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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
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難儀な昼2 #壱


 先々週に夏休みが明けて、その一週間後。

 先週の水曜日と木曜日に二日間に渡ってクラスマッチが開催された。クラスマッチ、他には球技大会なんて呼ばれる謂わばクラス毎に一つのチームとなって各スポーツで競い合う学校行事。学校によってはクラスマッチの代わりに体育祭をやるらしいけれど、我らが水耕高校はイベントも学業も部活動も立派に務めてこその高校生だということで、クラスマッチと体育祭の両方が毎年開催されている。年によっては連日開催で一週間丸々授業がないんだとか。なんというか、教師陣や過去の先輩方に失礼ではあるが、アホなのかと一言言いたくなる。年間の行事予定を立てる際にそうせざるを得なかったとは言え、一週間勉学を休業にしてでも体育祭とクラスマッチの両刀を貫くのは流石に突っ込まざるを得ない。何がなんでも守るような伝統でもないだろう。

 そんな、水耕高校において学業よりも優先される行事で今年、私の所属する2年2組は卓球女子の種目で優勝を果たし、全競技の総合では3位入賞という優秀な成績を収めた。とてもおめでたい。第一体育館で成績発表時に呼ばれて大騒ぎし、三階の教室に着いからまた大はしゃぎした。男子の何人かは上裸になってクラスtシャツを振り回し、教室前廊下を見回りしていた数学教師に怒鳴られていた。狂喜乱舞という四字熟語が当て嵌まり過ぎるレベルには狂っていたので当たり前と言えば当たり前の顛末だったが、雷が落ちてからは歓喜乱舞レベルには落ち着いていた。1位2位が3年生でかつ、クラス一丸となって優勝を目指していたわけでもない状況での3位入賞だったので、ネジが外れた喜び様も仕方ないと思うけれど。2-2の異常な盛り上がりはクラスの思わぬ入賞もそうだが、何より3位入賞に最も貢献して最も意外性の高かった女子卓球の影響が大きかった。クラス内でも目立つようなタイプではない水田さんと横ちゃんのペアが予期せぬ伏兵として、2年2組を熱狂させた。自分の部活と同じスポーツには出れないクラスマッチにおいて、以前までその競技をやっていた元部というのは大きなアドバンテージになる。ただ運動神経が良くてどんな競技でもそつなくこなす素人達とその競技に浅くとも打ち込んできた経験者では圧倒的にその種目への順応性や理解度が異なる。彼女達は高校に上がると共に卓球を引退していた。何故去年は卓球競技に出場していなかったのか分からないけれど、今年は卓球引退者という利点が活きたというわけだ。クラスの誰も彼女達が経験者であることを知らなかったから大いに沸いて、偶然にも彼女達の選出を決めた委員は感謝の嵐を受けていた。

 しかし、クラス全体を巻き込んだ嵐のど真ん中、水田さんと横ちゃんはどこかぎこちなさそうだった。具体的に何がと訊かれても返答に困るし、その時は注目を浴びるのが苦手そうな二人だから集まる感謝感激に照れや戸惑いを隠せなくなっているのだろうと深く考えることはしなかった。そのぐらい、普段は日陰で穏やかに暮らしている人間が時たま日光に照らされることぐらい、よくあることだろうと。


 けれど。


 その後。一週間後の水曜日、今日に至るまで。彼女達が以前のように会話を交わすことは一度たりとて無かった。



   ***


 お昼休みに栄養を摂取し、更に食後の運動まで重ねた人種には寝るなという方が難しい昼下がり。数人がうつらうつらとしつつも必死に古文の小テストへと立ち向かう最中、クラスマッチのテニス競技で3位を獲得した男子が既に斜め前方の席にて眠気に不戦敗をかましていた。それを一瞥して、指定の席に座する大半のクラスメイト同様、昼休みに復習した内容を紙の上に書き込んでいく。

 思っていた通りだな、と一通り解き終わった問題を眺め、シャーペンを回しながら思案する。

 いや、別に古文の和訳が上手くいったわけではない。昼食休憩時の横ちゃんの反応を思い出して予想的中と思っただけだ。

 古典の授業開始時に毎回用意される5分間の小テスト。その残り時間が3分も余っているので、井世界部の活動に脳の活動を割くことにした。


 横ちゃん、そして水田さんについて。夏休みが8月中頃に明けて、それから二週間もしない内に開催されたクラスマッチ。そこで何かが起きたんだろうな、と大方の予想はついていた。その考察を視聴覚室での石像化が奇しくも確信に変えた。すとちゃんには感謝である。

