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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
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拒絶ありて、錯乱なり。 #伍

 生徒会長の宣言により文化祭(準備)が始まって、各クラスの教室が並ぶ東棟を中心に、学校全体が活気に満ちていく。東棟以外にも、出し物の会場となる第一体育館や北棟・西棟の特別教室も、負けず劣らずの賑わいを見せる。

 今日金曜日で全ての作業を済ませる為に、実行委員や部活の出し物がある人、クラスの出し物がある二、三年生は、色々と準備してきたらしい。段取りを決めたり、物品を揃えたりetc.. 当日に慌てて買い足しに行くのは、ギリギリ材料が足りなかったとか、事前に必要なことに気づけなかったとか、そんな場合で良いのだとか。

 因みに、校外へ買い出しに行くことは許可を得れば出来るけれど、許可が降りるのは各クラスの実行委員もしくは原付がある人のみである。なぜ原付登校者が許可されるのかと言うと、ある程度の遠出が出来るからというのが理由。もしこれが無いと、移動手段は実行委員による徒歩か自転車だけに限られてしまい、実行委員がどちらも自転車登校ではなかった場合は強制的に徒歩での買い出しとなって、文化祭前日にして詰む可能性がある。

 とは言え、原付の免許取ってる人なんて学年でも五人いれば良いほうである。そもそもが、原付での登下校にすら距離制限が掛けられていて学校の許可がいるのに、どういうつもりでそんなルールを付け足したのか。推し量る気にもならない。あっても無くても大して差異はなさそうな、辛うじてあったほうがまだマシなのかな? レベルの救済措置である。

 自分でも何が言いたいのかよく分かんなくなってきたので話を戻して纏めると、今日の為に色々と頑張ってきた人たちのおかげでスムーズに楽しんで文化祭の準備を進められる、ということだ。

 本日のおおまかな流れとしては、午前中は各クラスのやること、お昼を挟んで午後からは部活や委員会の準備をすることになっている。勿論、個人によって動き方は全然違うし、組織によっては真反対の動き方をするところもある。吹部なんかは午前中に集まって、また午後の部活の時間も練習するとか言っていた。

 今日だけは殆どの部活が休みだというのに、文化祭で発表がある文化部は大変である。

 一年生は自分のクラスの出し物が無いので、生徒会のお手伝いを各クラスで分担して行うことになっている。基本的には、第一体育館のステージや、教室一つ使った休憩所などの会場設営が主な仕事である。椅子の運搬や机の移動の他に、色々飾り付けたり、黒板アートなんかもして良いらしいので、暇することはないだろう。時間が余ったら廊下や階段も装飾して欲しいとのことだったので、意外とやることは多いのかもしれない。

 いつもは勉強する為だけで変わり映えのしない、さながら監獄みたいに面白みのない内装を、面白おかしく興味惹かれるように魔改造できるとあって、生徒たちは盛況である。

 賑やかに教室を出入りし、廊下を往来している。

 足取りは軽く、急いでもいないのに早くなって。

 気持ちは逸り、飛んでもいないのに跳ねて。

 話し声は騒がしく、成り立っていないのに続いて。


 そこら中に——喜色が跋扈している。

 







 そんな、外の浮かれた騒ぎ声が、閉じた戸越しに浸透する演劇部の部室内——

 そこに立ちながら、千風ちゃんは息を潜めて言う。


「私、嫌われちゃったかも」


 金曜日、もはや恒例となった演劇部の部室を無断使用した恋愛相談が、本日はそんな千風ちゃんの必死な言葉から始まった。

 蔦土くんは言葉に詰まり、私は説明があるだろうと押し黙るが、気が動転している様子の千風ちゃんは口を閉ざす。

 室内は、火曜日に来た時よりも一層物が溢れていて、それに伴い相談のスペースも縮小されている。雑多に置かれている感じではなく、ある程度大きさや種類ごとに整然とまとまっていることから、運搬用に手前に持ってきているだけなのだろう。

 それ故に椅子を置く場所もなく三人とも起立しているのだけれど、それだけではなく椅子を置く(いとま)も無いのだ。文化祭準備日という名の丸一日の自由時間、とは言えあんまり仕事をサボりすぎるのは良くない。任された役割は、穴を空けずに務めなければならない。

