八人の先生がライトに照らされた状態で登場する。壇上を広く使うためか、前と後ろの四人ずつに別れて、前後が重ならないようなフォーメーションをとっている。

 ガシャンと緞帳が上がり切った瞬間、それまでクスクス笑いだったのが、爆笑に変わった。先生方の身なりが、右から左まで全員が顔にはサングラス、両手には蛍光色の軍手、そして上下には統一感のないジャージだったからだ。

 先生たちの一生懸命ふざけてる感が垣間見えて、微笑ましくて、それが先生のイメージとのギャップで余計に面白く感じられた。

 元気で明るい曲がかかり、やや息を揃えて踊り始める。右手と左腿を上げて片足で跳ね、今度は逆の手足で同じ仕草をし、その場で跳ねる。

 序盤からかなりハードな振り付けだなぁ

 しばらくすると曲調が比較的おとなしくなって、足踏みの振り付けと共に先生たちは、辿々しい様子で前後列を入れ替える。きっと少ない練習の機会に頑張って合わせたのだろう。

 ……子供のお遊戯会を見てる時の親の気持ちってこんな感じなのだろうか?

 親心の一角(いっかく)を理解しつつ観覧していると、前に出てきた列の中に、檻多田先生らしき人を見つけた。距離が遠い上に、先生はみんなサングラスをしているから分かりにくいが、前列の右端は確かに檻多田先生だ。

 ワタシがこの発表を見に来た最大の理由は、これである。事前に井世界部で、「檻多田先生が先生方のステージ発表に参加するかも」という噂が共有されていたので、他を差し置いてでも先生方の発表を見に来ざるをえなかった。おそらく他の二年生の解消班も、同じ理由でこの第一体育館に集まっているはずだ。

 曲調が元気溌剌なものに戻り、先生たちはこのダンスの(サビ)と思われる、冒頭で踊った振り付けをくり返す。冒頭とは、前後が入れ替わったフォーメーションで。

 お猿さんの真似をするみたいに手足を動かして、片足で軽くジャンプ、着地——の刹那、檻多田先生は足首を嫌な方向に捻った。苦痛に顔を歪めながら前方へと倒れていき、抵抗する間も無くステージ上から落下する。


 ダダンッ!!!!


 体をステージの角に打つ音と、床に打ち身する音が連続して響く。

 観覧席の最前列より、女の子の悲鳴が幾つか上がる。


 ちょっとこれは予想しようが無かった


 予想できないから、防ぐこともできない。完全な事故だ。

 ワタシは、これから起きる出来事を予見し、額に冷や汗を掻かせた。






 瞬く間に、体育館中にどよめきが走る。方々(ほうぼう)から上がる話し声に乗じて、友達も話しかけてきた。


「うっわー、大丈夫かなぁ、檻多田先生」

「どうだろうね、見間違いじゃないなら顔から行ったように見えたし」


 そう返しつつ、前方で立ち上がった連中を見やる。なにやら檻多田先生の様子を見に行くらしい。

 彼女らはパイプ椅子のエリアを抜け、立ち見エリアの人々の間を縫うように進む。その間も、陽気なダンスミュージックが止まることはない。檻多田先生の(もと)へと急ぐ彼女らを目で追っていると——やはりと言うべきか——ワタシは、彼女らがポケットからスマホを取り出すのを目撃した。

 ステージ手前の落下現場に辿り着くなり、彼女らはスマホをやや下方へと向ける。ワタシがいる位置からでは檻多田先生が視認できないが、恐らく檻多田先生を撮影しているのだろう。

 彼女らを筆頭に、野次馬たちが続々と集まってくる。主に二年生の女の子だが、他学年や男の子、他校の生徒も、その中に混じる。

 先生たちはどうしたのか、とステージ上に視線を移動すると、他の先生方は楽しげな音楽に合わせて小さく踊っていた。音楽が途切れないので止めるに止められず遠慮がちに踊っている、といった様子だ。

 体育館中に響き続ける愉快な音楽は背景音楽となって、ライトアップされたステージとは正反対に、全消灯された観客席は暗い。

 暗い中で、幾つかの四角いブルーライトだけがくっきりと浮かび上がっている。

 果てしなく滑稽な景色である。

 その後すぐに、ステージ手前の左側から担架を持った複数の男の先生が登場した。その中には生活指導の教員がいて、野次馬根性を発揮した生徒らを厳しく叱責する。一般の来客、つまるところ親の目も憚らずに。


