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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
49/61

校舎、金赤に揺らめく #伍

「次どこ行くぅ〜? そろそろ、()()()()のやりたかった水鉄砲の射的とか空いてそーじゃない?」


 星とハート型のレンズが虹色のフレームに縁取られたサングラスを、頭に掛けた親友が非常に浮かれた様子で尋ねてくる。因みに()()()()とは私、小金井のあだ名である。

 現在は文化祭真っ只中。行く人すれ違う人みんな賑やかである。生徒は半分くらい派手な格好をしているので、親友の七色サングラス程度じゃあ目立たない。寧ろ馴染んで埋もれていると言っていいだろう。

 私は口に咥えていたトロピカルジュースのストローを離して、口内で分離している二種類の甘さをひとまとめにして飲む。とても手作り感を感じるが、普通に美味しい。

 親友に言葉を返そうと唇を開きかけたその時、ショルダーストラップに引っ提げていたスマホが光った。左手にトロピカルジュースを持っているので、右手でスマホを取る。ロックを解除して通知内容を見ると、井世界部の全体チャットからだった。



<すこぉぴおん

 二階南廊下の東寄りに怪井発生

 誰か対応お願いします



 その後には誰も返信していない。なら、親友には悪いけど私が行こうかな。

 返事を入力しつつ、井世界までのルートを思案する。

 文化祭中は、人目が多いので使える防火扉が限られている。部外者立ち入り禁止のエリア内にある北西階段、そこの二階と三階の防火扉だけが比較的使い易い。一般の人は勿論来ないし、そのエリア内ではなんの催しもしていないので生徒も滅多に来ることはない。生徒が来ないとなれば、先生たちの見回りに訪れる回数も必然的に少なくなる。

 私は、親友への答えを肯定から否定に変えて、口にする。

 

「あ〜、ごめん。ちょっとこれから行かなきゃいけない所ができて……後で埋め合わせはするから、ちょっと、しばらく消えるね。あ、そのトロピカルジュースは上げる〜」

「え、ちょ、こがねぇ急すぎ! 私一人でまわれってのーー??!」


 文化祭の賑わいによって直ぐに掻き消された親友の声を背に受けて、私は二階の北西階段へと全力疾走する。予め決めていたルートを辿り、防火扉の前に着く。

 来る途中、沢山の人の目を集めてしまったが、立ち入り禁止エリアに入ってからは先生一人以外とは誰ともすれ違わなかった。

 ステンレス製で円形のケースハンドル付近に触れて、合言葉を一つ。

 クミイゲタ

 呟くと、黒紫色でおどろおどろしい紋様の描かれた膜のようなゲートが張られた。

 私はその中へと、肩で風を切って侵入する。


   ***


 水耕高校の長袖長ズボンジャージ姿に、右手には金の槍。無事、換装できたようだ。

 まあ、そんなこと言って、上手く換装されなかったことなんて一回もないんだけど。

 世界を渡るという仰々しさに臆しているわけでは、決してない。

 さて、怪井の発生位置は二階の南廊下と言っていた。素直に動くならこのまま西廊下を走るのがいいんだけど、南廊下の東寄りってことだから、怪井が移動してる可能性も加味して北→東→南廊下の迂回路を進もう。正面に見える西廊下には怪井が見当たらないし、移動してるなら恐らく東方面だ。

 北西階段の前から、北廊下へと指針を定める。左に振り向き、長い廊下を見やる。

 と。

 北廊下の東端が明るく照っていた。具体的には、北廊下と東廊下がぶつかる地点が、東廊下から差し込む光によって煌々と照らし出されていた。

 眩暈がするほど明るい昼間の井世界にあって、そこは寧ろ、濃い影が生まれている。ゆらゆらと揺れる光源に従って、北東の地点は北へと伸びる影の長さを変える。

 なんだ? いつもはあんなものは存在しない

 井世界において、自由に動く光源は存在しないはずだ。ってことはつまり、十中八九、正体は怪井だ。

 槍を構えて、摺り足で近寄る。

 それにしても、発光する怪井は初めてだな。目立つから発見が容易なのは良いけど、戦闘になった時に直視できないタイプだったら苦戦を強いられるだろう。正面切って戦わずに、不意を突かなければならなくなる。

