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僕らのマル秘井世界部!  作者: 何ヶ河何可
43/61

カンソウ——それだけで充足 #伍

 昨日の六時間目にあった井世界部の部集会、私は途中から参加できなくなったので、その後どんなことがあったのかを個人メッセで部長に教えてもらった。

 檻多田先生絡みで生じるかもしれない怪井は大きく二体。それぞれ二年生が主体となって対応に回るそうで、私を含め他学年の部員にはそのことを知っておいて欲しかったとのこと。多分だけど、関係ありそうな情報は共有して、あとは極力関わらないでいるのが求められてる動き方なのだろう。私は多くは返さず、ありがとうございますとだけ返信して部長とのメッセを終えた。


 昼休み特有の解放感から来る喧騒が、背後に遠のいていく。

 東棟を背に玄関前の廊下を歩く私は、演劇部の部室に向かっている。言わずもがな、千風ちゃんのお誘いだ。

 9月も終わりに近づき、涼しい日も多くなってきたものの、昼間の日差しはまだまだ昇降口の大気を熱している。夜や朝には過ごしやすくなってきているから、夏と秋が争って均衡を保つような日々だ。

 そんな感じで季節を感じつつ、演劇部には金曜日以来、二度目の来訪となる。ドアノブを握り、恋バナを聞けるかもしれないことに昂り踊る心に鉢巻(はちまき)を巻き、緊箍児(きんこじ)を締めつつ、ドアを手前に引く。

 室内には、千風ちゃんと蔦土くんがいた。今更驚きはしない。彼は自分と向き合って、その上で応援する立場になることを決めたのだ。

 私は二人と目を合わせてから、椅子に腰掛ける。

 沢山の物で溢れた室内にそぐわない、違和感のあるほど物が避けられた出入り口のスペースが、以前来た時より心なしか狭くなっている気がする。


「千風ちゃん、前来た時もこんなに荷物あったっけ」

「あーこれはね、文化祭用に色々と物を出したり仕舞ったりして入れ替えてたらこんなになっちゃってて」


 千風ちゃんは苦笑いし、


「新しく用意した物もあって、全く物が増えてないわけじゃないんだけど、でも大半は片付けるのめんどくさくなったか、元の場所忘れて片付けれなくなったかのどっちかだよ」


 ほんと物多いよね〜と苦笑を片手で隠しながら、後ろを眺め回す。用途様々なものが私たちを取り囲むが、千風ちゃんの背後が部室の奥となっていて一番広く、一番物が多い。

 因みに蔦土くんと私の後ろは壁になっていて、壁際に沿って物がうず高く積まれているだけである。

 千風ちゃんのそばに「××年度文化祭」と書かれたDVDを見つけて、なんでもない気になったことを聞いてみる。


「演劇部は文化祭で劇やるのが毎年の決まりなの?」

「そうらしいよー。先輩が去年の文化祭はコンクールの演目やったって言ってた」

「千風ちゃんは何かの役で出るの?」

「私は裏方かなぁ、あんまり人前に出るの得意じゃないんだよね。それでも役貰って出る時もあるけど」


 うへー、みたいな顔をして拒否反応を顔に表す千風ちゃん。

 よっぽど人前は嫌なんだなぁ この前は文化祭委員の代行を率先してやってたけども

 そう感心していると、蔦土くんが頑丈そうな腕時計を触ってから口を開いた。……そう言えば、私が入ってくるまで二人でどんな会話をしていたのだろう。あるいは会話してなかったのだろうか。

 彼の柔和な声が響く。


「最初から裏方志望で入ったの?」


 千風ちゃんは顎に片手を当てて少し思案してから、蔦土くんの質問に答える。


「裏方志望って言うと、ちょっと語弊があるんだけど……元々演劇に興味があって、携わるとしたらこんな性格だし裏方かなぁってずっと思ってたからかな。演者に憧れが1ミリも無かったかって言われると、そうでもなくて……でも、せめて人前で人並みに喋れるようになりたいな、とは思ってるんだ。得意とまでは言わないにしても」


 そう簡単にはいかないけどね、なんて、にへっとした緩い笑顔で言い放つ。

 そうやって落ち着いた雰囲気の場を更に和ませた千風ちゃんは、相談会の主催としての本分を思い出したのか、手を打つ。パーの片手の平に、もう片手のグーを打ち付けるという仕草を実際に行った彼女は、短いお昼休みの時間を惜しむように喋り始める。