 暫くしたのち、沈黙に耐えかねて、私は催促する。


「あ、あの、千風ちゃん? 何があったの?」

「あ、そっか……えと、時間も無いし手短に言うと、」


 生唾を飲み込み、続きを喋る。


「っ私、昨日、調子に乗って十和くんに連絡先交換しようって言っちゃって……そしたら、その、断られちゃって……」


 動揺を隠すように、千風ちゃんは片腕を抱く。抱き寄せて、強く握る。


「……「ごめん、女子とは難しいかな」って」


 自然と現れた自嘲の口元を嫌うように項垂れて、弱々しい声が吐かれる——「幼馴染の××ちゃんとは交換してるのに」


 私は息を呑んだ。

 けれど、蔦土くんは、彼女の言葉が終わったと見定めるや否や、言葉を紡いだ。


「そんなことはないよ。蜷伝さんが嫌われてるなんてことはない。だってこれまで沢山努力してきて、一生懸命自分から動いてきた。客観的に見ても避けられてなかったし、二人は本当に仲良かったよ」

「でも、連絡先の交換は出来ないって」

「それは……難しいって言われたなら、ただ難しいだけなんだよ。何かしら止むに止まれぬ理由があって出来ないんだ。断る為の方便じゃない。あと、交換してるのが幼馴染なら、仕方ないんじゃないかな。単に昔馴染みだから連絡先を教えてるだけだと思う」


 彼女の言葉を取り消すように、蔦土くんは早口で捲し立てる。

 腕を抱く力が緩み、二の腕から肘まで手がずり下がる。


「……でも…………」


 まだ捨てきれないみたいに抱いた手首を腰にぶら下げている

 私は、そっと言葉を寄せる。


「一回、深呼吸しよっか、千風ちゃん。私たちに話せたことだし、一旦落ち着こう」


 日を跨いでも冷静になれないことはある。促されて、千風ちゃんは、スー……ハー……と深呼吸する。

 吐いた息と一緒にしばらく下を向いてしまった千風ちゃんに、優しく語りかける。


「昨日のうちに気づいてあげられたら良かったね。千風ちゃんの言うように嫌われちゃったかもしれないし、蔦土くんが思うように旧友にだけ対応が違うのかもしれない」


 彼女の、横で結ばれた両手を見つめる。


「これはね、誤解しないで最後まで聞いて欲しいんだけど、野世くんって女の子にあんまり心を開いてくれないんだって。私はその場にいたわけじゃないし、野世くんとも話したことないから分かんないけど、野世くんは幼馴染を異性として認識してないんじゃないかな。旧知の仲すぎると、そういう目で見れなくなるってよく言うし。だから幼馴染の子には心を開いて連絡先を教えてるんだと思う。蔦土くんも言ったけど、昔馴染みが故の特別待遇であって、そこに好き嫌いは介在してないんじゃないかな。

「そう考えるとさ、野世くんに拒まれるっていうのは、普通のことなんだよ。寧ろ、それどころか、一人の女の子として見られてるってことなんだと思うよ」

 

 流石にポジティブ過ぎだけど、と付け足して、彼女の顔を窺う。穏やかな目で、見つめた先の両手を解く。


「……そっか、普通のことか……そうだよね。私、取り乱してた。そうだ、確かに、幼馴染ならその可能性が全然ある。大いにある。」


 えへへと、納得して頷き、徐々にえくぼを作る。ニコちゃんマークような、お手本みたいな笑みが出来上がる。


「ありがとう、蔦土くん、商井ちゃん」

「い、いや。俺は出来るアドバイスをしただけだから」

「うん、私も思ったことを言っただけ」


 演劇部の部室内が、外の空気感に少しだけ追いついたように感じる。


「とは言え、これからもずっと今まで通りのアプローチを続けててもジリ貧かもね。異性として見られてることは分かったけど、そこまで心を開かれてないことも同時に証明されちゃったわけだし」