 ただ、何があったのかまでは分からなかった。喧嘩や言い争いがあったとは人伝にも聞いていないし、私自身女子卓球の試合は近くで見学していたので、二者間での試合後のトラブルの線は無いだろう。二人にしか察せられない互いの空気があるなら別かもしれないけど。また、二人の歪な関係は表彰式の直後から目にすることができたので、その日の放課後以降に通話か何かでトラブルがあった線も考え難い。

 卓球で優勝して、その直後どんな心変わりがあって水田さん、水田守代みずた まもよさんと距離を置くことになったのか。そこが分からない。

 距離を置く、なんて柔らかい言い方をしたが、今までほぼずっと一緒に行動してきた彼女達がクラスマッチ以降会話すら碌にしていない状態は、側から見れば離別や絶縁に近かった。移動教室や委員会集会など、どこに行くにしても同じ所属じゃなくとも常に行動を共にしていたペアが、バラバラに行動するようになったのは見過ごせない問題だった。

 その上、それは特に横ちゃんから始めたようにも見えた。横ちゃんが何をするにしても一人でいるようになった。孤独を選んでいるような素振りが見えた。

 対して水田さんはというと。クラスマッチ効果で未だに人に囲まれて、他人の温もりには困ってなさそうだった。と言うよりかは、あれから一週間も経っているのでそろそろ新しいグループの輪を築きつつあった。今までクラスにあった繋がりとは別のグループを、クラスマッチをきっかけに作り始めていた。どうやらコミュニケーションに苦手意識があるだけで、コミュニケーション能力自体は普通にあるらしかった。


 横ちゃん側に関して。無難な所で推察するなら、嫉妬になるのだろう。クラスマッチでいつもの仲良し二人組で優勝→相方の方がノリが良くて皆に話しかけられる→孤独感と羨望のオンパレード→なんで私だけ、なんであいつだけ。と、よくあるパターンだ。

 よくあるパターンだけど、一番良くないパターンだ。

 嫉妬は簡単に抱きやすくて、何事の原動力にもなりやすいから。どんなに小さな劣等感でも嫉妬の炎の火種になって、どんな突飛な行動も嫉妬による豪炎の火力発電が可能にする。この世に絶対的な自分優位を信じる人間は存在しない。故に嫉妬とは普遍的な感情で、昔から変わらず対処法がまずない。

 特段、恋愛と愛憎に起因する嫉妬は山火事の如く鎮火が困難を極める。普段そうじゃない人が急に積極的になったり粘着質になったりするのも、案外嫉妬の業火に巻かれてたりするから大変だ。あらゆる方面で火力は効率が良いのだ。

 効率が良いから、怪井化も容易い。

 残り一分ですよー、という呼びかけと共に古典担当教師が睡魔に服従した男子の肩を優しく叩いて起こし、優しい笑顔をして寝ぼけた顔面を覗き込む。


 今回も妬み嫉みやっかみのパターンかな。あの気弱そうな横ちゃんがクラスマッチ以降ずっと独りっきりだもんなぁ。

 消極的で、おどおどしがち。緊張しいで、いつも水田さんにくっついて歩く。

 それが私の最近までの横ちゃんの印象だった。私の、というかおそらくクラス内の。聞いたわけじゃないけど、そういうキャラクターとしてクラスメイトが扱う場面は一学期から割とあった。

 クラスマッチ終了後に横ちゃんに比べて、水田さんの方が話しかけられ持て囃されがちだったのも、その一環だったのだと思う。

 水田さんの方が喋りやすいから。という、配慮というのか、遠慮というのか、気遣いなのか、或いはめんどくささだったのか。はたまた明確に嫌っていたのかも分からないけれど。私は心理学者ではないので的確なことは何も言えないし考えつきもしないけど。そういう、なにかしらの心理が働いたことによる扱いの差が、きっと横ちゃんを苦しめて狂わせたのだと思う。

 案外ああいう、いるだけで優しさを享受するキャラクターにカテゴライズされているとそれだけで嫌われてしまうものだ。決して本人に得をしているという感覚がなくとも、それを得と捉える人間がいる限り嫌悪はされてしまうのだ。それこそ、嫉妬の対象である。

 まあそこら辺のあったか分からない横ちゃんへの嫉妬は置いといて。

 そんな、言ってしまえば大人しそうな横ちゃんが、分かりやすく水田さんを意識的に避けるというのは、嫉妬でもない限りあり得ないと思ってしまう。意識的なんて通り越して攻撃的な、当てつけにも感じられる行動の源には嫉妬というのが最もしっくりくる。