 ……ていうかあれって、と。にじり寄りながらも影と角を観察していて、最悪のアイデアを閃いたと同時。

 答え合わせとでも言うように、廊下の角から異形の生物が姿を見せた。

 赤や黄に燃える炎、それが(かたど)る紺色の鳥。全長は二メートル弱、だが頭頂部と思しき炎は天井に届きそうなほど高い。(サギ)のように長い嘴と下肢以外はゆらゆらと揺らめいていて、羽毛の一枚一枚がめらめらと燃え滾っている。雪で出来た雪だるまが顔や腕のパーツを雪以外の素材で付けられるみたいに、地上に立つ鳥形の火炎にリアルな嘴と下肢が後付けされたような。まさしくそいつは火だるまだった。

 と言うか、寧ろ、骨やタンパク質で出来た嘴と下肢が無いと、鳥だと判別つかないだろう。それ程までに炎の勢いが強い。

 やばい やばい やばいやばいやばいやばいやばい

 やばいでしょ 流石にそれは

 やばすぎて流石に、頬が引き攣る。

 何がどうなったら あんな怪井が生まれるの

 やば過ぎて、半笑いになって、もはや倒錯してしまう。人間の心って深いなぁー、なんて悠長なこと思ってる場合じゃない。

 火炎鳥(かえんどり)(たったいま命名)の羽毛が一枚、空中で右に左に揺れ落ちる。ふわりと、ワックス掛けされた床に着いた瞬間、校舎に引火した。廊下の一部分を焼いて、そのまま東廊下から顔を出した炎と合流する。

 槍を握りしめる両手に、無駄な力が入るのを感じた。あいつが歩くだけで火事が広がる。そして多分、歩かなくても普通の火の移動として燃え広がる。

 火事自体は火炎鳥の影響によるものだから、多分別個での鎮火は不要だろう。火炎鳥を倒せば火も一緒に消えてくれるはずだ。とは言え、モタモタもしていられない。

 早急に。単純破壊ではない焼却という破壊行為が、どのぐらい現世への反映にラグを生じさせるのか知らない以上、これまでよりも早急な討伐が求められる。幸いにも、井世界での破壊の痕跡が現世に現れる条件は、校舎への蓄積ダメージ量と、時間経過だ。被害が大きければ大きいほど、反映されるまでの時間も長くなる。

 しかし、どうやって倒すか。遠目には、やつ自身が炎のように見えるが、実は近寄って見てみれば炎の中に肉体を見つけられるかもしれない。肉体があれば核を探す手間も無く、そこそこ斬り合えば傷口から黒い煙を出して気化してくれる。肉体が無い大羊タイプの場合は、核を見つけるまで一撃一撃のトライエラーを繰り返すしかない。核があるのは大抵、


「怪井の特徴的な部位。」

 

 唐井さんから教わった怪井の基本情報を思い出して、口に出して反復する。教わったと言っても、当時の唐井さんは訊いたことしか教えてくれない人だったので、私が引き出した情報と言ったほうが適切かもしれない。

 しかしながら、それがマズかった。教師たちは口を揃えて反復が大事だと言うけれど、この場合は、声に出して反復したのがマズかった。

 鳥は人ほど耳が良くないと聞いたことがあるが、似ているだけの怪井は別にそんなことは無いらしい。

 私のぼやきを耳聡く聞きつけたように、火炎鳥は長い首をこちらに傾ける。燃え盛る炎で、目が何処にあるのか分かりようがないが、確かにこちらを捕捉したのを感じる。

 次の瞬間、全長よりも大きな猛火の両翼を伸ばして、こちらに向かって飛び立った。狭い廊下で壁に着火しながら羽撃き、鮮やかな低空飛行で近づいてくる。嘴を開けて、ゴワァゴワァーと鳴き叫ぶ。

 攻撃手段はなんだ? 嘴? 鉤爪?

 肉体があるなら体当たりか?

 何が来るにしても、豪火に包まれた相手では接触する肉弾戦は、分が悪い。火炎鳥の攻撃を受け流したいので、なるべく距離を置くように槍を構える。

 近づいてきた火炎鳥をギリギリまで引きつけて、見定める。

 鉤爪は……無い

 嘴か 体当たりか……嘴だ!