「あ、そうそう、今日はね、昨日どうだったかの報告をしたくて二人を呼んだんだ」


 私たち二人の目を交互に見ながら千風ちゃんは話す。

 相談した後の顛末をしっかり語って共有してくれるのは実に律儀な千風ちゃんらしい。


「昨日のお昼に十和(とうわ)くんと話してね、……あ、まずその前に、話せたんだよ十和くんと。集会の直前まで友達が着いてきてくれたの。蔦土くんが提案してくれたおかげだよ、ありがと〜」


 と無邪気な笑顔で言われた蔦土くんは、照れくさそうに頬を掻く。顔を下にして、三人の爪先が集まる真ん中の空間に視点を固定しつつ、ほとんど口の中だけで呟く。


「いや、自分はそんな」


 千風さんが自分で頑張ったからだよ、とかって文言が後ろに続きそうだ。

 ていうか、地味に呼び方が野世くん(上の名前呼び)から十和くん(下の名前呼び)にグレードアップしてるなぁ。

 千風ちゃんは、蔦土くんの様子は気にせず話を続ける。


「視聴覚室に行ったらまだ十和くん来てなくってね。とりあえず中に入って座ってたら、私の次に十和くんが入って来たんだ。それで、実行委員委員今日休み? ってところからお話出来たんだー」


 ニコニコしながら、照れ照れしながら、恐らくは語りの冒頭部分を語り終える。頬が赤くなっているのは昨日の緊張を思い出しているのもあるんだろう。

 千風ちゃん可愛いなぁ

 私は、今にも千風ちゃんをペットのように撫で回したい衝動に駆られる。

 蔦土くんも、ごくりと唾を飲み込んで聞き入っている。


「初めて二人で話したから、色々訊いたの。文化祭委員の今までのこととか、そっちのクラスの雰囲気はどんな感じとか。商井ちゃんが言ってた通り、文化祭に関連することだったら話しやすかったよ、ありがとう」

「ん、どういたしまして」


 面と向かって感謝の言葉を伝えられると、体が風船みたいになった感じがする。分かりやすく照れ隠しをしていた蔦土くんの気持ちが分かるな。


「それで、どうだったの?」

「それでねそれでね、文化祭実行委員て普段は何してるのって訊いたら、一年生は空き教室とか体育館でやる、クラス発表以外の出し物の準備をするんだって教えてもらったよ。生徒会とかOBOG主催の出し物の設営を手伝うらしくて、その為の打ち合わせをしてるんだって」

「ふーん、野世くんはどこの担当なんだろうね」

「1-3は休憩ルームになるって言ってたから、多分1-3の教室なんじゃないかな、聞いとけばよかったや。そうそう、一つ思い出したんだけど、1-1教室はOBOGによる飲み物とパン販売なんだって。十和くんがまだクラスの人には内緒だよって教えてくれたんだ」


 えへへ、と相好を崩す千風ちゃん。


「その時にね、呼び方も“野世くん”じゃなくて下の名前が良いって言ってくれて。だから、十和くんって呼ぶことにしたの」

「えー! それはもうおっきな一歩だよ! 大股で前進してるじゃん!」


 少々オーバーリアクション気味になってしまったが、こういう進展は一つ一つの積み重ねが大切なのだ。一つ一つの積み重ねを忘れさせない為には、オーバーなくらいが丁度いい。それに、等身大っちゃ等身大なリアクションだし。

 突然の私の歓喜に、多少の身じろぎをしつつ訂正を入れる。


「い、いや、私から呼んで良いか聞いた訳じゃないからそんな」


 しかし遮って、今度は蔦土くんが誉めそやす。


「それだけ心を許してくれてるってことじゃないかな? 下の名前で呼ぶって、それだけで距離が近い気がするから」


 ターンは打って変わって、今は千風ちゃんが照れさせられている。


「あ、あー、そう、かも……ありがと」

「勇気出して作戦会議して行った成果としては、もう十分だよ」


 祝福の拍手をするみたいに、部室の奥のほうの蛍光灯がぱぱぱと点滅する。

 千風ちゃんは恥ずかしさを流すように気を取り直して、続きを話す。


「えっとね、委員会集会が始まって——終わったあとは、十和くんの趣味とか、クラスで最近何流行ってるとか、実行委員大変じゃないとか……訊ける範囲で色々質問して、いっぱい話したよ」


 若干の緊張が残っているのか、喋りに辿々しさがある。

 彼女の(つや)やかな黒髪が人工灯を反射する。


「それでね、最後にね。お互いお昼休みもあるから教室に戻ろうかって解散する流れの時に、「またね」って言われて。私それで……その、……こう、もっと話したいなって思ったんだ。全部終わってから、あれ話したかったこれ聞きたかった話せば良かった聞けば良かった、って色んなことが出てきて。昨日の夜も、あれがこれがってなって——後悔や反省じゃないんだけど——抱負、なのかな? 分かんないけど……次があるような無いような……期待をして良いのか、分かんないけど……うん、なんか、そんな感じ……」