「あー……そっかぁ……」


 こういう状況になると、“いっぱい話す”を続けてるだけじゃ厳しいところがある。

 再び元気を無くした千風ちゃんの横で、蔦土くんは今この瞬間に思いついたように提案する。


「あ、それなら、文化祭に野世くんを誘うのはどう?」


 目を剥いて、開いた口から飛び出そうな驚愕の声を抑える女子二名。千風ちゃんは口の前に片手を持ってきて、私は直ぐに口を引き結ぶ。

 蔦土くんは両名の返事を待ち、しばし静寂が訪れる。

 ハ、ハードルが高くないかなぁ

 今の今まで嫌われた云々の話をしていたのに今度は、野世くんを誘おうと言うのは要求が大きいし、頭の切り替えが早すぎる。流石に千風ちゃんも鳩が豆鉄砲を食ったような表情になるよ……

 それに現実問題、連絡先を教えたくない相手と文化祭を一緒に回ってくれるわけがないし、そうなったら今度こそ本当に嫌われてるのではないかという疑惑が立ってしまう。嫌われているとまではいかないにしても、友達のままでいたいという意思表明に感じられてしまうのは確かだ。

 しかし、それはそれとして。蔦土くんの言いたいことは分かる。

 今の彼女達——千風ちゃんと野世くん——の関係性を縮める為には、何か大きなイベントが必要だ。

 何故かと言うと、私がさっき「この先はジリ貧になる」と断じた理由と同じで、それをもっと的確に言い表すなら、彼女達の距離感が異なるからである。

 互いに接する距離感が違うから、同じことを繰り返していては関係性は平行線になる。想いは空振り、すれ違うばかりで終わる。

 じゃあその距離を埋めるには、心の壁を越えるには、どうすれば良いのか。

 意外なことに、これは時間が解決してくれる問題じゃない。大抵の問題は時間が解決してくれるらしいけれど、この場合には、時間は絶望的に無力だ。経過するだけで、距離感は変わらず平行である。

 やらなきゃいけないことは、待つことじゃなくて、動くこと。相手の懐に入る為には、ビッグバン的な自身の変化も、場合によっては必要かもしれない。

 これまでも、千風ちゃんは積極的に動いてきた。

 それでもまだ、野世くんとの距離はあと数歩足りない。

 なればこそ、ビッグバンとまでは行かないにしても、野世くんの心の壁を壊す何かが必要なのだ。

 心の壁を壊して、一気に距離を縮める方法——

 それが、蔦土くんの言い放った、文化祭を一緒に回る、というものだ。

 長考ののち、(かぶり)を振った千風ちゃんのヘアピンが傾きつつもキラリと光る。


「私、十和くんと文化祭を見て回りたい」


 少しずり落ちて位置がズレたヘアピンを、指先で髪を抑えながら直す千風ちゃんに、私は要らぬお節介を焼く。


「その、こういうことは言わないべきなんだろうけど、断られるかもしれないんだよ?」

「うん……断られるかもしれない不安とか、初めて十和くんを何かに誘う緊張は(よぎ)った。本当に嫌われちゃってたらどうしよう、っても思った。でもそれは、友達も一緒に誘うから大丈夫。二人っきりじゃなくて、何人かでグループで巡るように誘えば、多分ノってくれると思う」


 その何人かの中には、恐らく幼馴染も入れるつもりなのだろう。となれば、確かに成功確率が上がる可能性は高い。

 パチンッと、ピン部分を閉じて、トレードマークの白イチゴを定位置に付けた千風ちゃんは言う。


「蔦土くんに言われて気付いたの。私は学校行事を十和くんと一緒に過ごしたい」


 期待に目を輝かせ、口角をぐいっと釣り上げる。

 彼女の不遜な笑みを見てしまっては、納得するしかない。

 蔦土くんは腕時計から手を離し、一瞬だけ息を詰まらせる。


「っ……。うん、応援してる。上手くいくように祈ってる。大丈夫、千風さんは今までも頑張ってきたから」

「ありがとう、蔦土くん」


 照れたように、無邪気に笑う千風ちゃんに、私も激励の言葉を掛ける。


「私も陰ながら応援してるね。がんば、千風ちゃん!」

「わわっ、ありがとう」


 前のめりになって、彼女の両手を合わせて握ると、とまどいつつも崩さない笑顔が返ってきた。

 慌てた様子の千風ちゃんに、甘酸っぱい匂いが湧いてきて、更に身を寄せて抱きつく。


 ファイトだよ! 千風ちゃん!


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