 鋭い嘴が、左右にズレることなく心臓めがけて飛んでくる。槍の間合いに入ると同時、嘴に槍を掛けて、いな……せないっ 重過ぎる、そして速すぎる。

 くっ、駄目だ

 串刺しになる瀬戸際、すんでのところで、右に半歩進んで嘴は回避する。

 直後、猛り燃える左翼に(くる)まれて、全身が炎に巻かれる。

 あ

熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い

 髪の毛の先や、爪の間に至るまで、全身が燃える。

 超高温に覆われて、とっくに焼き切れてもおかしくないはずの神経が、しぶとく生き残って辛い高熱を伝達してくる。

 燃えて、燃えて、燃えて、なのに。

 焼けて、焦げて、爛れることはない。致命傷になっていない。

 どころか、火傷の一つも起こっていない。

 唸る高熱の中、恐ろしくも慣れてきた脳で、少しずつだが考え事を始める。

 思った、通りだった。井世界に来た時に、施される身体強化、そのおかげで、なんとか、耐えれた。燃えたこと、なんて、無いから、賭けでは、あったけど、成功率は、高かった。

 激しく脈打つ心臓にこれ以上ない安心感を覚える。

 良かった、けど、このまま、燃えてるわけにも、いかない。

 物理準備室と地学準備室の間に設置された消化器を、燃えて動かしにくくなった手に取って、いつかの防災講習で習った通りに、安全ピンを抜いて自分に向かって勢いよくレバーを握る。

 数十秒ほど、為されるがままに消火剤まみれになると、途中から中身が切れて何も掛からなくなった。

 体中を手で払って、我が身を矯めつ眇めつすると、綺麗なジャージ姿に戻っていた。心配はさほどしていなかったが、ちゃんと身体強化は服にも作用するらしい。

 熱さに悶えるあまり落としてしまっていた金の槍を拾い上げ、西廊下へと折れていった火炎鳥を追い駆ける。

 もはや火災現場と化した北廊下を、まだ燃えていない箇所を辿って抜けて、西廊下に足を踏み入れる。

 見やった先には、中ほどで佇む火炎鳥。長い首も、長い羽も折り畳んで小さく纏まり、ただ火の手が回るのを待つようだ。

 私は槍を軽く構えて、漫然と歩き寄る。

 さっきのやり取りで分かったことがある。あいつには肉体がない。だから翼を通り抜けられたし、私は咄嗟にああいう判断をした。

 厳密には嘴と下肢という肉体はあるが、私の力ではそれらに致命傷を与えることができない。槍でクチバシを撫でた時に感じた硬さもあるが、一番はあの速さで、クチバシに槍を絡めようとしたのに重心がズラされてしまった。

 肉体が無い——肉体への攻撃手段がない——ということは、あいつを倒すには核を壊すしかない。と言うか、核はあってくれなきゃ困る。

 私に気づいた火炎鳥が、悠然と首を伸ばす。

 核の場所については目星がついている。嘴だ。裏側か、口内かは分からないが、攻撃手段に用いてきたぐらいだから、特徴的な部位と考えていいだろう。それに、鳥の象徴たる部位と言えば、翼の次に、嘴だろう。

 もし嘴でなかった場合は、火炎鳥の体を、翼を中心に突き刺しまくって核を探すほかない。そんな長期戦、想像したくもないが。

 私が半ば不用心に近づいたせいか、火炎鳥は威嚇でもするかのように、その場で背伸びをする。首を背中側へ反らし、嘴を高らかに突き上げる。目いっぱい反り返った状態で、嘴を開け、ゴアァァァーーと威圧感たっぷりに鳴く。