 白いイチゴが柔らかに照って、彼女は柔らかに、はにかむ。

 はにかんで、噛み締める。

 噛み締めて、確かめて、はにかむ。


「ふふ」


 思わず、声が溢れてしまう。それを受け、千風ちゃんは心底バツが悪そうにする。


「あ、ごめんね。勝手に」


 瞳を横に流した彼女に、私は急いで弁明を図る。


「違うの。その、うーんと、なんて言えばいいのかな…………その、良いなって……そう思ったんだよ。千風ちゃんを見て」


 恋愛そのものの是非よりも、恋愛をしてる人を良いと思ったのだ。恋愛によって輝く人を良いと思った。

 千風ちゃんは私の言葉を受けて、相変わらず頭の上にハテナを立てている。首を傾げて、人好きのする笑顔を浮かべている。

 その姿も可愛らしい。

 愛らしい。


「私が勝手に良いなって、——思っただけだから大丈夫だよ」


 そう、こっちの話だから千風ちゃんは気にする必要はない。

 そして()()()()()と言えば、蔦土くんはどうだろうか。

 首を横に向けると、薄らと口元に微笑みを称えている彼がいた。非常に分かりにくいが、それは確かに喜色を帯びていた。

 蔦土くんは口角が上がるのを堪えるかのように、唇を動かさずに言う。


「俺も……商井さんの言いたいこと分かるよ。こういう話をしてるとさ、なんだか前より距離が縮まった感じするよね」


 椅子の下で足を組み替えて、慣れない発言を誤魔化すようにする。

 言ってることは私の内心とはズレているけれど、そういう気持ちも言われてみれば無いでは無いし、全くの的外れでもない。蔦土くんに頷いて返す。

 千風ちゃんは二人の説明で、頭上に立てたハテナを仕舞う。


「そう……? 確かに、こんなこと言えるのって二人だけだし、相談する前よりは仲良くなってるのかも」


 澄ました笑顔で、無言の感謝を伝えられる。


「今回の相談はこれで終わり、かな」

「そっか。今回は何もアドバイスいらない系?」

「うん。会いに行って、話しかけて、が出来たから少し自信ついた。本当にありがとう。暫くはそうやって距離縮めていくしかないんだろうし、経過報告とか、また困ったことがあったら呼んでも良いかな? 二人とも」


 私たち二人は首を縦に振って答える。


「うん。私は良いよ。いつでも力になる」

「僕も空いてる時であればいつでも」

「商井ちゃんも、蔦土くんも本当にありがとう。二人のおかげで最初の一歩を踏み出せたよ」


 気持ちのよい笑顔を向けられて、私はもう一度首を縦にする。蔦土くんは真正面から感謝されることに慣れていない様子で、腕時計のベルトを触っていた。













 







 それから、水曜日、木曜日と、なんの相談も無い日が過ぎていった。

 その間に何も無かったかというと、そんな訳もなく。

 ただ単純に私が関わる事柄が無かった、という訳で。

 千風ちゃんは変わらずドギマギする日々を送っていた。

 廊下でちらっと見かけた時に、野世くんと話していたり、野世くんに自分から話しかけに行ったり、他の人と野世くんが話してて声掛けるの諦めてたり、野世くんと話してる最中に別の人が話に入ってきて取り繕うようにニコニコしてたりetc..色々と努力していたのは知っている。火曜日の報告会以降、随分と順調に仲良くなっていっているようで、我が事の如く嬉しい。あと一歩、もう一つ、ガードの固い野世くんと仲良くなる為に何か欲しいところだけど、外野の私が要らない口を挟むものじゃない。千風ちゃんから相談を受けた時に助言して、千風ちゃんのペースで恋を進めるのが一番良いのだ。

 蔦土くんのほうは……どうなんだろう。傍目から見て変わったところは、今週に入ってから千風ちゃんを目で追わなくなったところぐらいだ。推測にはなるけど、以前と比べて少しだけ()びた日々を送っていることだろう。鈍くなって、されど鈍色に輝く日々を。


 まあなんにしろ、相談が来ないというのは裏を返せば、相談するほどの大ごとが起きてないということ。

 それならば、井世界部員としては何より何よりである。個人的には寂しいなぁとか、恋バナ供給不足!って感じだけど、それは優先させちゃいけない。先週に学んだことだ。






 とまあ、そんな感じで——文化祭前日の金曜日——()()()()()()()()を迎える。






「…………という今年の文化祭スローガンを達成できるよう、みなさん目一杯楽しんで、精一杯盛り上げていきましょう!」


 教室の黒板(うえ)に設置されてあるスピーカーから、間井(あいまい)生徒会長のハキハキした声が流れる。文化祭開会宣言に先立って、文化祭への意欲を掻き立てて士気を高める為に尽力しているのだ。全校生徒はそれを各教室で行儀良く自席に座って聞いている。