「お前らは自分が良ければそれで良いのかっ!! なぁっ!! 自分と友達が大丈夫なら他はぜんぶ無関係か?!! こんなこと言いたくないがなっ!! 人としてどうかと思うぞっ!! おいっ! そこっ!! いつまでいじってんだスマホっ!! ここにいる奴ら全員没収だからなっ!!」


 生活指導の先生が怒り心頭に発した顔で、事故現場に集まっていた生徒のスマホを回収していく。他校の生徒からもスマホを取り上げて、今日帰る時に職員室に寄るよう言いつける。

 途中で、その集団の後ろのほうにいた生徒がスマホの回収前にこっそりと逃げ出そうとしたことで、説教は延長された。

 激昂する生活指導担当の後ろで、檻多田先生は男の教師二人に担架で担がれて、体育館の左横にある非常口から出ていく。

 左へと視線を動かした流れで、ふと、放送席に間井さんを見つけた。放送席には他に、放送委員と思われる女の子が一人だけいて、彼女は次々と変わりゆく状況に、ただただ茫然としていた。ジャージからして一年生だろう、トラブルに慣れていないに違いない。

 間井さんは、頭がパンクしてそうな彼女の肩に手を置き、何か言ってから、大きな放送機材を触り始める。直ぐに一年生の彼女が走り出したことで、間井さんが彼女に何か指示を出したのだと分かる。そのうちに、間井さんによって元気いっぱいの曲が止み、走っていった彼女のおかげか照明が全て点く。

 激しく目眩のするなか、 ゾクリ と悪寒が。

 あーあ 予想通り発生したよ

 たぶん、生徒のほうかな。檻多田先生とは距離が離れているから。

 虹彩が光の量を調整し終えて、視界が晴れる。ステージ正面では、生活指導の教員が最後に言い聞かせるような言葉を怒鳴っている。のち——この周囲の環境変化を区切りとしたのかは分からないが——、生活指導の教員は最後に一言、吐き捨ててから去っていった。

 野次馬たちが解散した後も、体育館は全員が路頭に迷ったかのように騒がしい。とっくにダンスをやめていた先生方も、今はステージの下へ降りてきている。

 喧騒の絶えぬそこへ、生徒会長の間井さんが、放送によって場を落ち着かせる。


「教員による出し物はトラブルにより中止と致します。楽しみにしていた方々には申し訳ございません。次の出し物はパンフレットのスケジュール通りに始めます。前倒しということはありませんので、そちらも是非、よろしくお願いします」


 体育館内は一層さわがしくなったものの、混乱は無くなった。様々な話し声が充満し、時間が空いたことで、第一体育館から校舎へと去っていく人の流れができる。

 ワタシと友達もその人の列に混ざって、一旦は、校舎で何しようかと会話を弾ませる。

 しかしながら、渡り廊下と道路が交わる十字路である所の、渡り廊下の切れ目に差し掛かった際に、癖のように屋外を見やると。グラウンドへと続くアスファルトの上に、檻多田先生と他二名の教師を発見した。

 彼らは、道路に接する建物、舌耕館(ぜっこうかん)に入っていく。

 ワタシは友達へ突然に頭を下げ、無理を言って少しの間、別行動をとることを許してもらう。

 友達の渋々の承諾をしっかりと聞き、体の向きを変えて、内履きのまま屋外のアスファルトを踏む。

 今このタイミングしかない。ワタシが部長から任命された役割を活かし、全うするには。

 檻多田先生の心が弱って、生徒の目から外れるここしかない。

 予測可能な事態を防ぐことは無理だろうが、そこから悪化させないことは出来るはずだ。


 歩き出し、檻多田先生を追って、ワタシは何故か、昨日の檻多田先生との会話を思い出していた————

 




「あの、檻多田先生ってなんで教師になろうって思ったんですか?」


 昨日(さくじつ)、金曜日の昼下がり。文化祭準備で水耕高校がてんやわんやしている最中。校舎の離れにある筆耕館に着いたワタシは、一階の倉庫部屋を開けながら、檻多田先生に何気ない会話を振っていた。

 ここへは、クラス出し物で使う店頭宣伝用の三角看板を探す目的で来ている。檻多田先生とは見回り巡回中のところ遭遇して、その足で一緒に探す為に着いてきてもらった。丁度、見回りを交代するところだったらしいので良かった。