 その行為になんの意味があるのか、生き物としての本能なのか、それとも発生原因となったストレスの雄叫びなのか。

 私にはどうすることもできない、何かを求めるような鳴き声に、心を持っていかれぬよう、軽々しく歩を運ぶ。

 まだ槍が届かない距離で声が止み、翼を広げて首を畳んだ火炎鳥が烈火の如く飛び立った。

 同じ攻撃を二度も喰らうまい。向かってくる嘴を警戒しつつも、タイミングを探る。

 火炎鳥の嘴付近にあるであろう核を壊すには、火炎鳥の攻撃を受け切る必要がある。安全に近づいて槍を叩き込むには、その後に生じるであろう隙を突くしかない。

 その為のタイミングを測るのに、この一回を使う。

 眼前まで引き寄せた火炎鳥の下へ、膝を抜いて滑るように入って、串刺し攻撃と燃焼する体躯を躱わす。

 膝を突く前に立ち上がり、後ろを振り返ると、北西階段の二階踊り場で見事に着地を決めていた。

 火炎鳥が二回通ったことで火事の様相が増してきた西廊下、激しく燃える炎の奥で、やつはもう一度、羽撃いた。

 間髪入れずに飛び上がった火炎鳥に対して、私は槍を今まで通りに構える。もう奴の薪として焚べられる気はない。ここで勘づかれたらもっと長引く。

 まだ引き付けて、引き付けて……

 槍と嘴が擦れ合った刹那、槍を胸の前で横に倒して、点を線で受ける姿勢を取る。

 来い 火炎鳥……!!!!

 腕の筋肉に力が込められる。固く、堪える体勢に自然となる。

 完璧な位置に置かれた槍に、突き進む火炎鳥。と。小癪にも、嘴を上下に開いて槍を避けてきた。

 槍を咥えるような形で突っ込んでくる火炎鳥の嘴。下の嘴は鳩尾に、上の嘴は人中に、このまま行けば突き刺さる。顔面に近づく上嘴の表面を凝視しながら、元々後退して少しでも勢いを殺すつもりだったのが功を奏して、ほんの数ミリだけ猶予が生まれる。退いた足へ更に飛んで後退するよう命令し、しかしその前に嘴が自分に辿り着くことは悟っている。

 一秒にも満たない瞬間のさなか、開いた嘴を追うように、ほぼ脊髄反射で槍を円形に回転させていた。

 ぐるり、と。左回転させた槍は、それを挟んでいた上下の嘴を巻き込んで、勢いに任せて90度回る。突っ込んでくるスピードのまま、槍によって無理やり開かされた上嘴は、プリント一枚の隙間で右眼球の前を通り、右肩の上を通り過ぎていく。下嘴は、ノート1ページ分の厚さで左脇腹の横を通り去っていく。

 首を傾げていなきゃ、右目がやられていた。そんな恐怖にまみれる前に、火炎鳥に咥えられた私は廊下の端まで突進で持っていかれる。

 進路相談室の薄い壁に激しく背中を打ち付けられ、後頭部をガラス面に強打する。

 声も出ないほど痛覚が働き、本来なら蹲り悶えるしかできないところだが、嬉しい誤算がここで起きた。

 私を咥え、挟んだまま、火炎鳥の嘴が両方とも進路相談室の薄い壁に突き刺さっている。自力では抜けなくなってしまったのか、烈火の両翼をバタつかせて、喉が火傷しそうなほど熱い空気をかき混ぜている。

 二つの腕を上に出し、下向きの槍を頭上に構えて、嘴の根本に狙いを定める。

 あの時、私に寂寥を抱かせた鳴き声を思い出したが、躊躇うことはなく、

 ひと思いに突き壊した。









 熱が消え、怪井が気化していく。西廊下で燃える炎も、怪井の消滅と共に消えていっているみたいだ。

 嘴が大気に溶けて、両足の踵が地面に着く。もう少ししたら攣りそうだったな、なんて足の裏を伸ばしていると、炎の向こうに人影が見えた。

 井世界部の、誰だろうか? 

 もしかして討伐が間に合わなくて現世ではボヤ騒ぎになってたり?