 水耕高校の文化祭の開会式は、全校生徒が体育館に集まってやるオープンニングセレモニー的な感じではなく、生徒会長による開会宣言が校内放送されるというだけの、ものすっごく質素な、簡素なものである。

 てか、絵面的には割とシュールである。生徒会長は先生の目があるから言葉を尽くして盛り上げようとしているのに、生徒サイドは教室ごとに分かれて席に座ることを担任から命じられているから、熱心な生徒会長のお言葉を前を向いてうんうん頷きながら聞くしかないという……

 何がしたいのか分からない、という痴れ言は口を衝いてしまう前に嚥下してしまおう。

 一つ補足すると、水耕高校は開会式を文化祭当日ではなく前日の準備日の一時間目に行う、という謎の風習がある。これは恐らく、文化祭を1日しかやらないので開会式なんてやってる暇が無いからなのだろう。あとは、準備の最初に開会宣言をすることで、生徒に体感で二日間開催した気にさせる、という教師陣の目論見もあるのではないだろうか。

 なんて風に、校長先生の話を聞いてる感覚で考え事をしていると、聞き流していた生徒会長の声が突然止んだ。

 意図的に作られた静寂、それを埋めるように、生徒の視線がスピーカーただ一点に集中する。


「それではこれより、第×××回穽隆祭(せいりゅうさい)を開催致します」


 拍手が鳴り響き、隣のクラスからも同等の、鳥が一斉に羽ばたいたような豪快な音が聞こえてくる。

 それを素知らぬ開会式の司会役は、教室棟の轟音に飲まれつつ閉式の言葉を述べる。

 興奮と期待を、それぞれ両手に込めて激しく打ち合う音は、いつもより長く鳴り続いた。


 開会式が程よい熱を生んで終わり、実行委員による各々の役割分担も終えて、いざ準備に取り掛かろうという直前の10分休憩。

 毎度の如く、後ろの席から七継ちゃんが話しかけてきた。


「ねぇ、さっきの会長かっこよかったね」


 後ろに首を向けると、早くも他二人も集まってきた。

 お疲れ〜と声をかけつつ、会話に戻る。


「そーだね。見た目もかっこいいし」

「んね、赤い髪がナチュラルに似合うのはあの人くらいだよ」

「あー、あれね。なんか最近は三年生ってことで落ち着いた色味にしてるらしいよ」


 遥花ちゃんが会話に混ざる。七継ちゃんに抱きつきたい衝動を抑えているらしく、後ろに回した両腕がうずうずしている。

 それを知ってか知らずか、七継ちゃんは遥花ちゃんに飛びつきそうな勢いで振り向く。


「えっ、そうなの? 前はもっと明るい赤だったってこと?」


 両腕の暴走を止めるようにコクコク頷く遥花ちゃんの裏で、ぼそっと麩弓ちゃんが、赤だけに、と呟いたのを敢えて聞き逃す。


「二年生まではもっと真っ赤っかだったらしいよ」

「えー生で見たかったなぁ。今の茶髪っぽい赤も素敵だけど、赤みの強い間井会長もこの目で見たかったぁ」


 七継ちゃんは心底残念そうに、名残惜しげに、教室前方の灰色のスピーカーを眺める。

 私も釣られて視線を追う。

 ……あの人が井世界部の部長なんだもんなぁ

 七継ちゃんや遥花ちゃんとは、種類を異にした尊敬の念を抱く。忙殺されてもおかしくない尋常じゃない仕事量だろうに、間井さんはその素振りを微塵も見せない。そういう所に、私は惹かれた。

 入部に際して対面で会った時も、ただただ気さくでかつ厳格な人で、やることに追われてる姿なんて想像できなかった。

 間井さんは裏でも隙がない人だから、かっこよさとかを超越してる感じがする。

 思い出して、誰にも言えない間井生徒会長の裏の顔に思いを馳せていると、不意に肩を叩かれた。

 後ろを振り返ると(この場合は見てる方向は前方に戻る)、叩き主らしき千風ちゃんが立っていて、


「ちょっと、大事な、お話が」


 と、表情を取り繕って——その影響で短文なのに途切れ途切れになりながら——ちょっぴり引き攣った笑顔で、告げられた。

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