 埃っぽくてカビ臭い室内の照明を点ける。点滅し、明るく露わになった倉庫内は、文化祭に限らず、体育祭やクラスマッチ、卒業式など学校行事で使用するのであろう、ある意味でイベントグッズが、大量の段ボールに入れられた状態でそこかしこに山積みにされていた。


「この中から探し出すのは骨が折れるな。よし、俺は奥のほうから探してみるよ」

 

 言うなり、檻多田先生は部屋の左奥へと足を運ぶ。ワタシは右の手前から探していくことにした。

 部屋には、段ボールのほかにクリアケースや金属の棚があって、そういうケース類に入らない物は、立て掛けるなり棚の隙間に入れられるなりしてあった。

 段ボールを開けて、ケースを引っ張り出して、棚の隙間を覗き込んで、etc..虱潰しに探していく。

 そろそろ、どの棚にどういう物を収納しているのか、大凡の配置傾向が掴め始めた頃。沈黙に耐えかねたのか、先生がかなり遅れて先の質問に回答した。


「先生なぁ、自分で言うのもなんだけど、サッカーの強豪校にいてさ。体育会系って感じで、割と上下関係も厳しかったんだよ。学年はもちろんそうだし、実力でも上の者が下の者に理不尽を課すことは多々あった」


 そうだったんですかと相槌を返しつつ、しかしお互いに背を向けて、作業の手は止めない。


「それを……伝統っていう風には言いたくないけど、そういう悪しき伝統は、散々それに苦しめられてきた自分たちが上級生になっても繰り返されたんだ。同級生も後輩も、あとは先輩にもいたな。部活内の嫌がらせが原因で辞めていった人。心が病んで、萎縮して、本来の実力が出せなくて、練習に身も入らなくてなって、それでまた鬱気味になって…………負のスパイラルだよ、ほんと」


 淡々と、言葉がスラスラと、先生の口から流れる。


「俺は幸い、底抜けに自分に自信があったから、追い込まれるほど思い詰めることはなかったんだけど、仲間とか友達が劣等感で辞めていくのが心底いやだった。他人からの圧力で自分が悪いんだと思って、自責の念とか、自己嫌悪とか、劣等感に苛まれていくのは、本当に、本当に見てて辛かった」


 きっと、普段から檻多田先生は思い出していることなのだろう。


「あの当時、励ましたり口を挟んだり、出来ることはしてみたつもりだけど、結局、何も……誰も変えられなかった。

 だから、そういうのを無くしたくて教師になったんだ。教師だからこそできることが、絶対にあるはずだと思って」


 檻多田先生は、続ける。


「学校はいっぱいの人がいて、いろんな上下の関係や、優劣が浮き彫りになる。けど、人を見下して楽しむところじゃない。切磋琢磨して、讃え、支え合う場所なんだって、そう学んで欲しい」


 芯の通った声が静かに、倉庫に響く。

 すぐさま檻多田先生は照れたように、「こんなん生徒に聞かせることじゃないよな、ハハハ」と頭を掻く。

 その後ろ姿を見つめていると、檻多田先生が声を上げた。


「あ、三角看板ってこれか? あったぞ」


 振り向いて、手に持っていたのは、まさしく店頭に設置するに相応しい自立する三角の看板だった。


「あ、それです。生徒会に言われて、ちょっと半信半疑で探してたので見つかって良かったです」

「普通、学校にあるものじゃないからなぁ。いつかの文化祭で使ったのを置いといてくれたんだろう」


 渡された三角看板を両手で受け取り、出入り口に向かう。


「ありがとうございます。すみません、急に付き合わせてしまって」

「いいんだよ。生徒は先生に頼るもんだ」





————

本文中で明言していなかった今話の怪井発生要因ストレスについてですが、複数あって複雑なので説明が多くなると思い、あえて明言を避けてしまいました。モヤっとさせていたら申し訳ないです。m(_ _)m

以下、説明です。

怪井発生要因は、まず第一に元から檻多田先生を嫌っていた人達による嫌悪感、第二に先生たちのダンス楽しんでいた人達による発表が台無しにされたことに対しての怒り、第三に生活指導教諭に怒鳴られていた生徒による筋違いな恨み、第四に事故の現場を目撃したことそれ自体に対するストレス…となります。

ここまで複数の要因があると怪井をパッチワーク状のツギハギ模様にしようかという案もあったのですが、土台はやっぱり一個目の単純なヘイトなので、顔だけ檻多田先生の怪井となりました。

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