 想像してドキドキしていると、見知った顔が呑気な風に挨拶してきた。


「おつかれー、小金井」

「……お疲れ様です、唐井さん」


 なんでこの人は大抵、待っていたかのように遅れたタイミングで登場するのか。


「メッセがあってから討伐報告が無くて、少し長い引いてると思ったから来てみたけど、」


 私の心情を知る由もなく、唐井さんは消えゆく炎を省みながら訊いてくる。


「あれって怪井の仕業でしょ? まさか討伐の為に火事を起こしたわけじゃないだろうし。どんな奴だったの?」

「炎の鳥ですよ。燃えてるんじゃなくて、炎そのものの。大羊と同じ実体がないタイプです。なので核を一撃で突いて葬りました」

「葬りましたって、随分と攻撃的な言い方だけど、やっぱ苦労した? 油断してたりとか」


 揶揄うように横目で見てきたので、反論する。


「油断はしてないですよ、現に討伐完了してるんですから。ただ、相手が相手なので人並みに苦労はしましたけど」

「確かにね、炎相手に火傷の一つもなく戦い終えたみたいだし、上手く立ち回ったみたいだ」


 なんか、発言の一つ一つが嫌味に聞こえてしまうのは、私の性格が捻くれているからだろうか。どうか唐井さんの普段の行いのせいか、或いは唐井さんの性格が伝染してしまっただけだと信じたい。

 皮肉めいて聞こえた先輩のお言葉に引っ掛かっていると、遠くを見つめて、唐井さんが勝手に独りごちる。


「これだけの規模の被害が出て、環境に影響を及ぼすタイプではなかったのか……いやでも、火の性質を考えると似ているのか? 脅威度で言えば、小金井が一人で倒せたことを考えると、あの時ほど矢鱈めったらに強いわけではないはず……」


 なんだか失礼なことを言われたような気がするが、体力も気力も疲れているので、暫く放置して眺めておく。よくよく見れば、唐井さんは武器も道具も持っておらず、ノーマルなジャージ姿だ。このまま体育の授業に出れそうである。

 ステゴロで戦うつもりだったのかな、と回らない頭で考えていると、ふと、先週会った時のことを思い出した。


「あー、そう言えば。才能とか素質うんぬんの話、間井部長に訊く機会があったので訊いたんですけど」


 話してる途中なのに、「へー」と、まるっきり興味がない反応を示す唐井さん。槍の柄でスイングしてしまおうかと一瞬、腹が煮え滾ったが、私が勝手に話しかけたしと、一旦冷静になる。


「間井部長的には、“才能”と“素質”は違う意味らしいですよ。“才能”は、戦闘能力とか戦闘勘って意味で使ってて、戦うのが上手い人に対して言うみたいです。“才能”の有る無しでいうと、私や間井部長は無いほうで、唐井さんはあるほうだそうです。良かったですね、井世界部で二番目に強いんじゃないかって話でしたよ。二番目」


 最後を強調して言うと、何故か文句が返ってくる。


「良いことのはずなのに、素直に喜べないなぁ。そう言う小金井は部長のティア的には何位だったんだよ?」

「“素質”はですね、間井部長に言わせると、」


 そこで、都合が悪いので話を逸らした私の声は途切れる。吐き気を催すほどの気持ち悪さに襲われたから。

 それは唐井さんも同じだったようで、話題を変えた私に何かを言いかけた顔が固まり、真っ青に血の気が引いていく。

 会話のためにお互いを向いていた瞳が、揃って西廊下の側へ投げられる。

 炎が晴れて、陽炎が揺らめく空間に、人型の影が見えた。

 おそるおそる、唐井さんが尋ねてくる。


「一応なんだけど、あれは炎の鳥ではない?」


 逆流しそうな異物を抑えながら、声を絞り出す。


「はい。どう見ても、あれは鳥じゃない」

「だよね。てことは討伐漏れや、炎の鳥が再生能力を持つフェニックスだった、という可能性が無くなった」


 伝説上の生き物とかどんな可能性ですか、なんてツッコむ余力はない。

 大気の熱が(おさま)って、蜃気楼の如く景色を歪ませていた陽炎が、正しい現実を(あらわ)にする。


「…………怪井、だと思う?」


 絶え入るような声に、そうでしょう、と返し切れない。

 気持ち悪さによって滲んだ涙で、よく見えないからじゃない。

 人型だから、とかじゃない。

 あいつは間違いなく怪井だ。そう断言できる。言い切れる。

 だけど、なのに、あいつは、——————人面(じんめん)だった。

ここで、ひとまず、一区切りと致します。

続きは思いついたら書きます(思いついてはいる)。

m(_ _)m


あんまりこういうのを自分から言うものではありませんが、第37部分から今話までのサブタイトルは全て花言葉を由来としています。原型がほぼ無くなっているので考察するのは困難かと存じますが、サブタイトルに違和感を感じた方がいれば、その正体は無理なアナグラムだったりします。

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