 そう、しっくりくる説明だ。

 しっくり、くるのだけれど。

 ………しっくり、きていたのだけれど。


 何か、引っ掛かった。その歯車でも機械は動くけど別の歯車にした方が見栄えは良いよね、みたいなレベルの歪みや違和感とさえも言えないような引っ掛かりを一昨日辺りから徐々に覚え始めた。

 嫉妬にしては軽いんだよねぇ。

 強いて言語化するならそういうことだった。嫉妬が、軽い。自分でもうまく表現出来てる自信はないが、心のモヤを端的に表すならその言葉が最も適していた。

 クラス全体が元卓球部コンビに注目する最中、そのコンビが仲違いするというのは単純にクラス全体に重く暗い不信感を招く。

 当人同士しか知り得ない、下手したら当人同士も分かっていない不明瞭で不穏な空気感を、横ちゃんが意識的に撒いているとして。水田さんへ嫉妬して、嫌悪・忌避しているのだとして、何故水田さんには直接何もしないのか。

 勿論、孤立アピをすることにより今まで一緒にいた水田さんに一番精神的負担を掛けられるかも知れないのは分かる。私のせいで親友と離れ離れになってしまった、親友を独りにしてしまった、的な具合に。

 しかし、それにしたって横ちゃんから離れ過ぎてしまっている気がする。自分からの拒絶を見え見えにしてしまっては、かかる負担も軽減されてやしまわないだろうか。自分のせいで、という罪悪感は薄まりやしないだろうか。

 それよりか、水田さんよりかはむしろ、攻撃の矛先は2-2のクラスメイトに向いている気がしてならない。孤独を利用した当てつけ攻撃は、水田さん以外の全員に行われているように思えた。

 そういう意味で、嫉妬にしては水田さんへの報復が軽いと思った。些か、攻撃性に欠ける気がした。


 では、何か。横ちゃんの原動力は嫉妬ではなく何なのか。

 皆に見て欲しい、という承認欲求だろうか?

 確かに、水田なんかより私をもっと見て、話しかけて、褒め称えてと内心思っているのであれば、水田さんよりクラスメイト達への攻撃的意思が強いのも頷ける。私を選ばないオーディエンスの見る目が無いのだと、不貞腐れ気味に八つ当たりしていると理解できる。

 ただ、それならば私達と昼食を摂った時とか、前に私に話しかけられた時とか、もっと自分から何かしらアピールしてきても不思議ではなかった。不思議ではないから、今日の昼休みは自慢話も半ば視野に入れていた。のだけれど、そんなことは当然みたく無かった。常日頃のイメージ通りの、以前となんら変わりのない、人付き合いの不得手そうな横ちゃんだった。

 これまでずっと共に行動してきた相方が今あれだけ注目されて、同じ結果を出したのに自分は等しい扱いを受けていない。そんな時に人にアピールするチャンスがやってきて承認欲求が勝たないことがあるだろうか。千載一遇の自分語りチャンスをみすみす逃すことがあるだろうか。どんなに内気な性格でも少しは自分の話をしてみると思うのだけれど。嫉妬の可能性が低いのなら承認欲求かと正直五割ぐらい決めてかかっていたのだけれど。その決めつけは見当違いだった。


 シャーペンを額に当てて、うーん、と頭を悩ませる。嫉妬でも承認欲求でもないとして、親友だけがクラスの一躍人気者になったシチュエーションで他に何を感情として抱くだろうか。何を抱いて、彼女はストレスを周りに振り撒いているのだろうか。

 シャーペンを置いてこめかみに親指を当てても、考えは浮かんでこない。

 不意に肩を叩かれて手渡された解答記入済みのプリントに自分のを重ねて、同じく前の席の人の肩を叩いて紙束を前へと流す。斜め前方の男子はさっさと答案を埋めるのも諦めて、後ろからプリントが流れてくるのを振り返りながら今か今かと待っている。

 横ちゃんと話して分かったことはあった。

 それと同時に、分からなくもなった。

 前進したと思えば良いのだろうが、正直手詰まり感で事態が悪化したようにしか思えない。


 横ちゃんについて今日で決着付けたかったけど難しそうだな


 もう少し、仲良しになる必要がありそうだ。本人の心情に関しては、聞く以外に知る術はない。聞いたって、本人すら知らなかったり嘘を吐かれたりするけれど。

 それでも、今みたいに迷路を迷う時の基準として、聞くに越したことはないのは確かだから。

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